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ADHDと母親への承認欲求 - 私の葛藤と気づき

なぜ、止まれないのか — 多動性と認められたい心

私は自分でも、なぜこんなにも色々なことを諦めずにできるのか、次々と手を出してしまうのかと疑問に思うことがあります。ADHDの診断を受けている私は、注意が散漫になりやすく、物事に対する好奇心が強い一方で、飽きっぽいという特徴があります。

しかし、それと同時に、どうしても何か満たされないような気持ちがあるのも事実です。なぜ僕はこんなにもいろいろなことをしてもがいているのか。そう考えると、母親に認められたいという思いが根底にあるのではないかと気づきました。

母への認められたいという深い願い

小学校、特に中学校・高校時代、私は母親から認められた経験がなく、とても辛い思いをしたという記憶があります。厄介なのは、幼稚園から小学校にかけては自分が認められていたような気がすることです。

中学校頃から、父親の会社が倒産し、家庭が変化しました。母親の精神的な不安定さが始まり、私も学校に行くのが嫌になり、休みがちになりました。朝起きることができず、怒鳴られ、自己肯定感が下がる毎日を送っていました。

本来、自分は認められるはずなのに、一般的な社会に合わせられないことで母親に認められていない、今でもその感覚があります。

20代になり、就職せずに自分のやりたいことをしていると、母親から公務員になれと言われ、不安にさせられました。母親と関わるのがとても嫌でした。

しかし、どうしても母親に認められたいのです。本来は認めてくれていた母だからです。

高校受験、母の言葉との葛藤

一方で、母親の言うことを聞いてはいけないという気持ちもあります。高校受験の際、母親は私のモチベーションを下げるようなことを言いました。「その高校は偏差値が高いから、もっと簡単なところに下げたら?」

なのに、合格発表の日には手のひら返しのように喜びました。私より先に合格発表の数字が書いてある掲示板に行き、合格を確認。「絶対に受かると思った!」と私に言ったのです。この時、母親のことは信じてはいけないと思いました。

母親に対して不満があるということは、期待もあったということです。今でも母親は私の人生が不安定だと否定するような発言をします。心配しているのはわかりますが、挑戦することでしか自分を高められない私にとって、それは悪影響です。

私は圧倒的な成果を残して母親を再び手のひら返しさせ、認められたいという気持ちがあるのかもしれません。

ある日のふとした思い出し

人間の欲望の中で最も欲深く消えないのは、他人から認められたいという欲望だと言います。生まれてきた根拠がないからこそ、根拠が欲しくて人から認めてほしいと考えるのだと。それが私たちの生きる苦しみの原因だと。

私はこの承認欲求は大して強くないと思っていましたが、今までの自分の行動を振り返ると、母親から認められたいという強い気持ちがあることに気づきました。

ふと、気づいたんです。それでメモとして残しておきました。

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