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【随想】 「燕雀安んぞ」の話

 今年もわが街に戻ってきたツバメたちが、去年新築・補修した巣にそれぞれ落ち着いたようで、「ホッ」と安堵している。

夕方、巣に帰ってきたツバメくん

 なぜ、「ホッ」としたかって? 
 それは、ツバメたちが南の国で越冬している間、留守宅を“不法占拠”するやからがいるからサ。その不逞の輩は──スズメと呼ばれている。

 「チュン、チュン」と鳴き、ピョンピョン跳ねるように移動するスズメは可愛い。冬の朝、羽毛を膨らませて丸くなっている姿も可愛い。
 平安朝の才女・清少納言も、《ねず鳴きするにをどり来る(ちゅうちゅうと口で鳴きまねをして呼ぶと、踊るようにやって来る)》スズメは可愛いと書き残している──たしかに可愛いかも。
 それにしても、“ねず鳴き(ちゅうちゅう)”すると本当に寄ってくるのだろうか。今度実験してみようかな。
 スズメは可愛い──しかし、外見みために惑わされては不可いけない。そう思わざるを得ない現場を何度か目撃したのだ。

 動物園のトラの檻で見た光景。トラの餌の残骸だろうか。檻の中に大きな骨が転がっていた。その骨の近くに2羽のスズメがいた。しばらく見ていると、そのスズメたち、骨をつつき始めた。どうやら骨に残っている肉片を啄んでいるようだった。スズメの食べ物といえば、まず「米」が思い浮かぶ。スズメには穀物食主義の代表者というイメージがあるが、肉を食べる肉食系の面があることを、はじめて知ったのだ。

 また、こんなコトもあった。

 家の近くで、スズメが路上にいたセミを襲う場面を目撃した。襲われたセミは飛んで逃げてしまったが、それにしても生きているセミを襲うとは。スズメは案外凶暴な鳥なのかも知れない。

 さらには──、

 職場の近くの駅周辺において、1羽のスズメが妙な飛び方をしていた。よく見ると、飛んでいる茶色い羽虫(蝶? 蛾?)を捕まえようとしているのだ。だが、茶色い虫はなかなか捕まらない。
 スズメは狩りは不得手のようだ。

 スズメが登場する昔話『舌切り雀』は「のり(=のり)に口を出しては不可いけないゾ」と、舌禍を戒めているという。この話で、スズメは矢鱈やたらと被害者を装っているが、考えてみれば舌を切られたのは糊を食べたから。自業自得ではないか。目の前の誘惑(=食欲)に負けた報いじゃ。だから、お宝目当ての「物欲」に目が眩んで大きな葛籠つづらを選択したお婆さんを、スズメたちは笑うことはできない。何故なら、お婆さんとスズメは同じ竹藪の──否、同じ穴のむじななのだから。
 それはそうと、スズメはお婆さんの葛籠に入っていた化物をいったいどこから調達したのだろうか。謎である。江戸時代の百科全書『和漢三才図会』に、《老いた雀は小狡こざかし》いとある。もしかしたら、そんな老スズメが魑魅魍魎を飼い慣らしていたのかも知れない。
 考えてみれば、稲作農家が八十八の手間を掛けて育てた収穫物を略奪するのだから、スズメは農家にとって“悪魔の鳥”に相違ない。そんな憎むべき“悪魔の鳥”を捕食してくれるキツネは、農家の味方。だから、“お稲荷さん”として有難く祀られているのだろう。
 かつて京都旅行をすることになったとき、ガイドブックを見ていると、伏見稲荷の近くにスズメを食べさせる店を発見した。ふと、「スズメを食べてみたいなぁ」と漏らすと、それを耳にした某氏ナニガしが、「スズメは骨張っていて食べるのに難儀する代物しろものだ」と仰有ったのだ。
 その一言で二の足を踏んでしまい、未だスズメを食するに至っていない状態じゃ。

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