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「消費は投票」ジャニーズ問題を通して学ぶ米国Z世代のキャンセルカルチャー

大企業が次々にジャニーズのタレント起用を中止している。特にアサヒビール社長のジャニーズを起用すれば人権侵害に寛容ということになる」(*1)という言い方は、ニューヨークに30年以上住む私にとっては非常に新鮮だった。

アメリカでは、企業が人権擁護を明確に打ち出すのは当たり前。でも日本の企業トップが「人権」という言葉を前面に掲げるのを聞いたのは、ほとんど初めてだったから。

このニュースを受けて「アメリカの若者が、自らの購買力を駆使して企業に影響を与えることで、人権を守ろうとしている。」という話をご紹介したくなった。これを知ることで、この問題についてあなたがどう考え、どう行動すればいいのかの、ヒントになると思ったからだ。

アメリカの若者の多くは、自分の価値観に反する企業やブランドから物を買わない。だから企業は彼らの要求に応えるしかない。これが繰り返され、アメリカの若者と企業は人権や社会正義のメッセージをどんどん出すことで、社会の潮流を作っている。

企業がこうしたメッセージをどう出すかは、その存亡に関わる重要な課題だ。でも企業のためだけでなく、良いメッセージは世の中を変える大きな力にもなる。つまり、企業と消費者双方にとっての大きなメリットになる、ということもお伝えしたい。

ではまず、この大きな流れを最初に作った、 #metoo運動とそこから派生したキャンセルカルチャー から見ていこう。


#metoo運動からキャンセルカルチャーが生まれた

ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪と#metoo運動

#metooというハッシュタグを覚えているだろうか? アメリカの企業が特に人権に敏感になり始めたのは、#metoo運動(*2)からだ。

2017年、ハリウッドの帝王だった映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン(*3)が、これまでの性暴力事件とその隠蔽工作を暴かれ逮捕された。彼はその後有罪判決を受け39年の刑期を服役中だ。実は役と引き換えにセックスを強要する彼の行為は映画業界では長年知られていた。こうした業界ぐるみの隠蔽には、ジャニーズ事件と共通点がある。

これがきっかけで#metoo運動が燃え上がり、400人以上の芸能人、業界人、政治家らが、性的虐待やセクハラを告発され消えていった。

この#metoo運動をきっかけに、アメリカではキャンセルカルチャーという言葉が頻繁に聞かれるようになる。

キャンセルカルチャーとは

キャンセル・カルチャー(*4) は社会的に容認できない行動や発言をしたとみなされた人々が告発され、排斥されたりボイコットされる文化だ。

ターゲットになるのは、主に人種・ジェンダー差別などの人権侵害や、環境破壊など社会正義に反する行為を行った個人や企業だ。排斥の対象になると「キャンセルされた」と言われ、社会的信用を著しく傷つけられる。時には不買運動になったり、株価が下落することで、経済的なダメージを受けることもある。

キャンセルカルチャーの中心にはZ世代がいる。彼らは生まれた時からデジタル機器やSNSと親しんできたデジタルネイティブだ。その情報発信力が、キャンセルカルチャーをさらにパワーアップさせている。

数時間後に株価暴落 #metooでキャンセルされた企業

ここで#metoo運動によってキャンセルされた企業の例を見てみよう。

「Guessゲス」(*5)80年代から90年代にかけて一世を風靡した超人気ファッションブランドだ。しかし#metoo運動の嵐が吹き荒れた2018年、共同創立者でデザイナーのポール・マルシアーノが、スーパーモデルのケイト・アプトンからツイッター上でセクハラの告発を受けた。情報は瞬く間に広がり、数時間後には株価が18%も下落、1日で2億5千万ドル(日本円で360億円)もの損失をこうむる事態となった。マルシアーノは解雇され、ブランド価値は大きく低下した。

同様に、ナイキ、人気ヨガウェアのルルレモン、高級ホテルグループのウィン・リゾート、大手書店チェーンのバーンズ&ノーブルなどで、トップレベルの重役が解任されている。

差別的な一言でわずか20分で解任

もう1つ、差別的な一言だけで、地位を失うには十分と思い知らされる出来事が、つい最近起こっているので紹介しよう。

ヤン・ウェナーは、ローリングストーン誌とロックの殿堂の創始者で、音楽界の頂点にいた。ところがニューヨークタイムズのインタビューで、差別的なコメントをしたために衝撃的な早やさで失脚(*6)した。彼は自著「ザ・マスターズ」のなかで、なぜ女性や黒人が取り上げられていないのか」と聞かれ「彼らは知的レベルで十分でなかったから」と答えたのだ。

