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季節外れの卒業

だいぶご無沙汰の記事更新。
初めての休職からこのnoteを初めて3年余り。ついに、新しい職場への就職が決まり、昨日、就労移行支援を卒業しました!

就労移行や転職のことについては、別記事で書くとして。

noteを書こうと思って少し書いては先が続かない日々が続いたけれど、今日は勢いで更新してしまおう、と思う。

色々と余裕がなかった、と言ってしまえば分かりやすいのだけど、実際はもっと複雑で、下記の志賀さんのように、今は、文章にすること、それを公開することが「怖い」時期なんだと自認している。(自分の言動で友人を傷つけてしまった後悔を、ずっと引きずっているのとも、無縁ではないと思う。)

“文章を書くことは途方もなく怖いことだと思っている。人の声が溢れるばかりにネットを飛び交い、何をせずともその声が目に、頭に飛び込んでくるこの現代で、一人の発する声、あるいは文章なんてその大多数のうちの一つに過ぎない、矮小で取るに足らないものに思える。どうしたって、書く手はすくむ。こんなことをやって何になるんだと。お前の書く文章に価値なんてないんだと、常に何かに囁かれ続けているような気さえする。”

誰に見せるでもない紙の日記すら開くのが億劫で続かないし(それは元々そうだけど)とにかく『自己分析』や『自己受容』が1番必要な時に、それが十分にできなかった感覚がある。

履歴書や職務経歴書という形で、企業相手に必要なだけの自己分析や自己PRはやったのだから十分、という考え方もあると思う。

単に、自分が完璧主義すぎるのだろう。友人にいつも120%だ、と指摘されたことがある人間だから。支援スタッフから頂いた色紙にも「積極的」「時々はブレーキを掛け」「休みながら」という文字が踊る。

それにしても、これでも以前と比べると、やる気や元気や意欲と呼ばれるものが、とにかく減ってしまった感覚がある。精神疾患って、一度なると元の状態には、もう戻れないのか…。それとも、今また繰り返しているのか。

自己開示すると他人の為になると思える(思い込む?)と途端に一気にアクセルが踏めるのに。前はもっと自分の思いのままに思考して、書けていたのに。いや、不用意に人を傷つけるよりマシ、かな。

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