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自己満足のドイツ駐在記録 (1) | 突然の辞令

2015年11月。私は上司に連れられてドイツ・デュッセルドルフにあるお寺を訪れていた。

当時入社9年目の私はヨーロッパのお客様を担当する営業マン。

この頃には多い時で四半期ごとにヨーロッパに出張にくることもあるほどしょっちゅう来ていた。

この時は毎年出展している展示会のためドイツに訪問。デュッセルドルフは何度か来たことのある町だったが、このお寺の存在は知らなかった。

「へぇー、こんなところにこんな立派なお寺があるんですねー。」

住宅街の中の一角に突然現れる和風建築に最初は驚いたものの、その美しさと異国の地で感じる日本情緒に魅了され、連れてきてくれた上司とその場を楽しんでいた。

このお寺に来る前、街中にあるラーメン屋さんで夕食を済ましていた。まさにその日は日本づくしであった。

ここ、デュッセルドルフはリトル・トウキョーと呼ばれる地区があり、日本食レストランは豊富。加えてクオリティも高い。

そしてこのお寺である。私はここがドイツであることを忘れてしまうような心持ちだった。

そんな時おもむろに上司が私に聞いてきた。

「どう?ここだったら住めると思うかな?」

ちょうどラーメンも堪能した後だったし、このお寺の雰囲気もすごく良い。その場の雰囲気で

「そうですねー、ここなら全然住めますよー。たまにラーメンも食べられるし、日本が恋しくなったらこのお寺に来ることもできますしねー。」

と世間話のノリで回答した。

しかし上司はただ
「そうか…うん、わかった…」

と感慨深く頷いた。

私はその時とくに何にも考えていなかったのだが、実は上司の方では大きな決断をしていた、なんて当時の私は全く知らなかった。


日本帰国して早々、もうすぐ定時を迎える夕暮れ時。
突然私のデスクにある内線電話が鳴る。

そこには「社長室」の文字。

(あー、また何かやらかしたのかなぁ…)

出張から戻ると、度々「ご指摘」を受けることの多い私。

今回もまた何かやらかしたのかと思い気が重くなるものの、受話器を取らない訳にもいかず応える。

「はい、めがねです」
「今から社長室に来てください。」

やはり呼び出しだった。
受話器を置き、苦い顔で事務所を出た私を気の毒そうに見守る同僚たち。背中を丸めた私はとぼとぼと社長室に向かった。

社長室に着くとそこには社長と私の上司に加えて
いつもは全く絡みのないお偉いさんがもう一人いた。

「まぁ、ここに座って」

と3人が居並ぶ席の正面に座らされた私。

(いやー、一体何がいけなかったんだろう…)

と気が気でない私。
しばらくの沈黙。本当はほんの一瞬だったんだろうけど、私には長い間に感じられたいやーな時間。

そこでいよいよ社長が口を開く。

「今度、めがねくんにはドイツに行ってもらうことにしたから。」

は…え…何と…?

急なことで私は何を言われているのか、内容を理解できなかった。

(いや、ドイツに行ってもらうってつい先週行ってましたけど、どういうこと?)

そんなパニック状態にあることはお構いなく話は続く。

どうやら以前から構想としてあったドイツの現地法人の設立の話が纏まったようで、その立ち上げメンバーとして、私とその今まで絡みのなかったお偉いさんの2人で赴任することが決まった、という内容だった。

概ね話終わった社長が
「今日の話はこんなところだけど、何かありますか?」
と聞かれたので、

「いやー、突然のことでびっくりしました…」

という言葉しか出てこなかった。

が、どうも噛み合わない。なんとなく事前に私とすり合わせは完了していたのでは?という雰囲気。

あとで上司にどういうことかを聞いてみたら

「あれ?先週お寺で確認したじゃーん。」

とドヤ顔で言われ、
(おー、あれはそんな重要な確認だったのか…)

と改めてコミュニケーションの難しさを思い知る。

そんなこんなで、私のドイツ駐在の辞令はまさに青天の霹靂のごとく、突然訪れたのでした。

つづく。

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