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ソラを見上げて #40 ここにいる理由

―野球狂の詩―

〇:会わせて欲しい人がいるんです。

生:言ってみて。

〇:梅澤、美波です。

生:え? 梅澤美波って……あの梅澤美波?

〇:はい

生:梅に会いたいの?

〇:そうです

生:単に推しメンってワケじゃなさそうだけど……理由を聞いてもいい?

〇:僕のクライアントだからです。

生:……ん?

〇:ですから、僕のクライアントなんです。

生:梅が?

〇:はい

生:どういう事?

〇:実は……

(○○は展示会翌日に梅澤美波と出会い、衣装制作の依頼を受け、現在は大園桃子が経営する会社に研修生として勉強している事を話した)


生:そういう事だったの。

〇:はい

生:マスターから聞いていたけれど、まさか桃子の会社とはねぇ。

〇:今日の事も『早く行ってあげなさい』って送り出してくれたのは大園社長なんです。

生:あら。じゃあ今度お礼しなきゃ♪

〇:あの、それで……

生:あぁごめんなさい。いいわよ、会わせてあげる。

〇:本当ですか?

生:うん。

〇:ありがとうございます!

生:じゃあ、一週間後の……

生田は一週間後の午前9時。
東京駅八重洲地下中央口の手前にある銀の鈴広場で再び会う事を約束する。



(その日の夜……)

―○○のマンション・深夜―

ソ:ふわぁぁ……んぅ、まだ寝ないの?


〇:うん。調べたい事があってさ。

ソ:学校の課題?

〇:依頼された衣装の事前準備みたいなものかな。

ソ:この前、家に乗り込んできたあの人の?

〇:あはは。そうそう。

ソ:アイドルだったんでしょ? 人は見かけによらないものよね~。


〇:ね。誘導尋問するし、人の心を見透かすような事を言い出すし。

ソ:あんまり無理しないでね。毎日新幹線で通って疲れてるでしょ?

〇:ありがと。ソラは先に寝てて。僕はもう少し時間かかるから。

ソ:うん。おやすみ、○○。

〇:おやすみ、ソラ。

(ソファーからソラの寝息が聞こえてくる)


〇:さてと、これも見ておくか。

ソ:すぅ……すぅ。むにゃ。それわたしのはぎのつきぃ……かえしてぇ

〇:はは、どんな夢見てんだか。



(一週間後…)

―東京駅八重洲地下中央口・銀の鈴広場―

〇:……

(待ち合わせ時間10分前に到着し、生田へショートメールをする○○)


ピロン……📱 【おっけー。もうすぐ着くわよー】

〇:(小声)ていうか、こんな一目につく場所で大丈夫かな?


(20分後…)

〇:全然来ない……何してるんだろ?

『ねぇ、あれって生田絵梨花だよね?』

『生ちゃんだ』

『ファンです! 握手してください!』

(銀の鈴広場周辺が騒がしくなってくる)


〇:ん?

『ずっとファンです!』

生:ありがとう

『今度の舞台見に行きます』

生:ぜひぜひ~♪

(○○の背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる)


生:や。おまたせ!

〇:おまたせ! じゃないですよ、もうすぐ着くってどこからメールしてたんですか?

生:この通路に入った所でメールしたんだけどね。色んな人に声かけられちゃって。

〇:少しは自分の知名度を自覚して下さい。

生:ごめんごめん。じゃ、行こっか。

〇:行くのはいいんですけど……

生:どうしたの?

〇:この状況で動いて、大丈夫ですかね?

生:なんで?

〇:だって……

(銀の鈴周辺の通行人や生田に気づいた人々の視線が○○に向けられている)


生:あら、注目の的ね。

〇:どうします? このまま強行突破しますか?

生:大丈夫よ。

〇:え?

(生田はカバンからスマートフォンと自撮り棒を取り出し、慣れた手つきで組み立てる)


生:はい。という事で今日は担当デザイナーさんに私服のコーディネートをして頂きたいと思いまーす! よろしくお願いしますね、○○さん?


〇:え? あ、は……はーい! 頑張りまーす!

