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マッチングアプリで出会った詐欺師ヘンリーの話

”Hi Honey, How are you? I’m in a terrible situation.”
(やぁ、ハニー。元気?実は僕、今とんでもない状況にいるんだ)

1年ほど前、マッチングアプリで出会った”自称”フリーランスの病理学医ヘンリーは言った。

「ウクライナ出張中に交通事故にあい、数日間は意識が戻らなかったんだ」

え?

「ようやく意識が戻って、今病院のベットの上でメッセージを書いている」

えええぇぇ?


先に結論を言ってしまうと、ヘンリーは詐欺師です。
いや、証拠があるわけではないので断定はできないのですが、十中八九詐欺師でしょう。

安心してください。一銭も取られていません。むしろ最後はなぜか、私がヘンリーに説教して終わったりました。

今回はそんなマッチングアプリで出会ったちょっと気弱な詐欺師、ヘンリーの話です。

※実話です 笑


ヘンリーとの出会い

昨年の2月頃だっただろうか。妙に恋愛したいモードになった私は友人の勧めで人生で初めてマッチングアプリに手を出した。

そもそも人見知りだし、よく知りもしない人とオンラインで出会うなんて私にはハードルが高すぎる。だから今まで一度もマッチングアプリを利用したことが無かった。

でもなぜかその時はそんなハードルもひょいっと超えてしまうほどに勢いづいていた。

さっそく登録したマッチングアプリはアメリカ発のものだった。そこでマッチしたのが自称フリーランスの病理学医のヘンリーというアメリカ人。ヒューストン在住だという。

プロフの写真はサングラスをしていて、好みのタイプなのかどうかもわからない。なのに気がついたら「いいね」を押していた。「フリーランスの医者」っていうパワーキーワードに目がくらんだんだと思う。

しばらくすると相手も私に「いいね」をした、と通知が来た。そのアプリではお互いが「いいね」をしあうこと=マッチングで、マッチングするとチャットルームがオープンする。チャットルームがオープンすると直接のやり取りが可能になる。

そのチャットルームでお互い簡単な自己紹介を済ませたのち、LINE ID を交換してやり取りを続けることになった。

ヒューストン在住の医者で双子の父

ヘンリーはヒューストン在住のフリーランスの病理学医で双子の父だ。妻に先立たれ、男手1つで14歳の双子のボーイズを育てていると言った。

ボーイス達は普段ボーディングスクール(寄宿舎つきの学校)にいて、長期休暇の時にヒューストンの自宅に戻ってくる。つまり普段は男一人のやもめ暮らしらしい。

妻に先立たれて男手1つで双子を育てる……えらくドラマチックな人生だな。

茶化すように書いたが全くそんな気持ちはなく、むしろ同情していた。その時私は素直にヘンリーを信じていたからだ。

今思うとそんな「お涙頂戴」な状況がすでに十分怪しいが、その頃の私はマッチングアプリで横行するロマンス詐欺の存在も知らない単なる世間知らず。怪しいなんて少しも思わなかった。

LINEでやり取りを始めてすぐに、ヘンリーは病院での仕事中の写真を送ってきた。

グレイズアナトミーのデレク……みたいにカッコ良くはなかったが、写真の中のヘンリーはデレクと同じように手術着を着て、派手な柄のヘアキャップをかぶっていた。

グレイズアナトミーのデレク

また、14歳の双子のボーイズ達と一緒に写った写真も見せてくれた。写真の中の3人は仲の良い親子に見えた。どの写真でも双子のボーイズ達は屈託なく笑っていて、寝顔はあどけなく、早くに母を亡くした悲しみは感じられなかった。

