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#1 手紙~拝啓 三十の君へ~

大学に入学した18歳に家を出た。
そこから10年ちょいが経った去年。
突然家のポストに手紙が届いた。
実家のじいちゃんからだった。

予定がいろいろあるにせよ、家の者と十分に話し合えないのは残念なことだ。自分の若い時だったら、そんな勤めは「ハイサヨウナラ!」というところ、程度はあるだろうけど仕事は希望を通し自由に選択できて自力が発揮できるのがいち番と思っていた。

本の題名じゃないけれど"我慢して生きるほど人生は長くない"という性癖は幼少の頃から、「あゝ何だって人は生きてゆけなきゃならないのだろう?」などと溜息ばかり、勉強どころじゃない偏屈少年のようだった。

でも家の中は陽気で賑やかだった。兄姉弟と合唱していたかと思ったら、たちまち一部屋で2組の喧嘩。「さあ、海に遊びに行くぞー」などと父親の声がかかればたちまち一変して下駄をつっかけて飛び出す元気なヤツ。本から靴までいかに貧しくとも譲り合って貧しくともそれは幸せなものであった。

きっとそれは貧しかったから幸せだった。世相のうちに風潮あったからかも知れないぞ…。何せ十八歳にして上京した時はラーメンが三十円だったのを覚えている。

前置きが長くなった。
この便りそんなことではない。
外国留学、遊学?の実行の件なのだ。

藤井名人や大谷選手のような大成功の類いの話ではない。
海外に留学、遊学し好きな途を見学し、他国でのいっ時を過ごしただけでも、これからの世界人を相手に役立つというわけのものさ…。機会と時間は自分のためにつくらない限り他に与えられるものではない。

自分で自分の居場所をいつでも考えているのが人の世界。生きようとするものは植物でも動物でもみなそうだ。人間ほど愚かなものはない。冴えたるものは人と人との殺し合い「戦争」という無駄な行動だ。

話を戻すと、そんな愚かな集団の中で一生を過ごしてゆくわけだから、自分だけ、はちょっと云い過ぎかもしれないが、賢明に生きるに限る。

人間を軽蔑するわけではないが損の無い過ちのない生き方をすることだ。身に付けると付けてないのとでは人生大いに変わる。何の為に人は生きているのだろう。そうした話題を浮かべるだけでも勉強は文系(好きではない分け言葉)の心理学や哲学が欠かせない。その意味合いだけでも外国人に接する、それも期間を長くとる必要がある。これからはますます国際間のことが多くなるはず。

時に患者の顔を見ないでパソコン相手の医者が居る。傲慢なさまが過ぎている。彼らは日本独特。外国に学ぶ必要がある。西洋医学の伝達、嗜むのが遅かったのか、もっと謙虚であるべきだ。

むかし「医学の手当が良い、悪い」などと世間では噂さしたのだ。あの言葉の発祥は今でいうスキンシップから取ったものかもしれない。診察の会話がそうだ。話法、初歩、「YES」から受けて「BUT」で受け返すことも理解していない。そんな低度。こうなると国内外もない。人間の接し方から勉強の必要が出てくる。

人には簡単なはなし、人に逢い、苦労する必要があるのだな。その点、子どもというのは純粋無垢、見ているだけで感動するよ。

余計なことが多過ぎました。要は、音楽のドラムでもピアノでも、運動ならサーフィンでも何でもいい。外国で一年でも三年でも、いや半年でも生活してみては。という提案だ。最後の纏めにもなるが、他の人とはちょっと異なる生き方がきっと本人に役立つと思う。機会は今!

ヨーロッパなどの美人女性の友人などどうだろう・・・

自分本位に生きること

背中を押してくれる手紙だった。
2024年10月スタートを目標に、
世界一周の準備を進めよう。
準備編はじまり。


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