ひとひら小説「贅沢なさよなら」
怖い夢を見た。
こんなときはどうしてたけか。
天井をながめて、思い出してみる。
昨日、みちるは翔くんを抱っこしながら言った。
「わたし、花ちゃんには家族を作ってほしいな」
怖い夢を見たときは、隣でいびきをかくひとの肩のにおいを嗅いだのだった。起こさないようにそっと顔を横向きにしてやったのだった。
家族ってなにかな。
わたしには家族がいたと思うよ。
ううん、そんなこと、そんな方向のことばかり、思い出すのは失敗。
最後のほうにテープを早送りする。
怖い夢を見ても、隣の人はいなかった。毎晩帰ってこないひとを、怖い夢を見ながら待っていた。
そこを何度もリピート再生する。
女の人にはタイムリミットがあるからね。
最近のちひろとの合言葉だ。
布団をたたんで押入れにつっこんで、カーテンを開ける。
のらがニーと鳴いて目が合った。
「いたの」
戸棚からキャットフードを出し、庭に置いた皿にざらざらと入れる。
のらが顔を上げたから逃げられると思った。
でも、のらは私に挑むような目をしてそこにいる。
おそるおそる手を伸ばすと、するりするりと手のひらに背中をすりつけて触らせてくれた。私の方が撫でられている。
「すごいね、のら」
街を歩けば猫が挨拶に来た不思議なあの人のこと、
大きな手のしたの気持ち良さそうな冬のねこ、
なにをどう選択しても
私はここでひとり、猫をなでることになったんだろう。
何回巻き戻してシミュレーションしなおしても
必ず、あの人とは別々になったんだろう。
ほんとうに?
ほんとうに。
それが身に沁みるまで
何回も何回も朝を迎える。
世界中で行きたいとこへ行き
食べたいものを食べる。
友達とさんざんお酒を飲む。
私のタイムリミットはいつなのか知らない
また家族を作れるかもわからない
ただ、そこにいた家族を見送るのに好きなだけ時間をかける
私の人生は、贅沢なのだ
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