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ひとひら小説「花子の特性」

800字のおはなしです。花子シリーズです(シリーズだったんかい)
更新順=時系列順ではないです。


木田花子はお菓子メーカーの商品開発部に勤める29歳独身である。
花子はさっぱりモテないが、87歳の祖母に言わせれば、それは花子に「陰がない」からなのだそうだ。「花ちゃんはもっとさみしそうな顔をしなきゃ。男の人に僕がいなくちゃ、と思わせるのよ」というのが、祖母の口癖である。

しかし、である。
花子にだって、悲しくてさみしい夜もあるのだ。「ごめんね、蒲田くんに告白された」と佳澄に言われた。二年も前から想いを寄せていた蒲田くん。美しく儚げな佳澄。怒りと屈辱で頭が割れそうだ。佳澄は儚げに見えるけど、私の前だけ人の悪口をえげつないほどいうやつなのだ。(もっとも花子はその佳澄のえげつなさが気に入ってはいたのだが。)

花子は悲壮感の漂う顔で、前々から目をつけていたワインバーに入ったのだった。
ワインを一人、わけあり顏で飲む花子。メニューを見るまえからそんな自分を想像して、涙が出そうになる。花子が頼んだのは、1500円のワインディナーセットである。

どうせ大した店じゃない。そう踏んでいたのに、「メインはこちらからお選びください」と説明する店員が超イケメン。選べるメインはラムもあれば鴨肉もある。そして、ワインは12種類のなかから選べるという。
その上、水茄子のサラダ、前菜にイサキのフリット、なんちゃらチーズ、パンがついて、これで1500円!?
花子はウキウキとしてしまい、思わずおいしい!と叫び、佳澄に教えてやらなくちゃ、と自動的に思ったことに腹が立つ。あぁ、陰はどこへやら。

不幸になるのに、向いてないんだよなぁ

と、ため息をつく。
だって美味しいものは美味しい。
死ぬほどさみしいし悲しい。でも美味しいと思うことはあるし、楽しい出来事もちゃんとあるのだ。花子は単純なのではなくて、さみしさも楽しさも同じほど敏感に感じ取れるのである。

「そして、それは誰にも頼らなくていいという強さではなく、私なりの優しさなのです」
花子は、胸のなかの祖母に反論する。

木田花子のこの魅力に気づく賢い男性を、美味しいものを食べながら、花子は待っていようと思った。

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