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ちぎりなき 、ある訪問者との知恵比べ

猫の額ほどの狭さであるわが家の敷地は、そのほとんどが畑と化している。やり始めてかれこれ20年は越えるが、毎年のことながら実りが多いとはけっして言えた代物ではない。肥料や資材に多くを投資することのないケチな主にかかっては、必然的に収穫高が伸び悩む結果になるのは明白である。

有機無農薬と表向きはイッパシの理屈をこねて、肥料のほとんどは生ゴミを発酵させたもので済ませている。台所から出た残渣を堆肥にすべく、雪深く覆われる季節も含め年中その作成に真面目な作業を重ねており、少なからずそれなりの苦労がジットリとまとわりつく。今でこそ巷では自然保護だ、SDGsだと世界共通のスローガンが方々に飛び交っているが、「うちは何年も前からゴミを減らして地球にやさしいぞ!」と声高に叫んだところで、これに見向いてくれる人などいるはずもない。もちろん自分が勝手にやっているのだから、そんなことは百も承知だ。

こんな地道な営みを始めて何年か経った頃から、思わぬ敵と対峙することになるのであった。

その相手は キタキツネ。

例年、雪解けが進んで桜の花も散る頃、シーズンの始まりに胸を踊らせながら作付けに向けて土づくりにとりかかる。スコップで地面を起こし、地中に生ゴミ堆肥を埋め、今年こそは豊作だと意気揚々と汗をぬぐう。あとはじっと待つのみだ。2、3週間も経てば堆肥は土の中に消え、微生物とともに養分となって生育の糧となる。

だがある年の春、悲劇は突然始まった。せっかく作り上げた畝が、ここに巨大なモグラ叩きゲームが出現したのかと幻想を持ってしまうほどに、掘り起こされ無数の穴となり、見るも無残な姿となって目の前に広がっているのであった。

近所の話によると、ここら一帯はキツネが頻繁に出没するらしい。しかも一度味をしめたら繰り返しやって来る。昼間などは人間が近づいても、堂々と居座りなかなか立ち去ろうとしないそうだ。彼らには地面を掘って巣穴を作ったり、地中深くの小動物を嗅ぎ分けて捕らえたりする習性がある。

畑を荒らす犯人もきっと彼らに違いない。おそらく地中の生ゴミをあさっているのだ。ならばこちらも黙って指をくわえているわけにはいかない。堆肥を施した表面を段ボールで覆い被せ、対象物の匂いを遠ざける作戦に打って出る。蓋をしてしまえば、さすがに下のエサを探し出すことはできないだろう。

だがそんなもくろみを抱きながらも3日と経たずして、全く以てその戦術は浅はかだったことが判明してしまう。結果は惨敗。朝早く現場に出てみると、段ボールの残骸とゴミの残飯があたり一面に飛び散らかっているのであった。

なるほど嗅覚の鋭さは並大抵のものではないようだ。うちの昼寝ばかりでグウタラな小型犬など到底及びもしない。ビニールマルチで覆いかぶせればそれなりに効果が得られるのは想像に易いが、使い捨て資材にそんな手間とお金はかけていられない。オオカミの尿が効くらしいと耳にしても、それに大枚をはたくくらいなら八百屋で野菜を買った方がよほどマシである。こんな根っからの貧乏性がこの先もずっと仇になるのだが、このときはそんなことなど全く知る由もなかった。

どうやら彼らは夜行性らしい。偶然にもある夜、一心不乱に顔を地中に突っ込んでいる一匹を窓外に発見。

やはりお前だったか。

やがて動画を撮っているこちらに気付きしばらく目が合っていたものの、ようやく諦めがついたのか丸々と太い見事な尻尾をこちらに向け、名残惜しそうにイソイソと闇の中に消えて行った。

このキツネ、どこから来てどこへ帰って行ったのだろう。考えてみれば、その昔ここは家も道路もないただの自然の一部だったはずで、あとから人間が進出してきたところである。ここに限らずほとんどの土地がそうだ。役所に登記を済ませ自分の物だと主張したところで、自然界から見るとそんなのは人間の勝手な言い分に過ぎず、区画や境界線なんかは彼らにとっては何の意味もなさない。地球上には人類が自分たちの都合で決めた領土なんてものがあるが、そんな概念など全く持ち合わせない獣や鳥たちは、国境をお構いなく移動するし上空を自由に行き来する。