生:という事でお店にれっつごー♪

〇:れ、れっつごー。

(生田に合わせてガッツポーズをする○○)


生:(小声)車を待たせてあるの。このままタクシー乗り場まで行くわよ。

〇:(小声)わかりました



(5分後…)

―車内―

生:よいしょっと。あーついたついた。

〇:疲れた。

生:ちょっと歩いただけじゃないの。

〇:ずっと生田さんの嘘配信番組に付き合わされた身にもなって下さいよ。

生:ごめんごめん。それじゃあ運転手さん、お願いしますね。

『わかりました』

(タクシー乗り場から走り出す車)


生:(鼻歌)~~♪~♪

〇:これからどこに行くんですか?

生:乃木坂の事務所よ。

〇:……え?

生:じーむーしょ。

〇:まじですか。

生:梅に会いたいんでしょ?

〇:そうですけど……

生:だったら事務所に行くのが手っ取り早いでしょ?

〇:まぁ、確かに。

生:なんてね。

〇:え?

生:実はね、元々梅と打ち合わせをする予定だったの。

〇:そうだったんですか?

生:うん。だからキミはグッドタイミングだったってワケ。

〇:そういう事ですか。

生:そういうコト。じゃ、ちょっとの間のドライブデートを楽しみましょ。

〇:は、はぁ。

生:ノリが悪いわねぇ。生田絵梨花とドライブデートよ? 少しは楽しみなさいな。

(楽しそうな生田と不安が拭えない○○を乗せた車は目的地へと走り続ける)



―SME六番町ビル・降車場―

『生田……さん、着きましたよ』

生:ありがとうございます。行きましょ?

〇:はい

(車を降りる生田と○○)


『とりあえずは問題なし、か』

(ビルへ入っていく二人を鋭い眼差しで見つめる運転手)



―SME六番町ビル・エントランス―

生:こんにちは。

受付:いらっしゃいませ。恐れ入りますがお名前とご要件を伺ってもよろしいでしょうか。

生:太田プロダクションの生田絵梨花です。本日は乃木坂46合同会社代表取締役の今野様と打ち合わせで参りました。

受付:太田プロダクションの生田絵梨花様でいらっしゃいますね。ありがとうございます。ではこちらが入館証です。

生:ありがとうございます。

受付:お帰りの際は、お手数ですがこちらまで入館証の返却をお願いします。

生:はーい。

◯:軽いなぁ

生:行きましょ。

〇:はい。

受付:生田様。

生:ん?

受付:失礼ですが、お連れの方は……

生:彼も同じよ、私が呼んだの。

受付:ですが、本日は生田様一人で来られると今野様から伺っておりますが……

生:(小声)しまった……忘れてた。

◯:今、不吉なこと言いませんでした?

生:特別ゲストってコトで……だめ?


受付:申し訳ありませんが、申請がない方はお通し出来ない事になっておりますので。

生:今から申請すれば大丈夫?

受付:えぇ。少々お時間をいただく事になりますが、よろしいですか?

生:どれくらいですか?

受付:一時間ほどいただければ……

生:待ち合わせの時間まであと20分か。ん~、どうしよっか?

〇:なんで僕に聞くんですか。

『すみません。こちらで手違いがありまして、急遽デザイナーを中途採用する事になったんです。入館申請をするのを忘れていたのはこちら側なのでご容赦いただけませんか。何かあった時の責任は、私が取りますので』

受付:わ、わかりました。ではゲスト用のパスをお渡しします。

〇:え……え?

『不手際があり申し訳ありませんでした。本日はゲスト用パスを使ってください』

(黒縁メガネをかけた男性がにこやかに○○へ入館証を手渡す)


〇:あ、はい。

『行きましょう。案内します』



―SME六番町ビル・エレベーター前―

生:グッドタイミングね。

?:生田の事だから申請を忘れてるんじゃないかと思ってな。

生:昔のよしみで通してくれるかなって

?:だからって部外者をノーパスで通すほどここは甘くないぞ。

生:お陰で助かったわ、菊地さん

〇:菊地さん?

生:乃木坂在籍中にお世話になったマネージャーさん。

〇:助けていただいてありがとうございます。

菊:別にキミを助けた訳じゃない。生田に恥をかかせる訳にはいかないからね。

〇:あ、ですよね。

生:『梅澤が見込んだ無名のデザイナーを見てみたい』なんて言い出して、運転手までかって出たのはどこの誰だったかしら?