でも写真を見て私は、「明るく振舞っているけれど、母を亡くして心に傷があるんだろうな」と勝手に思ってしまっていた。

ボーイズバンドのメンバーだったヘンリー

ある時、ヘンリーは若い頃の話をし始めた。若い時はアメリカ軍に所属していたらしく、軍服を着てものものしい武器をもった写真を送ってきた。

またある時はボーイズバンドのメンバーだったと語り、蝶ネクタイをして、ギターだったか何か、楽器を演奏している写真も送られてきた。

ボーイズバンド→軍→医者→妻に先立たれたシングルファーザー

なんでもできる多才な人なんだ。私は素直にこう思った。そう、この時点でもまだ私はヘンリーを疑うことはなかったのだ。

日本で会おう

そんなやり取りを数日間続けたのち、ある日ヘンリーは言った。

「3月末に日本に行く予定があるので、その時に東京で会おう」

副業で金(Gold)の売買をしていて、そのビジネスで日本にくるのだと。そこから数日経ったある日、またヘンリーからLINEが入った。

「日本に来る前にウクライナ出張に行くことになった。チャーター便を予約を変更したよ」

そしてそのLINEにはチャーター便の航空会社からきたBooking confirmation(予約確定書)が添付されていた。

見ると、ヘンリーの名前、搭乗する便名、搭乗する空港名、到着する空港名がちゃんと書かれているではないか。ヒューストンから乗り込み、ウクライナ経由で羽田空港着になっていたと記憶している。

そのBooking confirmation(予約確定書)は怪しいところは見当たらなかった。でも考えてみると、頼んでもいないのに個人情報が記載された書面を送ってくる時点で、十分怪しい。

ただそれは今だから言えることであって、当時の私がその怪しさに気がつくのは不可能だった。

考えてみてほしい。「久々に恋愛したい!」そんな純粋な思いから始めたマッチングアプリで最初にマッチした人が詐欺師だなんて、そんなこと想像するわけがない。

自分でいうのもなんだが、私は素直に人を信じる方だし、基本的には性善説で生きている。それに加えて、子どもと写る写真、アメリカ軍時代の写真、ボーイズバンド時代の写真。これでもか、と言うほどまことしやかな物証を目にしている。

そこにきて、航空会社のbooking confirmaiton。それらが巧妙に作り込まれた詐欺の小道具とはとても考えられなかった。

とはいえ、1つだけ解せない点があったのも事実。書面にあった航空会社を検索したがそれらしき会社のホームページにはたどりつかなかったのだ。

出張にチャーター便を利用するってどんな金持ちだよ

そんな下世話な気持ちから私はチャーター便の航空会社をグーグル検索してみたのだ。けれど運航会社のホームページはヒットしなかった。

すっきりはしなかったが、私の検索の仕方が悪いんだな、くらいに軽く考えていて、残念ながら本格的にヘンリーを疑うまでには至らなかった。

ウクライナでの交通事故

そのやり取りのあと、しばらくヘンリーからの連絡は途絶えた。
次に連絡が入ったのが、そう、冒頭に書いたウクライナの病院から送られたメッセージだ。

”Hi Honey, How are you? I’m in a terrible situation.”
(やぁ、ハニー。元気?実は僕、今とんでもない状況にいるんだ)

空港から市内に向かう途中で事故にあい、数日間の意識不明を経て今私にLINEしてきたメッセージ。

さすがの私もこの時、

ん?
なぜその危機的状況で私に連絡してくるんだろう?
マッチングアプリで繋がったアジア人に連絡してる場合か?

といぶかしく思った。ただ、次の瞬間、そのいぶかしさを吹き飛ばすようなことが起こった。なんとヘンリーがビデオ電話をしてきたのだ!

画面に写されたヘンリーは病院服を着て、鼻に管がつながれてベットに横になっていた。ちゃんと生身の人間が動いて会話していた。あればAIではなかったはずだ!

実際にビデオ電話で弱った姿を見せられると信じないわけにはいかず、本気で心配してしまった。

仕事終わりに電車のホームで電話を受けたので、「いまから電車のるので帰宅したらまたこちらからかける」と伝えていったん電話を切ったが、電車の中で私はかなり動揺していた。

マッチングアプリで繋がっただけの人だが、もしこれが本当なら大変なことだ!命が助かって良かった!ボーイズ達は母親を病気で亡くしたあと、父までも事故で失くすところだったではないか!そうならなくて本当に良かった。不幸中の幸いだ!

