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ひとひら小説「七日目の花子」

雑誌の占いに「厳しく辛い時期は終わり、9月後半に素晴らしい出会いが」と書いてあった。

それだけを支えに、それこそ「厳しく辛い」日々を耐えてきたのだ。しかし、何もないまま、あと7日で9月が終わる。

水曜日、なるほどね、この合コンがね、と臨む。
終盤、年齢の話題になり、花子がその会の最年長だということを知ると、男性たちは花子を「花子姐さん」と呼び出した。試合終了。
帰り道、自販機で買った黒ウーロン茶を飲みながら、あと6日だと花子は思った。

木曜日、昨日の男子AからLINEが来る。おすすめのカレー屋を教えてください、という。なるほどね。一緒に行きたいという意味ね。いそいそと返事をする。
今度行ってみます(^.^)。と返信がある。花子は思わず舌打ちをした。

金曜日、仕事が終わらず、深夜の郵便受けを開けると、ハッピーバースデー!と美容院からのハガキが一枚あるだけだった。

土曜日、庭に来たノラの鳴き声で目が覚める。餌をやりながら、私を呼ぶのは猫ばかりかと花子は自嘲する。庭に花でも植えようか、と思うばかりで結局一日中家で過ごす。

日曜日、これではダメだ、と出かける。秋晴れである。飛行機雲を指でなぞって花子は、会いたい、と思った。
それじゃダメだから、元気かい、と花子は独り言を言い直す。本当は水曜日も金曜日も、同じことを思っていた。

月曜日、仕事の帰り、花子はバーに行こうと思う。素晴らしい出会いとやらがあるはずなのだ。
花子は駅のトイレで化粧を直し、一路バーへ。はたして、バーは月曜定休の文字がドアノブにぶら下がるばかりであった。
会いたい、花子は思う。
会いたい、会いたい。
花子は電話をかける。16回のコールが終わり、留守電になる。

火曜日、花子は後輩にお土産をもらう。向こうの縁結びの神様だという。「失礼じゃないですよね?」と後輩が失礼なことを言ったが、聞かないふりをする。
帰宅した花子は米を研ぐ。その研ぎ汁を思いついて浴槽へ注ぐ。そこに湯を足し、風呂に浸かる。

ダメだったなぁ。
と花子は顔を湯につける。

すると、かすかに音が聴こえ、がばと顔を上げ、裸のまま飛び出して携帯を取る。

電話、なに?

別れた人のぶっきらぼうな声がする。

お米の研ぎ汁をね、お風呂に入れたら、肌がツルツルなってさぁ、

とっさに花子は答える。

ふうん。あのさぁ、

と電話の向こうが口ごもる。

……誕生日おめでとう。

ダメだなぁ、と花子は思う。
つやつやの裸のまま、嬉しさをこらえる。

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