福岡 久留米絣を中心にしたサーキュラーファッションの兆候

この記事は日欧産業協力センターに提出した英語版レポートを筆者の独断で日本語訳したものをご紹介しています。メインはこちら

3.2.1 福岡県・八女市 衣食住の地域の生活圏をつなぐ新しい経済圏構築

筑後地方には染めと織を駆使して生み出した日本特有の久留米絣(*)を中心とした伝統工芸があります。ここには、昔ながらの織物、染色工場たちや、消費者と文化を繋ぐ地域文化商社、そして広川町など官民学が連携して文化を世界へ繋ぐサーキュラーリティの地域経済圏を作ろうという動きがあります。

*久留米絣とは
福岡県南部の久留米地方で江戸時代から200年以上織られ続けている綿織物です。絣とは、前もって染め分けた糸をたて糸、よこ糸、あるいはその両方に使って織りあげることで文様を表す技法で織られた織物をさします。織る前の糸を染め分けることで柄や模様を表現します。そして昔ながらの織機で織ります。無地や縞模様、たて絣、よこ絣、たてよこ絣など技法ごとに様々な種類の柄や模様があります。
 

製品を長く使い続けるための地域エコシステムの形成

地域文化商社「うなぎの寝床」[1]は、伝統技術を用いて作られた生活雑貨や衣類のセレクト・販売、オリジナル製品の企画・開発を行なっています。現在は九州を中心に約227社のつくり手、テキスタイル関連の工房や企業約52社と取引を行っています。彼らは地域の文化や歴史を調査し、職人と対話することで商品をストーリーづくり、現代の顧客ニーズに合わせて商品をブランディングして販売します。

地方に集積する繊維の中小企業には世界に誇る技術力を持つ会社が多くあり、そのような企業には職人気質の技術を磨く経営者がいます。ただ、彼らのほとんどはあくまでも技術力にこだわり、マーケティングや営業などに疎く、それをブランドとして確立するという発想に辿り着かないことが課題です。また、本来消費者にむけたブランディングの役割は最終製品をもつメーカーが担い、技術は商品の価値を支える縁の下の力持ち的な役割をもってしまっていることがあります。うなぎの寝床は、技術や職人たちをストーリーにしてブランド戦略に使うことで、技術に光を当て、またそれを適切に分配し、対等な関係を生んでいます。

主力製品である久留米絣を用いた「現代風もんぺ」は、自社ECサイトや大都市圏での販売を伸ばし、2012年創業から10年間で売上は30倍以上となり、10期連続で売上増加を記録するほど多くの人に支持されています。もんぺは戦後に農作業着として広まった衣服ですが、布を節約しながら絣の幅を活かして廃棄が少なく設計されている昔ながらの機能はそのままに新しい技術で柄や色などを工夫して現代に適用させています。有償の修繕のサービスは地域内の久留米と近隣県佐賀の縫製工場で行われています。また、もんぺをフォーマットに播州産地(兵庫)、遠州産地(静岡)、備後節織(広島)、泥染め(鹿児島奄美大島)、南風原花織(沖縄)など各地の伝統的な生地とコラボレーションや消費者自身が自作できる型紙の販売も行い、文化を活用した各地域への展開がされています。

また、福岡県八女市福島地区は城下町で、伝統的建造物群保存地区に指定され、町並みの保存運動が盛んな地域です。町の中の店舗で体験型ツーリズムや手工芸体験ができる宿[2]を運営するなど地域全体でビジネスを構築するエコシステムを形成し、消費者がより製品を長く使うための共感体験のデザインが多く施されています。 

PICTURE 32: Circulars in the cultural sphere that promote consumer awareness change

 新しい経済圏を知財にしたグローバル展開の可能性

絣そのものは、世界中で見られる技法でイカット(ikat)と呼ばれています。7-8世紀頃インドで発祥し、その後、東南アジア、ヨーロッパへと広がります。15-16世紀には、中南米に渡り、いまでもメキシコやグアテマラなどで絣織物が織られています。日本には14-15世紀の江戸後期に沖縄へ伝わり、沖縄独自の絣織物が発達しました。18世紀に本土へ渡り上流階級向けの織物として織られていましたが、19世紀初頭には久留米の綿織物として一般大衆に広まったとされています。

世界中で使用される技法ながら、それぞれの地域で織り出されるテキスタイルは色も柄も用途も異なり、多様性と土着性によって異なるものが生み出されます。今回の事例のように久留米絣の産地の地域経済圏での循環を構成したフォーマットを世界の絣産地に展開することができれば、繊維を中心としたサーキュラーテキスタイルの自律分散の経済圏の広がりになるのではないでしょうか。

 

歴史/土地/文化、そして人と直接繋がりつくられた衣服が人々のウェルビーイングを高める

下川織物は、昭和23年創業の久留米絣の織元です。フランス、イタリアなどから多くの声がかかりパリの展覧会に出展、海外のデザイナーたちが興味を持ち工場を訪れるなどしています。また欧州ハイブランドとのビジネスにもつながっています。日本国内でも地域文化商社をはじめ、久留米絣を愛する個人行商、デザイナーなど、外部の人間を受容する力のある下川社長には多くの人が集まり、久留米絣を広めるコミュニティができています。

 

ウェルビーイングを研究するタルベン=シャハー博士は自身のウェルビーイングを保つためには5つの要素「SPIRE」を包括的に感じている状態を維持するのがよいといいます。これはSpiritual=精神、Physical=身体、Intellectual=知性、Relational=人間関係、Emotional=感情、それぞれの頭文字を表しています。下川さんやうなぎの寝床の周りに集まる人々は、久留米絣という製品を通じて八女の歴史や精神性に触れ、織物工芸の手作業を体験し、久留米絣を愛する地元の人たちと交流することで、久留米絣という服に愛着を感じ大切に使うことにつながり、それが自身のウェルビーイングにもつながります。

 

ファッションは、文化や社会に対して影響力があるからこそ、消費者の自己表現や行動変容への強力なツールになります。イノベーション、創造性、文化、自己表現にまたがるものであり、社会に影響を与えるという点で他の物資ないユニークさをもっています。消費者は体験を通して感じ、学び、そこからの気づきを言語化し人を介して共有する、そして自分でありたい姿を選択し服で表現する。この相互作用が多く起こる衣服には、人がウェルビーイングな状態を保つことができるツールとして大いに可能性があります。

そして、人々が地域伝統産業である繊維に関わることで意識変革がされ、自分たちの幸せを選択する選択肢をもつ人が増えることこそがサーキュラーリティのベースになるのではないかと思っています。


 

 

PICTURE 33:Weaving machine in Shimokawa Orimono (site visit)



[1] https://unagino-nedoko.net/

[2] https://unagino-nedoko.net/accommodation/ 

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