山崎まさよしの激ヤバの水戸ライブを冷静に振り返る
注:記憶だけを頼りに書いているので、内容に若干不確かな部分があります。誤り等ご容赦ください。
どうもこんにちは。
山崎まさよしの水戸のライブ行ったら会場の空気が激ヤバでした。
はじめに少しだけ自己紹介させて頂くと、自分は30代男性。
個人ブログでこのような記事を執筆する程度に、山崎まさよしのことが大好きです。
↓ブログ記事「山崎まさよしの可愛さに魅了された」
https://masters-note.com/yamazakimasayoshi-column/
1.あの日何があったのか
時は2023.10.21(土)。
場所は今年改装し、リニューアルオープンした水戸市民会館。
ライブはOne knight standのツアー。これは山崎まさよしがデビュー初期から行っている、演奏もMCも全て一人のみで行う形態のステージである。
ギターにピアノ、ブルースハープといった多種多様な楽器を使いこなし、その全てが一流という、彼だからこそ可能なスタイルだ。
で、この水戸公演があまりにヤバすぎて、ファン層のSNSを中心に軽く火がついている。
「具体的に何がヤバかったのか?」
当日現場にいた自分ができる限り忠実にまとめると、以下のような感じ↓
いかがでしょうか。凄くないですか。
会場(の空気)は凄かったですよ。
で、これに対してSNSで見られるのが、主に2つの反応。
1つは「こんなライブするなんてふざけてる!」という否定派で、
もう1つが「アーティストの自由だ。尊重するのがファンじゃないのか」という擁護派。
でも待ってほしい。
あの現場にいた人間として一つ言えるのは、
あのライブの空気はどう見ても異常だったということである。
ひいては、山崎まさよし本人の発信する雰囲気もちょっと異常だった。
そう、何かがおかしかった。
あれは確実に彼の平常運転ではない。
仮にあれが平常運転だとしたら、これほど多くの人から彼は愛されてない。
ファンもスタッフも、もっと過酷なふるいにかけられて、最終的に殆ど残らないだろう。
だから長年訓練されたファンの自分としては、
「こんな緩いライブをしてふざけるな!」の前に何より、
「山崎まさよし、どしたん???」というのが一番率直な心境でした。
「大丈夫?」
「調子悪いの?」
「スタッフと何かあった??」
「泥酔しているのかな」
「もしかしてメンタルに凄い問題があるのでは」
「やばい薬とかやってないよな…」
と。
だから、X(旧twitter)で話題のように、ライブ中キレたり泣いたりして意思を表明する人もいたけど、それはごく一部であって、多分その他大勢の無言でただ経過を見守っていた客が考えていたのは、上記のような「心配」だったんじゃないかな。
で、以下より、自分がなぜ「このライブが異常だった」と感じたのか、
そう思う根拠を述べます。
なるべく冷静な視点で。
2.このライブはなぜ異常だったか
1.そもそも彼はライブ大好き
そもそも彼は何よりもライブを大切にしてきたアーティストだ。
下積み期間を経て念願のデビュー以来、ほぼ毎年と言って良いほど欠かさず、大小様々なステージで汗を流してきた。
彼がどれだけライブが好きかは、過去の映像を見れば分かる。
アコギの超絶技巧で魅せる「Fat mama」、「ドミノ」。
静寂の中、情感と音の美しさに浸らせる「あじさい」や「妖精といた夏」。
お決まりのゲンタ&キタローの両名を引き連れ、おっさん3人ニコニコしながら演奏する「根無し草ラプソディー」に「ヤサ男の夢」。
どれも共通するのは、演奏する彼からは
「音楽が好き」「ライブが好き」が滲み出ていることだ。
その楽しい空間に、彼のくしゃくしゃな笑顔に。
かつての僕らは打ちのめされて、だから今ここにいる。
そんな彼が、(過去にも冗談交じりで言うことはあったけど)あそこまで
「歌うのしんどい」「俺は歌いたくない」を連呼するのは、どう考えても不自然だ。
2.演奏が下手だった
これ、あまり言及されていないと思う。
誤解を恐れずいうなら、この日の彼の演奏は下手だったのだ。
なんというか…らしくなかった。
いつものキレもグルーヴも、ついでに笑顔もなかった。
ギター演奏は、終始どの曲も同じようなストローク。
それもコード間違いや、押さえ損ね、フレーズの弾き損じ等のミス多数。
One more time,One more chanceでさえも「ジャーンジャカジャカ」というストロークに終始しており、同行した友人は、「あんなに眠くなったワンモア初めて」と語るほど。
ワンモアといえばアルペジオで始まり、そこから迫力のあるストロークという演奏が多いが、彼は公演によって微妙にアレンジを変化させる。あるときはエレキで、またあるときはガットギターで。
「精巧に考え抜いて」というよりは、彼にとっては「飽きないように」程度の理由かもしれないが、その変化すらオシャレで、ちょっと気が利いていて、ファンにとっては楽しみの一つだった。
ここで誤解のないように言っておきたいが、「下手だった」というのは、「演奏技術が低い」ということではない。
はっきり言いたい。
コードミスをする原因は、恐らくうろ覚えだから。
弾き損じは、練習していないから。
つまり今回のステージ、全体的に「準備不足感」が凄かったのだ。
なんと言うか、もし彼が寝起きで、久しぶりに思い出しながら昔の曲を弾かされたら、こんな感じになるのではないか、という印象を受けた。
というかそもそも、「〇〇の譜面持ってきて」とスタッフに頼む場面が何度もあった。1曲だけではない。何曲もである。
これにより、以下の点も推測される。
3.セトリも何も決めてなかった
「おそらくこの日、セトリ何も決めていなかったのではないか?」
ということである。
もちろん、ミュージシャンによっては