菊:ゴホン……早く行け。これ以上面倒事を起こされたら困る。

(ボタンを押し、エレベーターの扉を開く菊地)


生:じゃ、またね。

菊:梅澤は28階のBスタジオだ。寄り道しないで行けよ?

生:はいはーい。

(扉が閉じ、エレベーターが動き出す)



―SME六番町ビル・28階―

『(音声) 28階です』

生:さて、Bスタジオは確か……コッチかな。ついてきて。

〇:はい。

(数分後…)

生:あれ、コッチだったかな?

〇:……


(更に数分後…)

〇:生田さん。

生:ん?

〇:ここ、さっきも通りましたよね?

生:そうだっけ?

〇:もしかして、迷ってます?

生:そ、そんなワケないじゃない。ここは乃木坂時代に何度も来てるのよ? 迷うわけないじゃない。

〇:なら、いいんですけど。

生:(小声)おかしいなぁ……前に来た時は簡単に行けたのに。

?:生田さん

生:ん?

?:お久しぶりです

生:あらぁ、さくちゃん!

さ:『生田さんの事だから、まっすぐスタジオに来られないんじゃないか』って梅澤さんが言ってたのでお迎えにきました。


生:気が利く後輩で助かるわぁ。

さ:ご案内するのでついてきて下さい。そちらの方もご一緒ですか?

生:うん、梅に仕事を頼まれたデザイナー君よ。

さ:では、ご一緒にどうぞ。

〇:ありがとうございます。

生:いやー良かった良かった。

〇:なんでも出来るスーパーマンねぇ。

生:ゴホン。



―SME六番町ビル28階・Bスタジオ―

さ:梅澤さん、おいでになりましたよ。

梅:ありがと、さく。

生:よっ、久しぶり!

梅:やっぱり迷ってたんですね。受付までお迎えに行くって言ったじゃないですか。

生:あはは。いけると思ったんだけどねー

梅:それじゃ、打ち合わせに……ん?

〇:……

梅:……

(眉間にシワを寄せ、目をこする梅澤)


梅:さく。生田さんの隣にいる人、見える?

さ:はい。梅澤さんから依頼を受けたデザイナーさんと伺ってますけど……

〇:お邪魔してます、三代目。

梅:なんでキミがここにいるのよ!?

生:梅に会いたいって言うから来てもらったのよ。

梅:どういう事ですか?

〇:そういう事。

梅:キミみたいな一般人がどうして生田さんと知り合いなのよ?

〇:まぁ、そこは話すと長いんだが……

【ガチャ……🚪】

今:梅澤。そろそろ打ち合わせだ、遅れるなよ? ……取り込み中か?

生:どうも~♪

(スタジオを覗きに来た今野に手を振る生田)


今:なんだ、生田もいるじゃないか。ならさっさと始めるぞ、時間が無い。

梅:わ、わかりました。

生:ちゃんと説明するから。ね? 行きましょ?

梅:もう……ちゃんと説明してくださいよ?

〇:別に遊びに来たワケじゃない。仕事の話をしに来ただけですよ。

梅:だからっていきなり目の前に現れたら——

〇:じゃあどうやって現れればよかったんです?

生:はいはい、喧嘩は後にしなさい二人とも。

【ガチャン……🚪】

(レッスンスタジオに一人残された遠藤さくら)

さ:三代目って……梅澤さんのこと?



―SME六番町ビル28階・大会議室前―

(梅澤と今野と対面側に座る生田と〇〇)

今:では早速打ち合わせを始めたいところだが……生田。


生:はい。

今:彼がこの場にいる理由を聞いていいか?

生:それは本人の口から説明した方がよろしいと思います。

今:わかった。では、お願いできるかな?

〇:はい。僕の名前は○○といいます。現在は宮城県にある仙台服飾専門学校に通っています。

今:ふむ。で、キミがここにいる理由はなんだい?

〇:先日、梅澤美波さんから衣装制作の依頼をいただきました。本日はその件で梅澤さんと相談をしたかったので伺いました。

今:キミが梅澤の言っていたデザイナー君か。それでわざわざ仙台から?

