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子どもを子どもと思えるまでに

 こんな話を聞く。
 
 ある夫婦が、子どもは持たない前提で結婚した。ところが男性のほうがどうしても子どもが欲しくなり、奥さんに頼みこんで産んでもらう。奥さんの出した条件は、育児はすべて夫がすること。
 無事女の子が生まれたあと、男性は約束を極力守り、ひとりで子育てをする。奥さんはなにも手伝わない。ワンオペが辛くなった夫のSOSにもほとんど応えない。男性は「確かに約束はしたけれど、彼女にとっても自分の子どものはず。どうしてこんなに冷たいのか……」と嘆いていた。
 
 誰が悪いとか、そんな話は置いておく。ここでは「自分の子ども」について考えてみたい。女性は産んだらすぐに「ああこの子がわたしの子、かわいいかわいい」って感情が湧くのだろうか?個人差はあるらしいけど、自分の場合これはノー。
 
 そしてまた脳科学者から言わせれば、母親の愛情ホルモンというのは授乳をすると分泌されると。だから、出産しただけで授乳などのお世話をしていない人は、必然的に赤ちゃんへの愛情が湧きにくい。
 
 生みの親より育ての親と言う、あれはまちがってない。自分の子だからかいがいしくお世話できるはずだ……という思い込みがまちがっていて、お世話をするから「自分の子」になっていく、そんなところがあると思う。
 
 自分も3月に出産したとき、いきなり子煩悩になったわけじゃなかった。初めて見る赤ちゃんは、いままでお腹の中にいたとはいえ初対面である。その「はじめまして」ぶりは、赤の他人と変わらない。
 
 だから最初のうちはおっかなびっくりで、すごくかわいいって感じでもなくて、ただミルクをあげ授乳をして、オムツを替えていた。お乳を飲んだら「いい子いい子」って声をかけたり、新しいオムツですよーくらいの話しかけはしたけど、それはほぼ義務感からだった。
 
 それでも、ベビーラックでスースー寝ているところとか、おくるみに巻かれているところなんかは愛らしい。じっと見ているとそれがわかる。見ないとわからない。産院にいる5日間のあいだに「はじめまして」から「うっすらかわいいと思う」ところまでは行った。
 
 それから家でお世話をし続けて、両脚のあいだに挟んで一緒に揺れたり、子守歌を歌ったり、歌ったらぐずるので「なんかこの曲の気分じゃないらしいな」とかお互いに試行錯誤しつつ今に至る。最近では「わりとかわいい」まで気持ちがのってきた。
 
 この調子なら、1年後には「我が子わたしの推し最高ペンライトぶんぶん」くらいにはなるかもしれない。知らないけど。話を戻すと、お世話を一切しないでいれば、我が子といえども最初の「ほぼ赤の他人」の気持ちが消えないんじゃないか。
 
 だから冒頭の話で男性が「自分の子なのに奥さんはなにもしない。情がない」と言うのは無理がある。何もしないから情が湧かないし、情が湧かないから何かする気にもなれない。つまりはそういう状態なんだろう。
 
 「自分の子どもだ」という実感のない人に、母親の自覚を持てと言っても響かない。件のご夫婦は、大変だろうけど、男性のワンオペ育児が続くと思う。
 
 男性が育児に向いているかどうか?というのは、主語が大きいのでなんとも言えない。向いている人は向いているし、お世話していればかわいく思えてくるのは男性も同じらしい。母乳育児以外は母親と同じことができるわけで、そうすると愛情ホルモンが出る。
 
 もっとも、最近育児に精を出していた旦那さんは「赤ちゃんの泣き声だけは無理。もう本当に無理。おれに育児は向いてない」と言い出したので、ホルモンにも限界はあるのかもしれない。少なくとも育児中の親の聴覚を鈍らせるのはできないらしい。
 
 赤ちゃんは父親を苛つかせつつ、元気よく泣いている。


読書中


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。