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【小説】熱のたからばこ(5/5)|最終話

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▼全5話をまとめたマガジンです。(完結)


 ちっとも眠れる気がしない。さっきから何度も寝返りを打っているが、身体の疼きが収まりそうにない。いつもならベッドの上で、スコくんと互いを慰めあっている時間だ。スコくんの声が恋しい、だけど今日は話すことができない。
 今夜のホテルでは、ツインの部屋を一つしか取れなかった。どうやらホテル側の手違いだったらしい。受付のおばさんからはしきりに謝られたものの代わりの部屋もなく、私たちは仕方なくベッドを並べて眠ることにしたのだ。

 無意識に下半身に手を伸ばしてしまい、こんなところでも欲情してしまう自分に呆れ果てる。しかし今夜は同じ部屋に、さらには隣のベッドに人がいて、その上男なのだ。とてもやましい行為など、できるわけがない。
 いや、そうか、男なのか。隣りあうベッドに男女が二人、考えてみればこれ以上の機会などない。振り返って濱谷さんの方を見るが、彼もこちらに背中を向けているので寝ているのかどうかすらわからない。こうなったらもう、なるようになってしまえ。

 彼の布団を引き剥がし、彼の上に馬乗りになる。濱谷さんはうあ、と掠れた声を上げ、驚いた表情で私を見上げた。
「なに、してるんですか」
「何って、見ての通りです。だってこの状況、おかしいですよね。絶対こうなる流れでしょ、濱谷さんも、そう思いませんか」
 濱谷さんの下腹部を乱暴に撫でつけると、濱谷さんの身体が大きな魚みたいにびくりと跳ねた。
「やめて、やめてください、お願いだから」
「やめてとか言わないでください。私ももう引っ込みがつかないんです。いいじゃないですか、今日ぐらい」
「ちがう、違うんです。手、止めてください、ほんとに」
「何が違うの」
「……ホモなんですよ、僕っ」
 ぴたりと手を止めると、濱谷さんは安心しきったように深く息をついた。あんなに擦り上げたのに、彼の下腹部はろくに反応していなかった。
「ホモって何? 本気で言ってるんですか?」
「本気です。本気の本当です」
 僕は男でしか勃たないんです。思春期の頃からずっと女の子が好きだと思ってたのに、思いたかったのに、どうしても興奮しなくて。水泳の授業の更衣室で、友達の着替えを見て初めて、気づいてしまったんです。
 だめなんです。一度覚えてしまったら、落ちてしまったら、二度と這い上がれない。呪いみたいなものです。だから、女の人と同じ部屋という状況に油断していたのは僕です。そんなつもり、ほんとになかったんです。
 この間、大阪のホテル街ですれ違いましたよね、僕たち。僕は葉月さんだってすぐにわかりましたよ。僕はああやって、たまに地元のやつとセックスしに行くんです。そうやって生きるしかないんです。でも、葉月さんだってそうなんですよね。あそこにいたってことは、そうしないと生きていけない自分がいるからでしょう。同じなんです、僕も。
 濱谷さんは目をぐっと固く閉じたまま、畳みかけるように話し続けた。私が割り入る隙を与えないように、そしてこれ以上付け入られないように。

 しかし、私は引き下がらなかった。
「じゃあ、なんで一花の子供ができたの」
 仰向けの濱谷さんを見下ろしたまま、吐き出すように言う。平坦な下腹部を見て、彼の言うことはおそらく本当なのだろうと思う。けれど、彼女に子供がいたということは、彼は彼女とできたということになるじゃないか。さっき言っていたことと、矛盾している。
 私に組み敷かれた濱谷さんは、力なく笑った。
「あの子だけは、特別なんです。男として、女としてなんて括りじゃなくて、人として好きだった。だからあの子とはセックスがしたかったし、できたんです」
 頭にかっと血が上った。目の前で彼女のことを語るこの男が、無性に憎くなった。言葉は勝手に口をついて出てきて、抑えることができなかった。
「特別ってなんですか。じゃああなたは誰とセックスしたんですか。セックスした時点で一花のこと、性的な対象として見てたんじゃないんですか。セックスしたら男と女なんです。逃げられないんです。綺麗事みたいに言わないでください」