〇:はい。梅澤さんと直接お話した方が良いと思ったので

今:なるほど。

生:彼は乃木坂の事をほとんど知りません。衣装制作をするなら、コンサートの全体像や使用される衣装も把握しておくべきだと思うんです。

今:まぁ、一理あるが。

梅:彼はここでの話を口外する様な人ではありません。性格はともかく、口の堅い人間だと思います。

〇:梅澤さん、もう少し言い方ないですか?

梅:思っている事を言ったまでです。


〇:それはどうも。

生:梅もあぁ言ってますし、始めませんか?

今:そうだな。だが改めて言っておくが、ここでの話は絶対に外部に漏らさない事。いいね?

〇:はい。

今:ではまず、卒業コンサートのセットリストだが……



(打ち合わせ開始から約一時間後……)

今:では生田は前日に最終リハ。当日はラジオが終わり次第会場入り、そこからはぶっつけ本番になる。申し訳ないが頼むぞ。

生:大丈夫です。前日までに完璧に合わせればいいだけの事ですから。

今:頼もしいな。

生:頑張ろうね、梅。

梅:はい。出演を受けていただいて本当にありがとうございます。

生:なに水臭いこと言ってるの。たまには先輩を頼りなさいな。

今:さて、ではキミの番か。

〇:あ……はい。

生:じゃ、私はお邪魔虫なのでレッスンスタジオに遊びに行ってきまーす。

〇:え……

生:なぁに? 私がいないと寂しい?

〇:いや、そういう訳じゃ……

今:生田は同席しないのか?

生:えぇ、これは彼の仕事です。私が出る幕ではありません。

(会議室を出ていく生田)


今:すまないが俺は残らせてもらうよ。キミが生田の知り合いとはいえ、梅澤と一般男性を二人きりにするわけにはいかないからね。

〇:はい。僕もその方が安心できます。

梅:はぁ? ちょっとどういう意味——

今:こらこら。

梅:……すみません。

今:では本題に入ろう。衣装制作についての相談だったね。

〇:はい。

梅:納期は延ばせないわよ?

〇:こんな状況で言うのもなんですが、まだ一着も出来ていないんです。ていうか、何も始めていません。

梅:はぁ!?

今:おいおい、いきなりだな。

梅:仕事を受けておいてまだ手付かずってどういうつもり!?

〇:とりあえず話を最後まで聞いていただけますか?

梅:……なによ。

〇:梅澤さんからいただいた10人分のデータは、全部目を通して頭に叩き込んでます。

梅:当然でしょ。

〇:ここ一週間、乃木坂46三期生の資料やミュージックビデオを見てイメージは浮かんでいるんですが  

梅:なら、どうして作り始めないの?

〇:決定的に足りないモノがある。

梅:足りないモノ?

〇:梅澤さんの想いです。

梅:わたし?

〇:はい。梅澤さんの卒業コンサートに懸ける想い、応援してくれるファンに伝えたいコト、一緒に活動してきたメンバーへの想い。とか……

梅:まさか、そんなコトを聞くためにここに来たの?

〇:そうです。

梅:呆れた……そんなコト聞いてどうするの? 私は衣装を作って欲しいって依頼したのよ? インタビューする時間があるなら早く制作に取り掛かってちょうだい。


〇:梅澤さんこそ、デザイナーの仕事を軽く見てませんか?

梅:どういう意味よ?

〇:デザイナーは衣装を作るだけ、なんて思ってるんじゃないですか?

梅:何が言いたいの?

〇:デザイナーは、クライアントの希望や想いを形にする仕事なんです。

梅:想いを形に……

〇:だから、もらったデータや数字。デザイナーのアイデアだけじゃ作れないんです。

梅:……

〇:すみません。偉そうなこと言ってる僕もついこの間までそれに気づけなかったんです。だから、最初は梅澤さんから貰ったデータと元の作品をブラッシュアップして制作しようとしてた。だけど、何日経っても手が進まなかった。

〇:どうしていいか分からなくて……切羽詰まった時、大園社長が声をかけてくれて思い出したんです。学校の講義でプロのデザイナーが言ってた言葉を。

今:その人はなんて言ったんだい?

〇:『デザイナーはクライアントの代弁者。クライアントが考えるイメージ・要求している事を実現するために入念に打ち合わせを重ねる。相手が思ってる事を上手に引き出せないと良い仕事は出来ない』って

梅:クライアントの、代弁者。

〇:たしかにクライアントが僕に要求しているのは【衣装を作る事】です。だけど僕はクライアントがその衣装を着て誰と何をするのか、その舞台で何を思い描いてるのかを知らない。

梅:……

〇:僕のクライアントは誰ですか?