そんなことを考えつつ、でも一方でどうしても解せないこともあった。

そんなひどい事故だったのに携帯は無事だったんだ……

だってビデオ電話って携帯でしてきているよね?
意識を失くすくらいの大事故なら手荷物も大破したはず。もしくは紛失するのが普通。

この状況下で、なぜ携帯は無事なのよ?

……

……

この時から私の中のヘンリーに対する疑いの念はどんどん強くなっていった。疑い始めたとたん、今まで聞いてきたヘンリーのドラマチックな人生の全てが怪しく思えてきた。

ただ、そこはプロの詐欺師の手口。客観的にみたら100%怪しい状況でも、そう簡単には目が覚めない。その時の私の気持ちを数字で表すと疑う気持ち:信じる気持ち=6:4くらいだったと思う。

妻に先立たれたシングルファーザーなんていかにも同情を誘っている?
でも双子と一緒に写った写真は偽りには見えなかった。

元軍で今はフリーランスの医者?金持ちアピールで女性を引き付ける戦法?
でも軍時代の写真なんて偽造できないよね?

そもそも全部嘘なのか?
いや、でもボーイズバンドの写真とかbooking confirmationまで用意するって手が込み過ぎてない?

疑う気持ちが生じても、それを打ち消すくらいの真実味があった。

どう考えてもおかしい状況だが、完全に疑いきれないほどに相手を信じ込ませていく。そこに至るまでにじっくりと時間をかけ、作り込んだ小道具を使って真実味を演出する。プロによる詐欺のクオリティーの高さを舐めてはいけない。

そんなに簡単に他人を信じるんじゃないよ!

ヘンリーからビデオ電話があった翌日、また彼からLINEが入った。

「Hi メイ、 一刻も早くここを抜け出したい。ここは危ない」

その頃すでにウクライナは戦争を始めていた。異国の、しかも戦火の病院にいるのだ、そう考えるのも当たり前だ。

体中が痛い。早くヒューストンに帰りたい。もう僕はダメだ……」

ヘンリーはだいぶ弱っている様子だった。

この時すでに私の中では6:4で疑いの念が勝っていた。どう考えても怪しいのだが、「もしこれが全て本当だったら」と思うと弱っているヘンリーを適当にあしらうことはできずにいた。

ところが、ついに4割残っていた私の信じる気持ちが全て消え去る瞬間が訪れた。

「予定通り日本に行けなくなってしまった。僕が日本で受け取ろうと思っていた金(Gold)が届く予定だから、かわり受け取ってくれないか」

……

……

ボケボケした私でもそんな怪しい荷物を私が代理でうけとることの危険は察知できた。昔貿易の仕事をしていたこともあって、金を輸入するなら関税が発生するだろうことは容易に想像がつく。

関税の支払いをどうするつもり?
代わりに払えってかい?

わずかに残っていた彼を信じる気持ちはほぼゼロになった。ただ、騙されたわけではないのでヒステリックに怒る気にもなれず、私はごくごく丁寧に、そして冷静に断ることにした。

「ごめん、あなたのビジネスを手伝うほど私はあなたのことを知らない。だからそれはできない」

するとヘンリーは「そうだよね。ごめんね変なことを頼んで」とあっさりと引き下がったのだ。

内心逆ギレでもされたらどうしようと思っていたが、あっさり引き下がられて拍子抜けし、いったんゼロになりかけた信じる気持ちが2%くらい回復した。

ただ、次にヘンリーが伝えてきた内容がとどめを刺すことになった。

「ウクライナを出てアメリカに戻るためにチャーター便を再予約しないといけない。そのためにお金が必要だが、事故で手持ちのお金を失った。ここはWIFIが弱いからオンラインバンキングにログインできない。メイ、僕の代わりに僕のオンライン口座にログインしてくれないか」

