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小津安二郎「風の中の牝雞(めんどり)」(1948)

巨匠・小津安二郎監督が戦後の動乱期の東京を舞台に、心ならずも「売春」に手を染める女性(田中絹代)の苦悩を描きます。

小津安二郎としてはかなり珍しい題材で、しかも最後に(小津としては)派手なバイオレンス・シーンもあります。公開が1948年9月ですから、敗戦によって時代が変わり、大都市は壊滅し、極度のインフレが生活を直撃しました。それでも人々は生きていかなければならず、日本は大変な混乱期でした。

小津安二郎としても新しい時代にどういう作品を撮るべきか模索していた時期なのでしょう。主演の田中絹代にとっても同様で、戦前戦中の多くの映画に出た大スターでしたが、軍国主義から民主主義へ大転換を迎えた中でスランプに陥り、初期のアイドル女優から清純派、貞淑な妻を演じていたイメージを変えようと、同じ年に「売春婦」を2本も演じています。一つは小津安二郎のこの映画、もう一つは溝口健二の「夜の女たち」です。

田中絹代は東京の下町の、巨大なガスタンクの側にあるアパートに息子と暮らす若い主婦。夫はシベリアに抑留されてまだ帰ってきません。生活は苦しく、小学生の息子が病気になっても、医者に診せる金がありません。この時期はまだ国民健康保険制度はありませんでした。

やむなく田中絹代は伝手を辿って売春斡旋所の門をくぐります。小津映画ですからそのものズバリのシーンはありませんが、当時は生活苦から身体を売る一般女性が沢山いたのです。

「たった一度の過ち」でしたが、無事に子供を医者に診せることができました。しかし絹代の心は深く沈みます。そこにシベリアから夫(佐野周二)が生きて帰って来ました。束の間の喜びに浸る田中絹代。しかし絹代の態度が変なことに気がついた佐野が理由を問いただし、絹代は泣きながら息子のために身体を売ったことを告白するのでした。

驚愕し、頭に血が昇った佐野周二は、思わず絹代を階段から突き落とします。小津映画では唯一のスタント・シーンです。ここは思わず息を呑む迫力があり、この作品の編集マンの回想では、小津はこのシーンをフィルムが焼けそうになるまで10回以上ループして観ていたそうです。

小津安二郎では「珍品」の部類に数えられる映画ですが、普段の場面は小津安二郎映画そのもので、それだけに、田中絹代の階段落ちが強烈な印象で残ります。

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