 なぜ自分がこんなにもいきどおっているのか、自分でもわからない。ただ人として好き、という表現にどうしても納得がいかなかった。性別を越えた括りで考えているくせに男女の行為をするだなんて、そんなに虫のいい話はない。だからといって私が怒る理由もないはずなのに、私はどうしようもなく腹が立っていた。
 濱谷さんはきれいごと、と壊れたロボットの最後の台詞のようにつぶやき、眉をひそめた。彼は彼なりに考えて、性別の括りに縛られない関係、という結論に至ったのかもしれないが、事態はもっと単純だと思う。人として好きであることと、彼女を女として見ることは全く別の話だ。現に彼女は、この男に女として妊娠させられていたのに。
 ああそうか、私は彼女を、私がかつて女として見ていた彼女を、素直に女として見てもらえていないことが悔しかったのかもしれない。女として生きることを選んだ彼女を、この人に認めてもらわずに誰が認めるんだ。

 そのとき、眉間に皺を寄せたままの濱谷さんが、下からそっと私の胸に手を伸ばしてきた。胸の先が微かに、何かに触れた感覚を持つ。あまりにも突然で、しかも触れるか触れないかの距離で手を止める。私は左手で馬乗りになった自分の身体を支えながら、右手で濱谷さんの左手首をそっと掴む。そして、その手を自分の右胸に深く深く、埋め込ませた。
 彼の手は私に誘導されたからか、何かに安心したかのように私の胸を服の上から揉みはじめる。二人とも黙って、視線を私の右胸に絡ませていた。そのうち止まっていた右手も、思い出したかのように私の左胸をゆっくりと揉みだした。機械的なその手つきは激しくなることも緩むこともなく、単調に続いていた。
 猫みたいだ、と思う。猫が喉を鳴らしながら寝床を繰り返し揉むときは、母親の乳を搾り出す行動を思い出しているらしい。濱谷さんの手の動きも性的なものではなく、それでいて本能的な動きに感じられた。あんなに激しかった私の中の疼きは、いつの間にか消え去っていた。母性のような慈愛に満ちた感覚を、束の間自分の中に感じた。

 最初から決まっていたかのようなタイミングで、濱谷さんは唇を開いた。
「やっぱり、だめなんです。一花は特別なんです。言ってなかったのは、申し訳なかったですけど。でも、ほんとにだめなんです」
 だめなんです、と小声で濱谷さんは繰り返した。そんなに自分に絶望した顔をしなくてもいいのに、と思う。そんなことより、彼女を特別視するのをやめてほしかった。彼女を、普通の女の子として見てやってほしかった。けれど今のこの人にはもう、無理なのかもしれない。

「私たちが別れた理由、知ってるんでしょう」
 乳房は再び、重力に任せてふわりと垂れ下がった。濱谷さんが手を離したのだ。
「セックスができないからです」
 口にした途端、閉じ込めていた記憶がとめどなく溢れてきた。二人暮らしの暗い部屋、裸の女たち、折り重なっても交われない苦しみ、枕の上で絡まる長い髪。あたし、自分の子供が欲しいの。彼女はそう言った。あたし、女の人が好きだけど、ちゃんと受精して、妊娠して、子供を産みたいの。おかしいよね。だから、でもね、はーちゃんとは離れたくないの。だからね、せめていちばんの友達に、なってほしいの。あのとき私を下から見上げていた彼女が、濱谷さんに重なる。
 どうしてそんなに都合よく許されると思ったのだろう。しかし私は結局、時間を置いてから彼女の言葉通り彼女と友人関係に戻った。それがいけなかったのだろうか。大阪の彼の言葉を思い出す。いやだ、ちゃんと一花とは恋人でいたいと言ったら、あるいは潔く見切りをつけて別れていたら、何か変わっていたのだろうか。
 昼間、濱谷さんに言われたことを思い出す。勝つとか負けるとかじゃないけれど、子供を作ることができる点において、私は彼に勝てない。そしてその事実だけが、彼が自分を保つためのお守りとなっているのだろう。濱谷さんの言う通り、男とか女とか、そういう次元の話ですらないのかもしれない。