……

……

あぁ、ヘンリーよ。
そうだよね、やっぱりそうだよね、ヘンリー。
あんた詐欺師だったよ。
完全に黒だよ。今、確信した。
わかっていたんだよ、途中から。

2%でも残っていた信じる気持ちは跡形もなく消え去り、虚しさだけが残った。

同時に、詐欺師とわかった以上この会話をどう着地させようかとも考えた。考えた結果、「あんた詐欺師でしょ!」とヒステリックにまくしたてるのはなんとなく負けたきがするので、最後まで騙されたふりをして、超ど正論をかましてやることにした。

「ヘンリー、まず最初にそのような人生の窮地に陥った時になぜ私のようにマッチングアプリで出会っただけの相手を頼るのか。ヒューストンに頼れる友人や親戚、同僚がいるでしょう?もし頼れる相手がいないとしたら、あなたの今までの生き方は間違っている。

次に、あかの他人をそんなに簡単に信じてはいけない。もし私が悪人で、あなたの口座を不正に利用したらどうするつもりだ。今後は他人を簡単に信じてはいけないよ。

最後に、辛いとか、痛いとか弱音ばっかりはいているが、あなたがしっかりしなければ双子はどうなるんだ。母を亡くし、父までいなくなった時の双子のボーイズの悲しみを考えてみなさい。ボーイズにはあなたが必要でしょう。せっかく命が助かったんだから、弱音ばっかりはいてないで、知恵とコネをフル活用してさっさとそこを脱出してヒューストンに戻りなさい。あなたは双子を育てる責任があるでしょう?」

気がついたらかなり本気の説教を詐欺師に相手に行ってしまっていた。

……

「OK, Thank you メイ」

ヘンリーはそうLINEしてきた。そしてこれが彼からの最後のLINEになった。

……

勝った。詐欺師に勝った……!

いや全然勝ってない。むしろ途中まで完全に騙されてたしどちらかと言ったら負けだ。でも私の中では最後にThank youと言わせ、詐欺師の戦意を喪失させたので勝ちだ!

なんかしらないけど詐欺師に勝った気分だし、ヘンリーは妙に気弱で憎めないところもあって、人生で始めて詐欺師に騙されそうになった経験だけど、後味は悪くなかった。

後日談

後日、オーストリア在住の親友のバーバラにこの話をしたところ、バーバラの友人も同じ手口の詐欺師にマッチングアプリで遭遇したことがあると言い出しました。

ただし、

ウクライナ→アフガニスタン
医者→弁護士

のように微妙に設定が違っています。
共通なのは、

  • 地位のある職業+お金があるそぶり

  • 妻に先立たれたシングルファーザー

  • 出張先で事故にあう

つまり、このフレームは世界中で使いまわされてる詐欺のテンプレートなのです。

調べるとこのテンプレートを使用した詐欺ストーリーは他にもたくさんでてきます。そこから察するに、数あるテンプレートの中でも売れてるテンプレートなのでしょう。

ちなみに私はというと、その後もしばらくアプリを続けてみましたが、マッチングする人は殆どが詐欺師でした。

おかげでプロフをみたり、一言二言メッセージをやり取りするだけで詐欺師をかぎ分けられるようになった私。詐欺師を見抜く眼が養われてしまいました。

詐欺師とわかったら、すぐに指摘せずにまずは適当に会話を続けて泳がせます。すぐに指摘するとアカウントを閉じて逃げられるからです。

泳がせたあと、よきタイミングでアプリの管理者に通報し、通報が完了した時点で「お前詐欺師だろ。最初からわかってたよ、ばーか」といってアカウントをブロック。

と、このようにまるで詐欺師はバスターズのようなことを何度か繰り返し、きりがないのでアプリはやめました。

皆さん、詐欺には気をつけましょう。(お前が言うな)


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