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【#シロクマ文芸部】年明けのメリークリスマス

十二月三十一日

 寒い雪の降る夜の事だった。
 人々は新年の準備をしている真っ最中だった。
 街の様子も大晦日のせいか、どこか活気に溢れていた。
 そんな中、一人寂しそうに歩いている少女がいた。
 金髪の長い髪でツギハギのスカートを着ていた。その服の大きなポケットには小さなマッチがいっぱいに入っていた。
 少女は腕を擦りながら、裸足で冷たい道を歩いていた。
 靴はどこかになくしてしまった。それぐらい歩き回ったのだ。
 誰も少女の事を気にしなかった。自分の事で精一杯だったのだ。
 少女は今、絶望に浸っていた。
 マッチが全然売れないからである。
 もし全部売らなければ、父親に怒られてしまう。だから、必死に頑張っているのだが、皆目売れる気がしない。
 もう、家を出てからどのくらい経つのだろう。かなり時間が経過したことは、少女の凍傷しかけている赤い足と、しもやけた手と頬を見てあきらかだった。
(もうすぐ新年か)
 ふと窓を見ると、ガラスの向こうでカップルが楽しそうに食事を楽しんでいた。
(いいなぁ、暖かそうで。私も美味しい物食べたいなぁ)
 そう思っていると、少女のお腹が鳴った。空腹を満たそうにも食べ物を買うお金もないので、少女はそれを見ていることしかできなかった。
 すると視線に気がついたのか、カップルの男性が席を立ちあがってカーテンを閉めた。
 少女のことをいやしそうに見たのは言うまでもない。
 何人かの人々はその様子を見ていたが、誰も少女に食べ物やお金を惠もうとはしなかった。
 自分のことで精一杯だったのだ。
 少女はしばらく窓を眺めた後、また歩き出した。
 しかし、もう何日も歩いているので、お酒を飲んでいないにもかかわらず、千鳥足のようになってしまった。
 少しだけ休もうと、少女は街灯の側に座って寄っかかった。
(私、死ぬのかな)
 少女はふとそう思った。
(ろくな人生じゃなかったなぁ……)
 今までの人生を振り返ってみると、毎日が地獄でしかなかった。
 まだ働けない年齢にも関わらず過酷な肉体労働をさせられ、成果を出せなかった場合は暴行や罵倒をする、まさに理不尽極まりなかった。
 そんな少女を哀れみ、救済する者は誰一人としていなかった。
 自分のことで精一杯だったのだ。
 寒さのせいか、それとも少女の心が嘆いているからだろうか、彼女の身震いが段々と早くなっていった。
 マッチをこすって身体を暖めようとも思ったが、もうその体力すら残っていない。
 少女が人生の幕が閉じようとしていた時、街中に鐘が鳴り響いた。
 年が明けたのだ。

一月一日

 どこからか、歌が聞こえてきた。

――遅めの 遅めの 遅めのサンタさん
――お寝坊サンタがやって来たよ

 このヘンテコな歌と共にシャンシャンと軽やかな音色が近づいてきた。
 少女は今にも散ってしまいそうな力を振り絞って、目を開けた。
 赤い髭のおじさんが少女を見ていた。
 少女はその特徴的な顔にピンと来た。
「……サンタ……さん?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! 如何にも!」
 赤髭サンタは恰幅の良い声で笑った。
 少女は信じられなかった。
 サンタが現実に存在するという事が。
「でも、幻よ」
 少女はそう悲しそうにポツリと呟くと、赤髭サンタは「だったらこれを飲めば夢じゃないって思えるよ」と、どこから取り出したのか、銀の皿とスプーンを少女に渡した。
 黄金色に輝くスープに少女は恐る恐る一口呑んだ。
「美味しい」
 少女は生まれて初めて味のあるスープを堪能した。
 あっという間に飲み干し、朦朧としていた意識が正常に戻っていた。
 赤髭サンタは元気になった少女を見て、嬉しそうに笑った。
「さぁ! 行こう!」
「……どこへ?……って、うわぁ!」
 赤髭サンタは強引に少女の腕を掴むと、宙に浮かぶソリの後部座席に座らされた。
 先頭のトナカイが走り出すと、グングン月へと向かわんばかりに空を昇っていた。
 少女は本当の湯目ではないかと思ったが、顔にあたる冷たい風がリアルである事を教えてくれた。
「あの……サンタさん?」
「なんだい、お嬢さん」
「どうして? 年明けに来たんですか? クリスマスはとっくに終わっていますよ」
「あぁ、それはね……」
 赤髭サンタはクルッと少女の方を向いた。
「年の初めに、悲惨な人生を送っている子供達に"居場所"をプレゼントしてあげているのさ」
 これを聞いた少女は、地上での思い出が一気に蘇り、今まで出した事のないほど大泣きした。
 赤髭サンタは太い腕で少女を寄せて、歌を歌いながら頭を撫でていた。

――遅めの 遅めの 遅めのサンタさん
――お寝坊サンタがやって来たよ

 彼女が行く先は永遠の居場所。
 世界中の恵まれない子供達がつどう場所。
 年明けに赤髭サンタに運ばれた大勢の子供達は、プレゼントを選別したり運搬の補助をしたりする妖精となって一生を過ごす。
 差別も暴力もない幸せな世界で、少女は暮らすのだ。

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