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転棟、そして地獄を見る

「大変申し上げにくいのですが、退院してから3ヶ月以内に再入院となったため転棟になる可能性があります。」

主治医からこう言われてから約1週間後、私は転棟となった。
昼食の数時間前、看護師さんが持ってきてくれた台車に大量の荷物を乗せてエレベーターに乗って転棟先まで行った。

場所は慢性期病棟。おおむね3ヶ月以上入院する人たちがいる場所だ。

だいたいどこの病棟も雰囲気は同じだろうと思っていたが、その思考は大きく外れた。

エレベーターから降りると、まず、自分に多くの目線が刺さった。荷物を下ろして転棟先の看護師さんから病棟の説明を受けてる最中は色んなところから大声や叫び声、怒鳴り声が聞こえてきた。

共同冷蔵庫は盗難の恐れがあるからほとんどの人が物を入れていないとか言われて、TV前に椅子が並べてある場所に靴を脱いで自分の部屋のように寝っ転がっている人がいたりととにかく治安が良くない。はっきり言って地獄だ。

今までいた急性期病棟がいかに甘ったるいものだったか思い知らされた。

自分の障害の特性である聴覚過敏があるせいで至る所から聞こえてくる大声が恐ろしいものとなって私を襲う。
私にとっては無害だか、独り言を呟く人もいる。少し怖い。

出たい。ここから早く出たい。退院したい。助けて。もう暴れないからお願いします。退院させてください。
心の中の私が泣いている。

転棟してから閉鎖病棟に居たいなんて気持ちは完全に消えた。

主治医は私が小学生の頃に担当してくださった先生に決まった。
絶対に許さない。約10年前に私にちゃんと診断名をつけて支援が必要と判断してくれたら今まで酷い目に合わなかったのに。辛いことが少なかったかもしれないのに。
私は走り疲れました。あなたのせいでボロボロになりました。あなたが誤診した患者がこんな目に会っているのを見るのはどんな気分だ?

話は変わり、妹は妹が通う高校の入試休みで友達と某テーマパークに行くらしい。
羨ましい。そして憎い。私も友達とそんなことがしたかった。高校で、クラスで親しい友達を作りたかった。部活の中で人間関係が自分を取り残して散り散りになってほしくなかった。

またこの世の全てが憎くなった。
私をいじめた人は結婚したり(一部例外あり)、某有名大学へ進学したりしている。
どうして私だけ不治の病を患ってこんな牢獄みたいな場所で貴重な若い時間を溶かさなきゃいけないの。どうして、どうして。

廊下から聞こえてくる患者と看護師さんの言い合いの大声が私を苛つかせる。
相部屋の人の笑い声が私を嘲笑っているようだ。

「3ヶ月以上いる病棟に移ったからといって必ずしも3ヶ月以上いることはありません」

前の主治医の言葉を思い出した。その言葉に縋りついている。
どうか早くここから出して。
でも、今の状態じゃきっと出れない。

今日、母が洗濯物を取りに来て差し入れを持ってきてくれたついでに「首が痛いから接骨院の予約をここでしていい?」と言い出して数分、私を同室の中で置き去りにしてスマホとにらめっこしていた。

私はその行為に腹が立った。意味がわからなかった。母は過集中になり、周りが見えなくなることがしばしばある。病人の自分を置いていけぼりにしたことが許せなかった。
今の自分にはそれを許せる余裕がなかった。イライラした気持ちをぶつけそうになって必死に耐えた。まだ怒りが心の中に滲んでる。

気持ちのコントールがまだ完全にできていない。波は小さくなったが、それでも自分一人で制御するには難しすぎる。

私はやっぱり病人だ。この世から外れたエラー品なんだ。

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