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体験小説「チロル会音楽部 ~ ロック青春記」第8話*機材不足の中で

 ロック志向がはっきりしてくると、小型アンプ一台にギターもベースもぶち込んで出している状態への不満は高まってゆく。ギターの迫力あるディストーション・サウンドや、ベースの重低音などへの憧れと渇望感は、日々募っていった。

 ある日のこと、いつものように練習目的で末原君のウチへと向かって自転車を進めていると、遠くから、なにやら耳慣れない音による旋律が聴こえてきた。

 ― なんか初心者のバイオリンみたいだけど、どこから聞こえてくるんだろう? ―

 音の出所にちょっと興味があった。末原君の家はまだ近くないし、方向だって違う。
 ところが・・・、
 奇妙なことに、その音は、僕が移動するとそれに伴い、聞こえてくる方向が変化した。

 ― あれ? さっきは向こうから聞こえてきたのに、今度はこっちから?
  どこで弾いてるんだ? ―

 まるでこちらをからかうかのように、あちらこちらと移動した。

 ― まさか、動き回りながら弾いている? ―

 その不思議な音は、末原君の家が近づくにつれて次第に大きくなってきた。
 さらに近づくと、想像していたより遥かに大音量なのがわかり、たどり着いてみると、その音は他でもない末原君の部屋から出ていた。
 その音量が遠近感を狂わせ、周囲の建物に跳ね返り、方向感覚も惑わされたらしい。
 ファズ・ボックス(音を歪ませるエフェクター)を入手した直後で、いかにも満足げに、そして周囲に対しても誇らしげに弾いていたのだ。
 ベンディング(和製英語でいうチョーキング)や、荒々しいトレモロ・アームの使い方などを知らなかったので、表現もややおとなしく、遠く離れた場所で聞いていると、ヴァイオリンのように聞こえた、というわけだ。

 小さなエフェクターが加わったことを、こうも印象的に覚えているということは、中学生の小遣いでは、小さな機材を購入するだけでも一大事だったという証のようなものである。
 ギターもベースも、片手で軽々持てる小型アンプに繋ぐという状態も長らく続き、それも不満のタネだった。

 そんな具合に、機材不足、資金不足に悩まされていた僕らにとって、当時を語る上では避けて通れない懐かしい店があった。

 通っていた中学校からほど近い場所にあった《出物の勢古市》。
 今で言うリサイクルショップだが、まだそんな洒落た外来語は耳にしたことがなかった。
 雰囲気もあか抜けて、狭くて薄暗くてなんだか小汚い、言っちゃあ悪いけどガラクタ倉庫みたいな感じだったけど、僕らにとっては、その雰囲気自体も魅力の一つだった。
 古びた骨董品やアクセサリー、外国製の古びたゲーム、伝統工芸品、金庫、家電、ロウソクやお香など、雑多な物が所狭しと並んでいて、店の奥の床には、まるで忍者屋敷の隠し部屋みたいな地下室への入り口があった。梯子を伝って降りてゆくと、3畳程度の狭いスペースに、真空管やらむき出しのスピーカーやら雑多な電気部品がゴチャゴチャと置かれていた。
 その分類し切れない曖昧性、何が潜んでいるかわからない混沌とした感じ、時間軸や日常空間から外れた時代性、「舌切り雀」のつづらの中を覗き込むみたいんば、ひょっとするとアラジンの魔法のランプまで見つかりそうな、ちょっと怪しげで摩訶不思議な感じが、なんとも良い味を出していた。
 そんな中に、ギターやアンプ、コンボオルガン、ドラムセットなども混ざっていて、仲間内では常に「勢古市情報」が飛び交い、誘い合ってはしょっちゅう出入りしていた。

 鮫島君のそれまでの音楽仲間の一人に、アンプを自作する男の子がいたが、たぶん部品はその《勢古市》で購入したんだと思う。そんな彼が作った中の1台が、ベースの重低音を出せたので、それを大いに気に入ってしばらく借りて練習していたことがあった。すぐに使う予定はないので、しばらく貸し出しても良いというので、大喜びで借りた。
 ベースの音が良くなって喜んで演奏していたのだが、3日目あたりだったと思う。
 誰かが、叫んだ。
 「わ! 煙が出てる!」
 「え?」
  見ると、出所は、なんと借りたアンプだ。
 「うわぁぁ~~~!」
 鮫島君があわててアンプに飛びつき、電源を切った。
 その動作の素早かったこと!
 当然といえば当然のことだが、やはり、親友との友情を壊すわけにはいかないのだ。
 こうして、しばしのベース・サウンド充実も、水の泡と化す。
 アンプは持ち主の元へと返還され、その状態が心配されたが、発見が早かったせいか、壊滅的な状態ではなく、その後もなんとか使用に耐えたようだ。

 ― 迫力ある良い音を出したい。―

 それは、たっての願いだった。
 音楽雑誌に掲載された写真の中で、憧れのミュージシャンが肩から提げているギターや、ステージに置かれている、マーシャルだのフェンダーなどのアンプを見ては、夢見心地で語り合う毎日だった。
 良い楽器が無いという点では、僕の担当楽器キーボードなどは最たるもので、自宅ではピアノで練習していたが、集まって練習するときは、いつも電動オルガンで代用していた。
 ドラムセットも、基本的なセットさえそろっていなくて、スネアとハイハットのみを、メンバーの誰かが適当に叩いているという具合だった。

 


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