 真っ暗だった窓の外がじんわりと明るみを帯びてきて初めて、この部屋から琵琶湖を一望できることに気がつく。薄暗い闇の中で、ぬらりとした波の動きが見てとれる。私たちは何も言わずに窓を開け、並んで湖を眺めた。濱谷さんの手には、いつの間にか電子煙草が握られている。
「あれ、吸うんですか」
「最近はやめてたんですけどね。久しぶりに無性に吸いたくなりました」
「なんか、すみません」
「なんで謝るんですか。僕も悪かったです」
 カコ、と濱谷さんが煙草を噛むと、しだいに甘い匂いが漂いはじめる。煙を吸ってせないように、私は窓から身を乗り出して外の空気をたっぷり吸い込んだ。生きた水の、生ぬるく湿った匂いがする。

「こっち、西側なんですね。琵琶湖から朝日を拝めたら、ちょっとロマンチックだったのに」
「それなら向こう岸に行かなきゃいけませんよ。代わりにここからは夕日が見えるでしょう」
「じゃあ、今度は夕日が見える時間に来ましょうね」
 冗談めかして言ってみると、濱谷さんは眉間に皺を寄せながら煙草を咥えて黙っていた。その一瞬で煙を吸ってしまい、私は軽く咳き込む。何してんですか、と濱谷さんは遠くを見つめながら口角だけを上げた。あなたが吸うからでしょ、と脇腹をつついてやる。

「僕、思うんですけど」
 湖の上を、鳥の群れが渡っていく。濱谷さんはふーっと煙を吐ききった。
「あの子が結婚したことも病気のことも言わなかったのって、許されたくなかったんじゃないですか。葉月さんに」
「許されたく、なかった」
 うわ言のように繰り返す。そうか、私は許しちゃ、いけなかったのか。

 こんなに何もかも許してくれるの、葉月しかいない。葉月ちゃんだけだ。はーちゃんしか、だめなんだよ。
 この台詞をいったい何人から、何度聞いたことだろう。だって私が許せば、相手は少しでも長く私のもとにいてくれる。私に深く、熱を捧げてくれる。何もしなくてもただ笑っているだけで愛される彼女とは違って、私はそうでもしないと一瞬でものめり込んでもらえなかった。それでもみんな去っていく。私が有限であることに、唯一無二ではないことに、遅かれ早かれ気づいてしまう。見抜かれてしまう。だから、最初から諦めるようになった。どんなに心を燃やしたところで私はこの人の特別になれないし、私の特別もきっとこの人ではない。それなのに諦めれば諦めるほど今度は何もかもがどうでもよくなって、結局なんでも許してしまうのだ。

「……ばかなんじゃないの」
 別に私、一花のこと、大して好きじゃなかった。というか、今となっては好きだったかどうかがわからない。彼女のことを毎晩考えて、食事も喉を通らなくなったことが私にも確かにあった。彼女を真っすぐに、愛していると惜しげもなく言えた頃もあった。それでも、過ぎてしまえばあの熱は全部幻のように空気に溶けてなくなって、今ではもう、思い出せなくなった。かつて燃えていたはずの熱の温度をなかったことにできてしまうくらいには、全部忘れてしまう。いつだってそうだ。私は死ぬまで燃やし続けることのできる熱を、知らないのだ。

 いや違う、忘れてなんかいない。思い出そうとしていないだけだ。現に彼女に別れを告げられたときの胸の痛みを、私はありありと思い出せたじゃないか。きっと私も心の奥深くに、しまい込んでいるだけなのだ。そう思った瞬間、糸が解けるように甘やかな気持ちで満たされた。そうか、私、ちゃんと一花のことが好きだったんだ。忘れても大丈夫だよ。一花はそう言ったけれど、私だってここに、一花のことをしまい込んでいたのだ。今更ばかみたいだ、ばかなのは私だ。情けない笑いがこぼれた。

