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#映画感想文211『バビロン』(2022)

映画『バビロン(原題:Babylon)』(2022)を映画館で観てきた。

監督・脚本がデイミアン・チャゼル、主演はブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバの三人で、ほかにもトビー・マグワイア、サマラ・ウィービング、オリビア・ワイルドらも出演している。

2022年製作、189分、アメリカ映画。

舞台は1920年代のハリウッド。ジャック・コンラッドはサイレント映画の大スター。メキシコからの不法移民であるエマニュエル(ディエゴ・カルバ)は、映画界で働きたいという思いから下働き、使いっぱしりとして、文字通り、汚れ仕事をさせられている。彼がこの映画の狂言回しであり、水先案内人である。彼を信用して観客はこの映画を観ることになる。

ニュージャージー出身のネリー(マーゴット・ロビー)は、映画スターになろうと野心丸出しで、パーティーにもぐりこみ、役をゲットする。

ハリウッドに対する一般庶民が抱くイメージ、それはゴージャスであったり、猥雑であったりする。そこには、夢や野心がある。ドラッグに馬鹿騒ぎに乱交パーティーとえげつない描写が続くが、現実にこんなことが行われていたとは思わない。ただ、観客が期待するハリウッドの乱痴気騒ぎを忠実に描いてくれているような気がしたし、監督自身の偏見が作品に反映されているのではないだろうか。

映画がサイレントの字幕映画から、トーキー映画(発声映画)となり、時代は大きく変化する。一度進歩したら、元には戻らない。非可逆的な変化には抗えない。

ネリーは映像を録画し、音声が録音される撮影に悪戦苦闘する。死者まで出る。もちろん、昔はマイクの性能がよくなかったし、フィルムだって使いたい放題ではない。どんどん費用がかさんでいく。その恐ろしさも描かれている。

往年の映画スターであるコンラッドは、自分の映画が観客に笑われているところを目撃してしまう。時代遅れのスターとなることに彼は耐えられない。その葛藤は、ありきたりな問題ではあるが、それは俳優だけでなく、本作の監督自身もいずれ直面する問題だろう。

映画のメインテーマである「Voodoo Mama」がぞくぞくするほどいいので、それだけでも大きな収穫だと思う。ジャズの定番曲の"SING, SING, SING"のわくわく感とよく似ている。

「何か大きなものの一部になりたいんだ」と願ったマニーが映画産業から離れてしまったことは残念だが、彼は観客としてその一部となり、涙を流す。観客がいるから映画が成立するのだというメッセージであると同時に、監督や俳優も大きなものの一部に過ぎない、という偉大なる映画への愛が溢れ出る。

映画で映画を描く。映画の中で映画への愛を、恥ずかしげもなく告白する。そのような行動は若い監督だからこそできるのだと思うし、若造に映画愛を語ることを許すハリウッドも器が大きいと思う。

無声映画の活弁士を描いた周防監督の『カツベン』とフィルムの仕組みを描いている『エンドロールの続き』なども、観ながら思い出していた。

「ブロードウェイは10万人で大ヒットかもしれないが、映画ならオオコケ、大失敗だ。年寄りの金持ちだけが観る舞台と映画は違うんだ!」と映画を誇りに思うコンラッドの熱弁には素直に感動してしまった。(トビー・マグワイアが妖怪っぽくなっていたのは、監督の意地悪だと思う。)

ところどころ、つめの甘さ、脚本のゆるいところもあるが、そこも嫌な感じはしなかった。駄作っぽさも兼ね備えた傑作と言えよう。

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