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【小説】熱のたからばこ

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この世を去った元カノを追いかける女の子の物語。創作大賞2023応募作。
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【小説】熱のたからばこ(1/5)

【小説】熱のたからばこ(1/5)

 みんなそうだ、みんなそう。「こんなに自分のことを受け入れてくれる人はいなかった」って、みんな言う。孵ったばかりの雛が最初に目にした相手じゃないんだから、と思う。その証拠に、彼らはそのうち私が特別な存在でもなんでもないことに気づき、親鳥のようになんでも許してくれる私に甘え、つけ上がり、そして跡を濁さず消えていく。彼女も、その中の一人だった。

 彼女が亡くなったと知らされた夜、私は一人ベッドの上で

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【小説】熱のたからばこ(2/5)

【小説】熱のたからばこ(2/5)

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▼全5話をまとめたマガジンです。(完結)

 私たちが落ち合ったのも、梅田の駅だった。平日の昼間だというのに電車のホームから人でごった返していて、私はとてもあの男を見つけられる気がしなかった。もちろん具体的な待ち合わせ場所を決めてはいたものの、なにしろ私は男の電話越しの声しか知らないのだ。
 阪急にある本屋の前で手持ち無沙汰にしていると、不意に肩に何かが触れてびくりと震える。見

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【小説】熱のたからばこ(3/5)

【小説】熱のたからばこ(3/5)

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▼全5話をまとめたマガジンです。(完結)

 夜の繁華街は雑然としている。2週間ぶりに大阪へやってきたけれど、繁華街は特別ごみごみしていて息がしづらい。女一人で歩いていると簡単にキャッチに足止めをくらい、撒くのに時間がかかってしまう。適当な男をナンパして、隣を歩かせようかと考える。あるいは、今から会う男をこちらに呼び寄せるか。しかしここまで大きな街となると一人で歩いていようが二

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【小説】熱のたからばこ(4/5)

【小説】熱のたからばこ(4/5)

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▼全5話をまとめたマガジンです。(完結)

 彼女の実家は、琵琶湖の畔にあった。琵琶湖を見たことがない私たちは、せっかくだからと彼女の実家を訪問する前に湖岸へとやってきた。
「すごい、ほんとに向こう岸が見えない」
 それに海の匂いもしないんだ、とつぶやくと、「さすが、海辺生まれにはわかるんだ」と濱谷さんが笑う。
「だって海だったら、こんなに近いと潮くさくてたまらないですもん」

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【小説】熱のたからばこ(5/5)|最終話

【小説】熱のたからばこ(5/5)|最終話

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▼全5話をまとめたマガジンです。(完結)

 ちっとも眠れる気がしない。さっきから何度も寝返りを打っているが、身体の疼きが収まりそうにない。いつもならベッドの上で、スコくんと互いを慰めあっている時間だ。スコくんの声が恋しい、だけど今日は話すことができない。
 今夜のホテルでは、ツインの部屋を一つしか取れなかった。どうやらホテル側の手違いだったらしい。受付のおばさんからはしきりに

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