梅:わたし……

〇:だからここに来たんです。梅澤さんの想いを聞くために。僕みたいな人見知りじゃうまく引き出せないかもしれない。だけど、せめて今感じてる事やコンサートに懸ける想いとか、一緒に頑張ってきたメンバーや同期に言いたい事とか何でもいい。聞かせてほしいんです。

今:……彼は良いデザイナーになるかもしれないな。

梅:今野さん?

今:どうやら俺もお邪魔虫の様だ。後は二人で進めてくれ。

梅:いいんですか?

今:彼は、純粋に仕事のためにここに来た。見た目や若さで真摯に向き合おうとしなかった自分が恥ずかしいよ。〇〇君。

〇:はい。

今:何か困った事があったらいつでも連絡してくれ。力になるよ。

(そう告げると今野は○○に名刺を渡し、会議室から出て行く)



〇:出て行っちゃいましたね。

梅:いつまで敬語使ってんのよ。

〇:今野さんって、偉い人なのか?

梅:名刺見たら?

〇:乃木坂46合同会社代表取締役……めっちゃ偉いじゃん。

梅:乃木坂の運営会社のトップだもの。

〇:うわぁ……

(もらった名刺の重たさにのけぞる〇〇)


梅:さっきの話だけど。

〇:ん?

梅:話したら、ちゃんと取り掛かってくれる?

〇:嘘は無しだからな?

梅:安心して、嘘をつくのは嫌いなの。

〇:でも隠し事はしたろ?

梅:隠し事?

〇:卒業コンサートの事、どうして俺に言わなかったんだ?

梅:……余計なプレッシャーかけちゃうんじゃないかと思って。

〇:ばーか。

梅:ばかってなによ!

〇:そういう手心が余計なんだっつーの。

梅:え?

〇:人の打ち上げパーティにズカズカ乗り込んで来た奴が今更何を遠慮してんだよ。それに、さっきも言ったけど依頼された衣装がどんな場面で披露されるか分からないまま作るなんて御免だ。大園社長が教えてくれなかったら今頃どうなってたか。

梅:……ごめん。

〇:いいさ。大園社長に会えたのは三代目のお陰だしな。

梅:桃子は元気?

〇:あぁ。毎日ぴょこぴょこ忙しそうに走り回ってる。


梅:そっか。

〇:……色々あったんだってな、大園社長と。

梅:うん。

〇:打ち合わせを横で聞いてて、一つ気になったんだんだけどさ。

梅:どうしたの?

〇:乃木坂46三期生で卒業しているのは現状三人。その内、コンサートに参加するのは佐藤楓さんと吉田綾乃クリスティーさんの二人だけ。


梅:……

〇:どうして大園社長はいないんだ?

梅:桃子は乃木坂にいた時、たくさん辛い思いをしてきたの。人を疑う事はしないし、言葉を素直に受け止めてしまうから心を痛めてしまう事がたくさんあった。

〇:だから、もうアイドルはさせたくないって事か。

梅:それもあるけど、桃子は芸能界から引退してる。軽々しく誘えないわよ。


〇:俺が聞きたいのは三代目の気持ちだ。

梅:……

〇:一緒にやりたいんじゃないのか?

梅:当然でしょ……五年間ずっと一緒にいたんだもの。


〇:今からでも遅くないんじゃないか?

梅:……

〇:ごめん、追い込むような聞き方して。

梅:ううん。そんな事ない、ありがとう。

〇:え?

梅:後輩も、同期のみんなも、暗黙の了解みたいに桃子の話はしないから。私もそういう気持ちを表に出さない様にしてきたから……聞いてくれて嬉しかった。

〇:そうか……

(予想外の反応が返ってきて戸惑う○○)


梅:他には?

(席を立ち、○○の隣に座り直す梅澤)


梅:これだけじゃないでしょ? キミが聞きたいコト。

〇:お、やっとその気になったか。

梅:その代わり。

〇:ん?

梅:絶対完成させて。


〇:あぁ、約束する。

梅:私の最後の晴れ舞台なんだからね?