「その日の気分で歌う曲を決めるのが醍醐味、それを客も楽しんでいる」
というステージもあるだろうが、それもある程度決められた枠組みの中。
「この曲の中のどれかをやろう」程度に決めていることが大半であり、全く練習もしてない曲をやることは稀だろう。
で、もう一つ言及すると、この日の彼はギターしか使わなかった。
フォークギターとガットギター、あとブルースハープか。
それが全てである。
ピアノもパンデイロもループマシンも、音響チェックでは確認できたのに、本番では一切触ることもなかった。
アーティストとしては、使わない楽器をステージに用意する理由がない。
音響が大変になるだけだからだ。
あるいはこうも考えられる。
「セトリは決められていたが、彼がそれを全面的に無視した」と。
これは上に述べたように、MCで
「舞台袖でマネージャーが『巻きで!』って焦ってるわ」
という発言があったことから推察される。
…何だかちょっと、スタッフへの当てつけのようにも感じられる。
4.帰る客にも動じずダラダラを貫いた
個人的には、この点が一番不自然と感じている。
仮に「今日はMC中心のライブにしよう」と考え、実践した結果客が泣き出したり、「払い戻ししてもらいますよ」などと息巻いて出て行ったら、演者はどうなるか。とても冷静ではいられないはずだ。
すぐに軌道修正し、ライブを立て直すのが普通だ。
しかしこの日の彼は、
「そうですか…なんかすみません」
「払い戻ししますよ」
などと返すだけで、その弛緩した雰囲気を立て直すことは最後までしなかったのだ。
この点から、こう考えられないか。
「山崎まさよしは、客がこうなることも、ある程度予想していた」と。
予想していた上で、ある程度反発があってもそれを貫こうと思っていた。
同時に気づくのは、彼は最後の最後ギリギリの局面では、理性的であったということだ。
彼は最後まで、感情的な客に対しても決して暴言など吐いていないし、ライブ自体はダラダラトークのMCと8曲の演奏と、最低限の基準かもしれないが、少なくとも完遂はしている。
予想外の客の反応に感情的になっていたら、ライブそのものを放棄して去ってもおかしくないほど地獄の雰囲気だったのである。
もっと言うと、このライブ自体One knight standで、彼の一人舞台。
迷惑がかかるのはこの日の客とスタッフ。汚名を被るのは彼一人。
考える限り最低限だ。
仮にバンドを入れてのツアーや共演者多数のライブ、たとえばオーガスタキャンプでは、こうはいかない。
ちなみに筆者、この前月にオーガスタキャンプへも参戦している。
若干声が不調な秦基博さんから引き継いだ彼は、一層気合の入ったステージングで客を盛り上げており、改めて山崎まさよしの優しさ、男気を感じたステージでした。
以上のことから、水戸でのことは、本当に優しい人が何かに不満があってへそを曲げて、無茶苦茶にしてやろうと思ったけど、結局最後の配慮は捨てきれないというような煮え切らなさを感じた。
で、それをお客さんに言うわけにもいかないから、何も知らない人にはただ彼が不誠実に写るだけという。少なくとも、「ちょっと試しにMC主体のライブをやってみたけど、上手くいかなかった」などという単純な話では絶対にない。
これはあくまで憶測ですが…
今回の騒動の根本にあるのは、運営陣をはじめとするスタッフとの不和ではないかと思う。
というのは、言動の節々から、「スタッフは困っても良い」という意図が少し見えたからだ。
演者が「払い戻しします」なんて言って、一番困るのはスタッフである。
途中で出て行ったお客さんたちは、あの後スタッフに詰めただろう。でもそこにいるのは水戸市民ホールのスタッフであって山崎まさよしスタッフではないから、「我々にはどうにもできません」と言うしかない。ホールのスタッフが山崎まさよしスタッフに対応を求めるのは自明だ。
演者はあくまで演者。払い戻しの可否の決定権なんて無いのである。
「スタッフを困らせてはいけない」という心理が少しでもあれば、こんな発言できない。
3.総括
さて、長くなったのでそろそろ総括に入ります。
間違いなく言える事として、この日の彼は異常でした。
それは本人も言及していることから明らかです。
だからこそ、これを今後の山崎まさよしの通常スタンスとして議論するのは、僕はしたくない。「アーティストなら歌え」「いやMC多めでも良いじゃないか」という議論は、おそらく彼がこのような行動に至った問題の根本から限りなく遠いところにある。
もちろん自分自身、
「ずっと楽しみにしてきたのに」「チケット代払ったのに」
という気持ちも無くはないけど…
正直、「あの山崎まさよしが、どうしたの???」という気持ちが強い。
残念さより、圧倒的に心配が勝つ。そんな心境。
確かに、この日彼がとった姿勢は、幼稚なものだったかもしれない。
観客とスタッフをはじめとする多くの方に落胆と失望を与え、50過ぎた大人としては褒められたものではないのだろう。
だがしかし、彼の中にモヤモヤがあって、それを彼一人がひた隠しに、偽りのままライブに立ち続けられるのもまた、ファンとしては悲しい。彼の笑顔にも翳りが出るに違いない。
だから、
「あなたの抱える問題が、全てうまく解決しますように」
「そしていつか、ステージであのくしゃくしゃな笑顔を見れますように」
と祈るのである。
祈って、信じ、待つのである。
僕にはそれしかできない。
山崎まさよし、大好きだぜ!!
2023/10/24 追記記事を書きました。↓
音楽の分析を主なコンテンツとしてブログを運営しております。
軽い読み物としてどうぞ。
↓
音楽の話をしよう ~深読み、分析、そして考察。~
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