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人生をより良くする「物事の捉え方」

教育とは、「教えるもの」だとか「与えるもの」だとか言われていますが、私は、『この世の現象全てを感じ取るための受け皿を整えるもの』だと、最近は考えています。

「物事の捉え方」を改善する手助けをするというイメージでしょうか。

抽象的過ぎますかね?(笑)

例えば、
今日は雨が降ったとします。あなたは、「たまには雨も降るさ、何か本でも読むかな…。」などと考えたとしましょう。しかし、友人のAさんは「晴れだと思ってたのに。私は何でこんなに不幸なのだろう…。」と思っているようです。

同じ現象でも、このように、人によって捉え方が違うことがあります。

何が言いたいかといいますと、どちらの考え方の方がより良い人生かということです。同じ雨の日でもストレスが少ないのは前者のあなたです。Aさんにとって雨の日はものすごいストレスで、もしかしたら顎にでっかいニキビができるかもしれません。

またまた例えば、今日雨が降ったとして。Bさんは「天気が自分の意志でコントロールできないなんて最悪。天気をコントロールできる装置を発明すれば…。」と考え始めます。

Bさんは一旦ものすごいストレスを感じたものの、それを機動力にして、世界が驚くような発明をするかもしれません。これも、捉え方の一つですね。

まとめると、

雨の日、
あなたは現実を受け入れて他に目を向けストレスを上手く逃がして生きる。
Aさんは生きにくさを抱えたまま生きる。
Bさんはストレスが功を奏して斜め上の方向に目標ができた。

物事の捉え方ひとつで人生がこんなにも変わるのです。

こんなに違うのなら、物事の捉え方をより良いものに改善し、人生を楽しみたい。と、おもいませんか?

では、整えるにはどうしたらいいのでしょう。

物事の捉え方をより良くするには、今目の前に起きている現象を整理して頭に落とし込む為に使う「材料」を、豊富に持っている必要があります。

材料は、皆さんお察しの通り、知識や経験です。学校や習い事で入手したり、家族との生活の中で入手したり、自分の趣味や楽しみの中から入手したり…。

材料が豊かであれば、出来上がる料理の種類も豊富になるように、知識や経験が豊かであればあるほど物事の捉え方も豊かになってきます。
捉え方の選択肢が広がれば、人生を楽しむ余裕が出来てくるのです。

補足すると、知識や経験にお金をかけなければ、選択肢が増やせないという訳でもありません。

なぜなら、知識や経験などの「材料」は、大人が無理矢理押し付けたものではなく、子どもが自ら必要として得てきたものだからこそ輝き、活きるからです。

また、世の中の様々な物事に対しても、「あなたはこう考えるけど、私はこう考えるし、人によってはこう考える人もいるんだよ」と、子どもと話をするのもいいと思います。
こういう話も大切な「材料」になりますよね。

材料収集の機会に、どれだけ子どもが出会えるかが、教育にとってとても大切なことだと分かっていただけたでしょうか。

教育のあり方を掘り下げると、私たち大人の役割が、今までとは違って見えてきませんでしたか?

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