 一花が私に置いていった呪い。それは彼女を許さないことだった。愛や好意は簡単に冷めてしまうことはあれど、恨みや怒りを冷ますのは大変なことだ。彼女は特別強い負の感情でも構わないから、それでもいいから、私に死ぬまで心に留めておいてほしかったのかもしれない。
 私だって一花に、結婚おめでとうの一言が言いたかった。身体が悪かったのなら、一度くらい見舞いに行かせてほしかった。私のもとを、離れてほしくなかった。呪いは着実に、私の身体に絡みついてくる。しかし今はどうしても、いやな呪いだとは思えなかった。

「悔しいですよ、僕は。結局あの子の特別にはなれなかったんだから」
「何言ってるんですか。一花が結婚しようと思ったような相手のくせに」
「じゃああなた、あの子と結婚したかったんですか。違うでしょう」
「それは……まあ、はい」
「僕だって、結婚しなくたっていいから、死ぬその瞬間まであの子に想われてみたかったなあ」
 最後の独り言のような言葉は、煙草の煙とともに空へのぼっていった。果たして届いているのだろうか。

「僕、葉月さんと会ってみるまでは、ずっとあなたのことを恨んでいました。あの子にあれだけ想われておきながらまんまと僕に盗られて、どんだけ余裕なんだよって、呆れてました。だから最後にあの子の代わりに仕返ししたくて、あの夜電話したんです」
 たっぷり息をついて、でも、と濱谷さんは続けた。
「今になってようやくわかりました。僕のこの気持ちも見越した上で、あの子は死んでも言うなと釘を刺したんでしょうね」
「つまり一花は、自分の死を濱谷さんに伝えてもらうつもりだった、ってことですか?」
「そういうこと、ですね。まあ、真意なんて今となってはもうわからないのですが」
 一花は欲張りな人だ。私だけでなく、濱谷さんにも深い呪いを遺していった。最期まで愛されないと気が済まない、どうしようもない女だ。昨日見えた天使の梯子は、今日は現れない。

「でも、あのときは本当に驚きました。まさか葉月さんが、会いに来ようとするとは思っていなかったので」
 濱谷さんは、彼女の報せを私にした夜のことを言っているのだろう。私はあのとき確かに、会いに行かねばならないと思った。具体的になぜかと聞かれると、理由はないような気もするし、逆にたくさんあるような気もする。封印していたものを解くのは今しかないと、心のどこかで使命感を抱いたのかもしれない。
 そして実際、解けた。私の中でがんじがらめになっていた紐は、濱谷さんと出会ったことや彼女のいた場所を辿ることで少しずつ解けていった。
 今はちゃんと、思い出せる。好きで好きでたまらなくて何日もろくに眠れなかった日々、酔っ払って人目も気にせず腕を絡みつかせながら帰った夜、同じ布団に包まりいびきをかいた冬の朝。私が心の中にしまい込んでいたものも、ちゃんと宝箱の形をしていた。

「ひょっとしたら一花、私の行動まで読んでたのかもしれませんね」
「だとしたら恐ろしい女ですよ。僕ら、一生あの子に敵いませんね」
「……でも私、まだ認めてませんから」
 鳥たちがめいめいに声を発しながら、真っすぐに湖へと向かっていく。朝の始まる音だ。
「濱谷さんのこと、まだ一花の夫として認めてませんから」
 私が言うと、濱谷さんは羽ばたく鳥たちに目をやりながら、ふんわりと笑った。
「いいですよ。そのうち認めてくれてもいいし、死ぬまで許してくれなくても、構いません」

