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小さな花

 丸一日休みになってしまった午前0時。ゆっくりと起き上がり、分厚い遮光カーテンと二重窓を開ける。夜だというのに、心地よい風が吹き込む窓辺にほっとする。春だ。たまには頭から噴き出す、まとまらない言葉たちをそのままに綴る。

 春は私の生まれた季節で、一年のうち最も幸福で最も憂鬱だ。そわそわする。年齢は記号でこだわることはくだらないと思いながらも、歳を増すごとにそのくだらない記号は意味を持とうとしてくる。親が私を産んだ年齢や、大好きなヤク中のミュージシャンが死んだ年齢を追い越してゆく。年度が変わり、人々が慌ただしくしているうちに私は歳をとってゆく。特別じゃなくてもいい。そっと生きていられればいい。愛と平和をバカみたいに歌って弱っちくも美しくありたい。この先私はどこまで生きるのだろうか。果てしなく感じると同時に、意外とその結末はすぐに訪れるようにも感じる。生き急いでいる。春が来るたびに少し急ぎ足になる。夏が好きだ。例年、私の街の夏はあまり暑くなかった。昨年はやけに暑すぎた。夏の夜、じっとりとした暑さの隙間に涼しい風が吹く。その風を探している間に、秋が来る。短い夏だった。秋はもっと短い。冬。ああ、今年も。全て薄いグレーに染まった冬。冷たい手。

 季節は巡る。今年の春がもう始まっているなら、夏も、秋も、冬も、全て始まっている。どこか遠くへ行ってみたい。そんな空想は妙に悲しい気持ちになる。半分開けた窓から花の匂いが混じった風が、ヤニ臭い終わった空気の部屋に入り込む。籠。自分で自分に被せた籠だ。花の匂いは私を外に誘い出そうとしている。今も闇夜の中、風に揺れている。幸福だ。ただ風に揺れていた頃は幸福であった。前世は小さな花だった。春の幸福と憂鬱の所以は、その短い命の輝きを想起させるからであろう。ただ本当に、美しく穏やかで、またあの日々を送りたい。ゆらり。
 小さな命でいたいと思いながら、何か大きなことを成し遂げたいとも思う。矛盾に揺れている。そのままの自分ってなんなのさ。きっと底なしに暗いのも変に前向きなのも私なんだけれど。うーん。踊ろう!今はそれでいいよ。踊り疲れた季節には土に戻って咲き直そう。きっとそれは許されている。あ、歯磨きをしなきゃ。歯磨きをしなきゃと思うのは、明日も生きるという希望だ。世界はシンプル。歯を磨くのでまた明日。また明日を何回も。また明日、また明日。

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