記事が出た直後から、彼の発言に対し「女性差別、人種差別という激しい批判がネット上を駆け巡った。その翌日ロックの殿堂は緊急の取締役会を招集する。彼の取締役からの解雇を決断するまで、わずか20分だった。

日本でよく聞かれる、「差別する意図はなかった、私の発言で不快な思いをした方々にお詫びします。」ではもう逃げられないことがわかると思う。

Z世代の若者にとって消費は投票

Z世代の消費傾向と人権メッセージへの敏感さ

#metoo運動と共にアメリカに押し寄せたキャンセルカルチャーの波と同時に、Z世代の消費傾向も明らかになってきた。

例えば、人種差別的な商品をボイコットし、マイノリティ所有の企業を支持する。人権に関するメッセージを積極的に発信する企業から物を買う。さらにはダイバーシティのある雇用を推進する企業に、優秀な人材が集まる。

自分と同じ価値観を持つ企業から買う事で、彼らは実質的に政治的な投票行動と同じ影響をもたらしている。それが「消費は投票だ」(*7)といわれるゆえんだ。時には「Z世代は財布で投票する」とも表現される。

アメリカでは、こうしたZ世代の消費行動から企業の反応までのプロセスが、社会全体の変革を促進しているのだ。

なぜZ世代は人権に敏感なのか

では、なぜアメリカのZ世代はこれほど、人権を含む社会正義に敏感なのだろうか。

最大の理由は、Z世代が非常に多様な世代(*8)だから。移民の子供が多く非白人が過半数に迫る。LGBTQと自認する人も2割(*9)を超えている。
そんな彼らが、異なるバックグラウンドやアイデンティティを持つ人々が平等な機会を享受できる社会を望むのも、自然なことだ。

しかし実際には今も差別が存在し、Z世代はこれに強い危機感を抱いている。
この危機感こそが、彼らの人権や社会正義に対する高い意識と、それに逆行する行為や発言に対する怒りや反感につながっている。

この動きは、アメリカに限らず、ヨーロッパやアジアなどの国々でも広がっている。将来的には、日本でも移民の増加など多様化が進むことで、人権意識は高まってくるはずだ。

ジャニーズ問題からの学びと希望

自分の意見を社会に反映させるために、今すぐできること

今年2月、私がこのテーマでジェトロNYで講演会を行った際、日本のある大手企業の駐在員は、日本の本社での意識の低さを嘆いていたが、私は日本の消費者に希望を見ている。

もし自分の意見を社会に反映させたいなら、例えばこういう方法がある。

ジャニーズタレントの起用をいちはやく中止した企業と、起用を続けていた会社のリストを作り、中止企業の製品だけを積極的に購入する、起用を続けた会社の商品をボイコットするなど、消費者としての力を行使する。企業の広報に対し、人権擁護のメッセージを出して社会的責任を果たすよう促す。こうした内容をSNSで共有する。

こうした動きが広がると、企業は動かざるを得なくなる(*10)。

人権に対する率先した対応は、企業のアドバンテージにも、世の中を変えるパワーにもなる

ジャニーズとは無関係な日本のグローバル企業も、遅かれ早かれ世界のどこかで、このような動きにさらされる可能性がある。それに先駆けた対応を取ることは大きなアドバンテージとなる。

消費者にも、企業やそこで働く人にも、世の中を変えるパワーがある。あなたがそれに気づいてこの動きをさらに加速してくれることを、心から願っている。

Note:

(*1) https://www.asahi.com/articles/ASR9C6H4WR9CULFA00R.html

(*2) https://ja.wikipedia.org/wiki/#MeToo

(*3) https://time.com/5321130/414-executives-metoo/

(*4) https://ja.wikipedia.org/wiki/キャンセル・カルチャー

(*5) https://www.cnbc.com/2019/01/03/from-wynn-resorts-to-lululemon-2018-was-the-year-of-metoo-mea-culpa.html

(*6) https://www.nytimes.com/2023/09/19/arts/music/jann-wenner-rock-and-roll-hall-of-fame.html?smid=nytcore-ios-share&referringSource=articleShare

(*7) https://www.fastcompany.com/90744901/consumers-are-voting-with-their-wallets-heres-what-they-want

(*8)https://www.pewresearch.org/social-trends/2020/05/14/on-the-cusp-of-adulthood-and-facing-an-uncertain-future-what-we-know-about-gen-z-so-far-2/

(*9)https://news.gallup.com/poll/389792/lgbt-identification-ticks-up.aspx

(*10) https://www.morningstar.com/sustainable-investing/how-metoo-forced-companies-see-business-risks-sexual-misconduct

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