 まるで運命共同体ですよね、僕ら。煙とともに言葉が吐かれる。煙から顔を背け、ライバルの間違いでしょ、と返す。朝日が水面に反射して、小魚が跳ねるように絶えずぴかぴかと瞬いた。湖のずっとずっと向こうの空に、私たちの彼女はいる。


「もうこれっきり、電話するのは終わりにしたいの」
 私が言うと、電話越しのスコくんはしばらくじっと黙りこくっていた。こんなことを私から男の人に告げるのは初めてだったから、彼の反応がどう返ってくるのか皆目見当がつかない。いきなり怒鳴られたり詰められたりしても仕方がないと覚悟はしているつもりだったのに、不安でいやな汗が脇の下を伝った。

 じっくり間を置いてから、スコくんがすっと息を吸う音が聞こえた。きっと現実世界で向き合って話をしていたら、こんなにはっきりと聞こえる音ではないだろうと思った。私は彼の顔が見えない分、誰よりも多くの彼の音を聞いてきたのかもしれない。
「そのうち、言われるんじゃないかと思ってたよ。思ってたよりもタイミングが早くてびっくりしたけど」
「なんで? 私が言うの、わかってたの?」
「ん、まあ、なんとなくね」
 いつもよりテンションの低いスコくんの声は、色っぽくて落ち着く。ああ、この人が恋人だったら私はどうなっていただろうと、そのとき初めて想像してみたくなった。
「いいよ。おれも彼女いるし、この機会にハナちゃんの役割を彼女にも任せられるように頑張ろうかな」
「……ほんとに、いいの?」
 思わず聞いてしまった。自分から言ったくせに、こっちが未練がましくてどうするんだ。確かにスコくんには長い間いろんな意味でお世話になったし、情が全くないわけではない、むしろすごくある。だからといって別れを告げた側が潔く背中を向けなければ、それこそスコくんが何もできなくなってしまうじゃないか。

 スコくんが突然笑いだした。いつもみたいにへへっへへっという笑い方ではなく、ふふふふ、へへへ、という控えめで波のある笑い方だった。
「だめだよハナちゃん。お別れのときは、別れを告げる側は最後まで悪者でいなきゃいけないの。相手に未練をちょっとでも感じさせたら罪なんだよ。大罪。懲役30年」
「そ、それは重すぎる……。ごめんなさい、今のは忘れて」
「うん、忘れた」
 そうだ、私は最後まで悪者でいなければ。スコくんには私のことを、自分を振ったろくでもない女だと最後に植えつけてやらなくちゃいけない。それが別れてもらう側ができる、相手に対する最後のお礼だ。相手に呪いを残したまま去ってしまってはいけないのだ。

「それじゃあ、今日はこのまま切る? さようなら、する?」
「それはやだ。最後にスコくんの声、聞かせて」
「なんじゃそりゃ。……一応確認しとくけど、それは未練なの?」
 スコくんは、全部わかって言っている。それがよくわかった。そしてそれが、私への最大級の優しさだということも。
「未練じゃありません。ただの下心です」
「それならよろしい」

 いつもと変わらない行為だった。いつも通り楽しくて、いつも通り気持ちがよかった。そしてスコくんも、努めていつも通りの空気感を心がけてくれているようだった。
 ふはあ、ととびきり大きな息をついて、最後にスコくんが言った。
「ハナちゃん、変わったね。自分では気づいてないかもしれないけど、すごく変わったって思うよ。ちゃんと自分でやりたいことが言えて、自分で立てるようになったハナちゃんなら、大丈夫だよ。きっと」

 通話を切ったら、一筋だけ涙が流れた。それが寂しさからなのか不安からなのか、それとも単なる生理的なものなのか、私にはまだわからない。その全てのような気もした。シーツは私によってつけられた皺で波打っていて、窓から差し込む夜の光が部屋を青く染めている。無性に夜の空気が吸いたくなって、私は窓を開けた。夏のはじまりの匂いがした。


[完]


あとがきのようなもの

ご自身のためにお金を使っていただきたいところですが、私なんかにコーヒー1杯分の心をいただけるのなら。あ、クリームソーダも可です。