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【#シロクマ文芸部】春の夢のように儚い恋

 春の夢のようにはかない恋をした若葉がいました。
 お相手は隣にいるカタクリという紫色の花弁で彩られた花です。
 お淑やかに首を傾けている姿に彼は魅了されていました。
「あなたの事が好きです。僕と生涯を共にしてくれませんか?」
 若葉は思い切って彼女に告白しました。
 が、カタクリは悲しそうな顔をして首を振りました。
「私、梅雨が来たら消えちゃうの」
 カタクリの花はそう言って、穏やかな風に身を任せていました。
「だから、僕の告白には受け入れられないんですか?」
 若葉はそう言って見上げると、ちょうど目があいました。
 そのあまりの美しさに若葉は思わず顔を背けました。
「だったら、せめて君が消えるまでの間、僕のフィアンセになってよ」
 そうお願いしましたが、カタクリは首を振ります。
「そしたら、あなたと別れるのがもっと嫌になっちゃうから」
 カタクリはそう言ったきり黙ってしまいました。
 若葉はこの春が永遠に続けばいいのにと願いました。
 そしたら、あなたの側にずっといる事ができる――そう言っても、彼女の表情は変わりません。
「たとえ季節が春しか無くなっても、そのうち大雨が振って土がグシャグシャになって住めなくなるかもしれない。
 人間が来て私を踏み潰したり摘んでしまうかもしれない。
 あるいは鳥や動物に食べられてしまうかもしれない……一つの危険を取り除いたからといって、不老不死になれる訳じゃないのよ」
 カタクリはそう若葉に教えましたが、若葉は諦めません。
「僕はあなたの事が好きです。
 土の中にひきこもって、ようやく地上に芽を出した日の事をよく覚えています。
 最初に見たのがあなたでした。
 あなたは優しく僕をこの世界に迎えてくれました。
 その時、ビビッと来たんです。
 僕の運命の人はあなただと……だから、お願いします。
 せめて、ハイとだけ言ってくださいませんか? そしたら、これまで通りの関係でも構いません。
 僕は証が欲しいんです。あなたが私の事が好きだということを」
 若葉の熱意にカタクリは静かに聞いていました。
 しばらく風の穏やかな音色だけが聞こえてきます。
「あなたに負けたわ」
 カタクリはそう言って微笑みました。

 それから若葉とカタクリは束の間の恋を楽しみました。
 今日起きたことを話すだけの日々ですが、若葉にとってはその時間は何よりも幸せで、永遠に続けばいいのにと願っていました。
 ですが、次第に枯れていく彼女を目の当たりにし、逆に自分がドンドン大きくなっていく事を実感してくると、最後の日は近いと思うようになりました。
 やがて、梅雨が来ました。
 彼の隣にはもう彼女の姿はいません。
 彼は雨と共に泣き続けました。
 泣いて、泣いて、泣いて……涙が枯れました。
 そして、もういつまでもクヨクヨしていられないと思い、空を見上げる事にしました。
 いつの間にか、梅雨は過ぎ、夏が来ました。
 ミンミンゼミがやかましく鳴いている中、ヒマワリとなった彼は空を見上げながらかつて恋をしたカタクリに想いを馳せるのでした。

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