〇:プレッシャーかけんなよ。

梅:会場には大勢のファンと関係者。

〇:おいおい。

梅:さっき私に遠慮するなって言ったのはどこの誰だっけ?

〇:ったく……



(一時間後…)

―SME六番町ビル28階・Bスタジオ―

生:♪~~♬♪~

(リハーサル中のメンバーを楽しそうに見ている生田)


菊:梅澤と彼はまだ打ち合わせしてるのか?

生:だと思うけど。

菊:……梅澤はどうして彼に依頼したんだ?

生:ん~。梅の一目惚れじゃない?

菊:はぁ?

生:作品に。よ?

菊:あ、あぁ。

生:だって、梅が今野さんに直談判したんでしょ?

菊:らしいな。

生:最後にやりたい事をやれって言われて出した答えは、彼が作った衣装を着る事だった。

菊:……

生:素敵だと思う。自分好みにオーダーメイドしたり、お店で気に入った洋服を選ぶのではなく、作り手を信じて出来上がりを待つなんて……最高にロマンチックじゃない?

菊:物は言いようだな。

生:物事はロマンチックに考えた方が楽しいわよ?

菊:マネージメントにロマンチックはいらないだろ。

生:そう? どんな仕事も、運命の出会いだって思えば頑張れるものよ?

菊:是非参考にさせてもらうよ。



林:じゃあ今から市ヶ谷スタジオのメンバーが合流するまで休憩! 先生から言われた部分は修正しておいてね!


『はい!』

(林の号令で休憩時間になり、各メンバーが水分補給や柔軟体操をしている)


生:あーや! あーやおいで!

彩:はーい♪

(生田に呼ばれ、ニコニコしながら生田の隣に座る小川彩)


生:あぁ、こんな可愛い子が入るならもう少し卒業遅らせればよかった。

彩:えー、ホントですかぁ?

生:当たり前じゃないの! あーやが入ってくるって分かってたら、あと半年延期したのに……

彩:えへへ///

【ガチャ……🚪】

(打ち合わせを終えた梅澤と○○がスタジオに入ってくる)


梅:生田さん。もうお帰りになったと……って何してるんですか。

生:あーやで充電中。

梅:勝手にウチのあーやで充電しないで下さい。

生:それより、打ち合わせはうまくいった?

〇:はい、生田さんのお陰で。

梅:ちょっと、生田さんのお陰って何よ。

〇:そりゃそうだろ。生田さんがいなかったら三代目と打ち合わせできなかったんだから。

梅:一時間以上インタビューに付き合ってあげたでしょ?

〇:はぁ? インタビューじゃなくて仕事の打ち合わせだろ? ていうか『付き合ってあげた』ってなんだ!

生:はいはい、二人が仲良しなのは分かったから。

〇&梅:仲良しじゃありません!

生:ふふ、はいはい。

菊:そろそろ時間だ。下に車を準備してある。

生:もうそんな時間かぁ。あーやともお別れね。

彩:生田さん、また来てくださいね?

生:あぁぁ! 可愛い過ぎる! 連れて帰りたい……

(小川に頬ずりする生田)


梅:だーめーです。

生:けちんぼー。梅に○○君あげるから、私にあーやちょうだいよー。

〇:ちょ、ちょっと?

梅:駄目です! ていうか、いりませんよこんな洋服馬鹿。

〇:洋服馬鹿ってなんだ!

梅:馬鹿って言ったのはそっちが先でしょ!

〇:あれは三代目の本音を聞き出すためにだなぁ——

生:はいはいはいはい、もうアンタ達良いコンビね。面白いわ。

梅:嫌ですよ、こんなのとコンビなんて。

〇:うるせぇ、泣き虫。

梅:なっ!!?///

彩:なきむし?

生:泣き虫?

〇:生田さん、車の準備が出来てるなら帰りましょう。僕も早く戻って大園社長に報告しないといけませんし。

生:それもそうね。これ以上長居したらあーやから離れられなくなりそうだし♪ またね、あーや。

彩:はい!

【バタン……🚪】

梅:アイツめ……余計な事を。

彩:なきむしって、梅澤さんに言ったんですか?

梅:え? い、いやそんなワケないじゃない。泣き虫ってなんだろねー。あははは。


彩:んぇ?

梅:覚えてなさいよ……

―つづく―



【おまけ】

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