1111③

1111|mazytsu|note ←これまでのエピソードはこちらから

深夜25時の住宅街に、私と共に取り残された友人がどんな顔をしていたか、もう思い出せない。きっと友人も、私も、見たことのない顔をしていただろう。
二人とも、マジか…、やりやがった…、マジか…、あいつ…、え、ほんまに…?、マジか…などあまり会話にならないような単語を並べて、朝を迎えるための場所を探し住宅街を歩き回った。
友人は泣いていたし、今すぐにでも死にそうだった。わたしは煙草の吸いすぎで唾を吐き続けていた。

解散するわけにはいかないし、一人になるのが怖い。人が死んだ直後に一人きりでいるのはあまりにも怖かった。
降りかかったことのあまりの重大さに、背中に怖気と恐怖が這い上がり、大声で叫びだしたい気分だった。苦し紛れに私は、
「酒、酒が飲みたい…酒…コンビニ前に座ったろう…もしも警察がきて怒られたら、先ほど通報したのでポリさまはご存じだと思いますが、友人が死んだからここにいるんだ、電車を待っているんだ、と言って許してもらおう」
そう言って、コンビニを目指すことにした。
無事に酒を買い、サンドイッチを買い、コンビニ前の地面に座り込む。11月、深夜。かなり寒い。コーヒーとビールをかわるがわる飲んだ。
吐き気が止まらないし、唾は吐き続けていたし、頭が割れるように痛い。たばこの吸いすぎで脳内は酸欠だし、そもそもアドレナリンだかドーパミンだかが、ものすごい量で脳内を駆け巡っているのが分かる。
ぜんぜん、眠気が無い。血流が耳の奥でドクドク音を立てている。動悸がする。心臓発作になりそうだ。全身が異常事態を告げていた。

呆然としていたし、今となってはコンビニ前でどんな会話をしたのか、あまり思い出せない。おそらく、思い出、後悔、恨み、懺悔、絶望、懐疑、といったことをお互いに話し続けたと思う。友人は話の節々で涙していて、一方の私は、自分は涙が全く出ないなぁ、等と回らない頭の隅で考えたりもしていた。
数時間はいただろうと思う。深夜の気温がアスファルトの地面から臀部を通して這い上がってきて、身体を芯から冷やしていく。寒すぎて何も考えられなくなっていくのが分かった。朝が来て、でも嘆き続ける友人を家に帰すのは恐ろしくて、でも友人の家に来訪するのは気が引けて、最終的に私たちは漫画喫茶にチェックインをすることにした。
カラオケルームで、寝つけやしないけどとりあえず暗くして横になる。眠れないのであればその時間に、と私から頼んで、その友人には、帰宅後家で寄り添ってくれるべつの友人を見つけてもらうようにした。
無事に付き添いの友人が見つかり、合流するまでの間そのままつらつらと、また同じような話をした。独り言のように語る友人に相槌を打ちながら、これは現実なんだなと噛みしめていた。

朝8時ごろ、漫画喫茶をチェックアウトし、タクシーで友人を家付近まで送る。そのままタクシーで駅に向かい、電車に乗った。電車の揺れで少しは意識を落として眠れるかと思ったが、一睡もできないまま、電車は出町柳駅に滑り込んだ。
帰宅。12時過ぎに大分から到着する宗田の御両親との待ち合わせに備えるため仮眠をしようとするも、それでもまだ眠れない。もう一生、眠れないのかなと考えた。布団に横たわって、目を閉じても眠れない。宗田の不眠症がわたしに移ってしまったようで…、でもその時やっと、真の意味で”眠れないことのしんどさ”が分かったような気がした。私は精神的な疲れが睡眠に出るときは決まって過眠症だったから…。うん、こりゃツレぇ。共感する相手が死んじまったあとで、過去のあの時の宗田に相槌を打った。
と、そんなことをしていると、飼い猫が低く唸るように鳴きながら、部屋の角の天井付近を一心に見つめた。虫がいるわけでもないその空間に何かが見えているように、飼い猫が部屋の天井を注視している。
ああ来ているのかもな、と疑いなく思った。
というのも宗田はむかし、私の家に生霊を飛ばしてきたことがあったのだ―――。

―――その日わたしが深夜、金縛りにうなされて目を覚ますと、枕もとで眠るはずの飼い猫がまさに同じような眼差しで、低く唸りながら部屋の角を凝視していた。恐ろしい気持ちになりながら、動かない身体をそのままに視線だけそちらに目をやると、部屋の角には薄白く光る女が立っていた。叫び声を出したかったが金縛りで身動きが取れない。恐怖で破れそうな心臓。浅い呼吸のなかでその女を凝視すると……それは宗田だった。
なんだそりゃ!!生霊って!六条御息所かよ!!
拍子抜けした私は、生霊に向かって「明日起きたらすぐLINEするから、いまはお家で寝てなさい」と念を飛ばした。すると生霊はすっと姿を消し、私もそのままもう一度眠りについた。

次の日の朝、宗田にLINEし「昨日の深夜3時ごろ、何してた?」と問うた。
「深夜2時くらいにめちゃくちゃ限界が来て、築地さんに電話しようと思ったけど…、真夜中すぎて申し訳ない…、でも電話したい…、とりあえず話を聴いてもらえば落ち着いて眠れるのに深夜すぎる…、こんな時間ではさすがの築地さんに電話するのも申し訳ない…と思いながら導眠剤飲んで、1時間ぐらいベッドの上で朦朧とのたうち回って、たぶん4時くらいに寝ました」と返答があった。
私はそれを聴いて大笑いして、昨晩の宗田の生霊の顛末を本人に語った。
「ほぼ、生霊が出没した時間と一致してるね!ガチやん!」
宗田も大笑いして、
「すげえ!私!ついに生霊を飛ばせるようになったのか!六条御息所みたい!」
とテンションが上がってみるみる元気になっていった。―――

―――そんなことがあったので、いま現在飼い猫が同じ挙動で天井を凝視しているということに対して、ああ来ているんだな、と疑いなく思えた。死者が来ているという恐怖より、これからもう会えなくなる人が、今うちに来てくれていること/私の寝姿を眺めてくれていることに安心感を覚えて、少しだけうとうとすることができた。
1時間後、すぐにアラームが鳴った。
駅に行かなくては。大分から来る宗田の御両親を受け入れしなくてはいけない。睡眠時間約1時間の泥のような体を引きずりながら、御両親が待つ駅へと向かった。

つづく









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?