とはいうものの、こっちだって作物を育てる権利はある。別に彼らの生活に不都合を与えているわけではない。向こうがこちらの所有物を略奪しに来ているのだ。エキノコックスといった病気感染の問題もあり動画を見せると自治体も駆除に動いてくれるそうだが、命まで奪おうなんてサラサラ思わない。きっと他にいい手があるはずだ。

無い頭で考えた。放水で追い払うにはこっちの身が追い付かない。音での威嚇は近所付き合いにヒビが入る。光を利用するのは電源や装置に手間がかかる。オオカミの尿は費用と収穫高をはかりにかけると全く割に合わない。うちの2匹は番犬として到底役に立ちそうもないし現実的ではない。案山子が効くのならとっくに立てている。

そうだ。農家ではエゾシカやヒグマの食害に備え電気柵を張っているところがある。その簡易版としてネットとポールでフェンスを作り侵入を防ぐのはどうだろう。少々労力はいるが、資材はホームセンターで簡単に手に入るし、毎年繰り返し使い回せそうだ。敷地が全然広くないというネガティブな現実が、逆に思わぬ追い風となりそうだ。

がしかし、ようやく苦労して囲いを張り巡らすも、数日後にまたしても柵の中に侵入している個体を発見。一体どこまで獲物を嗅ぎつけてくるのか。恐るべしその嗅覚、と半ば感心すらしてしまう。たまらずこちらが威嚇すると、ネットの壁をいとも簡単にヒョイと飛び越えてどこかへ立ち去った。悔しいが意外にも身のこなしが軽い。こちらの地道な苦労が、力任せに振り回すハエ叩きを相手にするようにヒラヒラとかわされていく。なんだかやるせない虚無感が肩甲骨の間からじんわりと染み出てくる。

ならばと、今度はできるだけ塀の高さを稼いでみる。さすがに1メートル半もあれば飛び越えることはないだろう。横の隙間も塞いだしもう大丈夫。来られるものなら来てみろ。そう息まいていたら、何日か経って本当に来ていた。今度はネットのふもとに上手に穴を掘り侵入した形跡があるではないか。そういえば彼らは穴掘りの名人であった。今回もダメだったかと、希望に満ちていたはずの高揚感が、手ぬぐいで覆われた脳天からジリジリと音を立てて蒸発していく。あの手この手と色々試してきたのに、向こうはいつもその上を行ってしまう。これまでの数年間、全くやられっ放しである。

それでも相手がキツネであるのはまだマシなのかもしれない。シカやヒグマ、アライグマなどは農作物にも手を出すようだ。サルやイノシシがここでは生息していないのがせめてもの救いだと考えるのが賢明だろう。

アライグマが全道ほぼ全域に活動範囲を広めているという報道が出て、もう何年にもなる。だからここに現れても何ら不思議ではない。彼らは動きが機敏でいかなる高所にも簡単に上り、水辺の泳ぎも得意である。狭いところも通り抜けるし穴も掘る。愛くるしい見た目とは反対に非常に気が荒い。その厄介さはキツネの比ではないだろう。元々日本では生息していなかったのだが、アニメの影響からかペットとして人気がでたものの、逃亡に加え、その狂暴さが手に負えなくなり自然界に放置されて、今に至る。いわば外来種で、生態系にも大きく影響を及ぼしている。ここでも人間の身勝手さがはっきりと悲しく露呈する。

生ゴミ堆肥を施す時期が過ぎるとキツネとは休戦状態になる。そもそも肥料を散布しない上、堆肥はほとんどあさられているのだから、畑には十分な栄養が行き届いていない。当然収穫も上向くはずが無い。だがこんな奮闘の中でも土に触れていると、それなりに天候不順には注意が向くし、プロの農家の作柄と売値の動向が随分と気になるようになった。そして何より土をいじることにこの上ない喜びを感じている。野菜が欲しければスーパーで求めれば良いわけで、いっこうに芳しくない我が菜園の収穫高は、生活になんらダメージを与えるものでもない。こんなドタバタ生活もそれはそれで悪くはないと思っている。

ヒトデを原料にした害獣・害虫対策の商品が出始めたらしい。その実際の効果と値段が気になるところだ。調べてみる価値があるかもしれない。

こんな到底童話のネタにもなり得ないてんやわんやの知恵比べは、この先もまだまだ続くことだろう。


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