不老可死

生きとし生けるもの、やがで年を取り、亡くなっていくのものです。
ただ、もしもそのいずれからも逃れられる「不老不死」が見つかったら、貴方ならどうしますか?
ぼくだったら、不老はもらうことはあっても、不死はいらないと思います。
死なないということは、ぼくを知らない人だけになってしまうということ。
そんな状態で生きていても、仕方ないように思えてきます。
人は人に覚えてもらってこそ、生きていると言えるのです。
不老がほしいのは、体が元気な状態で死にたいからですね。
年を取ったばっかりに、罹らなくていい病気に罹るのはしょうも無いですからね。
可能なら死に方も自分で選びたいものです。
不死のみなんて、年を取る毎に悲惨になっていきそうですしね。
今は特に、 生きててもあまり楽しくないので、終わりが来るならそれでいいという感じです。
そう、死ななかったところで、これから先どれだけ楽しいことが待っているのかなんて誰にも解りませんからね。 生き続けたところで死んだ方がマシと思えることが待っていたら意味がないのです。
永遠なんてあまりに長すぎて、想像もつかない時間の概念です。
時間に終わりが無いことを想像すると恐ろしい話です。
そう考えると死は欲しい概念になりますね。 終わりがあるから始められる。
その終わりがいつになるかはまだ解りませんが、 そう遠くない未来の話です。
それに抗おうとするからこそ、生は輝くのかもしれませんね。

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