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二話【それぞれの行き先】

「驚いていない様子だね。ここに来るの何回目?(笑)」
大男が少年に問いかける。

「え、いや、1回目だと思いますけど。そんな何回も来れるところなんですか?」」

「いや、なんでもない。ところで少年よ。名前が欲しくないか?そのままじゃここで生きていくのに困るだろう。」

「生きていくって(笑)僕はもう死んでるんですよね?おじさん変なこと言いますね。じゃあ死ぬってどういうこと。」
少年は率直に聞いた。

「わからない。一つ言えるのは、この世界には日本人しか来ないということだけだ。恐らく生まれた国籍ごとに黄泉の世界があるのだと、私は推測している。そして皆最後に自分の名前を忘れて消えていく。その者たちがどこへ行ったのかはわからない。我々は、観測できない世界のことを死と呼んでいたのかもしれないな。」

「・・・俺、名前ないんだけど。どうなるの?」
察しのいい少年は薄々勘付いているが、あえて聞いてみた。脈が速くなっていることを紛らわせたかったのもある。そして大男はニヤッと笑って答えた。

「君は死ねないんだ!」
カバみたいな大きな口を開けて大男は笑っている。何がそんなに嬉しいのかわからないが、変に気まずい空気をされるよりは幾分か良かった。

「あれ?死ねないってこの世界のブラックジョークなんだが、面白くなかったか?まあなんだ・・・・」

その後のことは覚えていない。死んだ後の世界に来たと思ったら、今度はもう死ねないと言われたのだから全くもって不条理だ。少年の頭の中をあらゆる可能性がグルグル駆け巡る。大男との話が終わり、部屋の外に出ると先ほどの巫女が待ってくれていた。

「あれ〜、なんだか浮かない顔してますね。もしかして閻魔様に怒られました?」
調子の良い巫女が目を丸くして尋ねる。

「閻魔様?誰が?」

「誰がって、今話してきたじゃないですか。お兄さん、歳の割にはしっかりしてると思ってましたけど抜けてるところあるんですね。ここ(黄泉の国)に来た人は皆んな、閻魔様に役職をもらって生活するんですよ。再就職みたいなものですね。」

「死んだ後も労働を強いられるってこと?もはやここは地獄じゃないか。」

「労働というより、どうやって自分だったかを忘れていくか選べるんです。この世界は、生前の性別と年齢はそのまま引き継がれますが、生殖機能だけは引き継がれません。つまり繁栄はしないのです。」

「それじゃあ、この世界は縮小する一方なんじゃ、、、」

「閻魔様はそれで良いと考えられています。この世界は、現世とは逆の働きで時間が進んでいきます。徐々に生前の記憶が薄れて行くのです。繁栄したところですべて忘れて行きますから」

少年はふと、その現象が認知症と似ていると思った。巫女は話を続ける。

「お兄さん、やりたかったことないんですか?」

「俺は・・・特にない。むしろ早く終わりたかったんだ。だから、ここに来た時に安心したんです。なのに・・・」

「じゃあおやっぱり兄さんにとってここは地獄ですねっ」
口調は軽いが目が笑っていない、何か怒らせたようだが、少年にはわからない。

「そんな簡単に終われないんですよ、この世界は。だってまだあなた、16歳でしょ?行き先だっていくらでもあったんだから。」

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