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宛先不明のチョコクッキー

大人っぽい人がタイプなんだよね、と彼は事あるごとに話していた。
当時の私は背が高かった。背の順は後ろから数えた方が早かったし、男の子も含めて、大抵の人は私より小さいものだという認識でいた。周りより大人びて見られるのが普通で、それを意識してかそれ以上に背伸びしてみたくなるのが、当時の私だった。(まさか小学6年当時の155cmを22になっても引きずることになるとは思ってもみなかったけれど、これはまた別の話)

きっかけはいたって単純で、6月の席替えで隣同士になっただけのことだった。おちゃらけた野球部の彼と私は授業中にふざけあうぐらい仲良くなり、たまに先生に叱られた。叱られるとき、二人一緒に名前を呼ばれることがちょっとくすぐったく感じるようになったのは、いつからだったのだろう。

男の子なんてちょっと親切にして、ちょっと一緒にふざけることができればすぐに好きになってくれる。小学生じゃ付き合うなんて概念がないから、私はそのとき気になる男の子を攻略することを日々の楽しみにしていた。
……と言えば聞こえが悪いけれど、つまり好きな子とお近づきになるために学校に通っていたあたりはピュアな小学生だったわけだ。

たぶん、彼は私のことが好きだったと思う。私が好きにさせたのか自然とそうなったのかまではわからないけれど、ほとんど確信していた。クラスメイトに明かすまでもなくいつも揶揄われていたし、1ヶ月の隣の席期間が終わってからも、何かあるたびにお互いを意識していることには気づいていた。1日1回話せたらラッキー。話せた日には必ず、自分用の日記に会話の内容を事細かに記しては一人でにやついていた。


──この恋は、今までと違う。クラス替えのたびに私の好きな子は変わっていたけれど、彼は何かが違った。私は思春期に差しかかってようやく、恋、という感情に重みを感じるようになったのだ。

2度目に彼の隣の席になったのは2月のこと。この上ない幸運が巡ってきた、と思った。なにしろバレンタインの時期に彼の隣にいられるのだ。これ以上のチャンスを与えられようものなら、試しに与えてみてほしい。

バレンタイン前日、学校から帰ってすぐにお菓子作りに取りかかる。今年は特に本気だ。義理のふりでもいいから、彼にチョコを渡すのだ。とにかく渡そう、渡せば何かが変わるかもしれない。あれやこれやと妄想を膨らませながら夜なべして作ったのは、チョコクッキーだった。


浮かれていた。浮かれすぎたせいか、いや、単純に度胸が足りなかったせいで、私は肝心の行動に移せなかった。
結論から言うと、私は結局、バレンタイン当日にチョコを渡せずに終わる。

放課後の教室の空気は浮き立っていた。そのほとんどが友チョコを交換しあう女の子たちのものだったけれど、中には小学校卒業を目前に勇気を出す子もいた。その後、クラスには2組のカップルが成立することになる。
一方私は、チョコクッキーをたくさん詰め込んだ袋を手にして彼の隣にいながらも、何気ないふりをして渡すことすらできなかった。

幼稚園のとき好きだった子には、毎日名前を叫びながら追い回すくらい猛アタックしていたのに。バレンタインも手紙つきのチョコを直接手渡せたのに。なのに、どうして。こんなにも近くにいながらその手を伸ばせなかった自分が、情けなくてしょうがなかった。

思春期に差しかかる時期の複雑な感情の揺れに、心が追いつかない。怖かったのだ。チョコを手渡して、何かの拍子に気持ちがばれて、それまでの楽しい関係が終わってしまうことが。よくあることだ、けれど、これ以上悪くならない方向を選択したのは、果たして本当によかったのだろうか。何も進めないことが、いつまでもここにいることが、私にとっての正解だったのだろうか。


消化不良の気持ちを抱えたまま、家で元本命チョコクッキーをかじった。宛先があったはずのクッキーは私のもとに帰り、不本意な形で私の腹を満たしている。甘くてしょっぱくて、ぼそぼそとしたクッキーの食感と味は、今でも妙に覚えている。


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こちらの恋愛短編集に、その数年後のお話を書き下ろしています。
良くも悪くも大人になった、そんな二人が再会するお話です。あの日々の純粋な気持ちは守られるのか、それとも、壊されるのか。

詳細はまた後日お知らせします。3冊の本についての告知記事はこちらです。


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