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骸骨探偵は死の理由を求む 第5話

 私の記憶はそこまでだ。

 それ以降は暗闇が広がっていて、どうしても思い出すことができなかった。

「なるほど」

 骸骨はベンチから立ち上がって川の向こう岸を見た。
 私も一緒に川面に目をやる。

 相変わらず、川にはゆったりと波ひとつたてずに流れている。

「お前はどうやら殺されたようだな」
「…………ええっ!?」

 私は思わず、派手な音をたてて立ち上がった。

 殺されたって、いったいどういうこと?

 再度記憶を辿ったが、そんなヤバい状況なんてひとつもない。
 あるのは、つまらないほど普通の平日と、ありえないほど幸せな土曜日だけだ。

「ありえないよ! 今の話の中でどうしたら殺されるって結論になるわけ?
 そんな証拠どこにもなかったじゃない!」

「いや」

 一瞬骸骨の眼窩が妖しく光った。

「今の話の中に全ての答えが隠されている」

*****

「まずは確認だが、ハヤカワとやらからシクラメンの球根をもらったんだよな。
 小さなカブのような形をした」

「うん。中峰先輩からもらってたよ」

「2人の話からしてプレゼントのようだったと」

「そうだけど、私は結局そんなのもらってないし」

 骸骨は顎の手をあてて静かに俯くだけで、続きを話そうとしない。

 気になるじゃない! 早く言ってよ!

 私はそんな思いがよぎるがぐっと堪えて頷いた。

 いつもの私なら言ってしまうところだけど、私は聞きたかったのかもしれない。

 彼の言う『答え』とやらを。

 そうしていると、骸骨の口がゆっくりと動き出す。 

「いや、お前はもらっていたんだ。
 ……クッキーに入った形でな」

 一瞬言葉を失った。

 が、すぐに怒りがふつふつ湧き上がってきた。

「はぁ?? あんた、自分が何言ってるか分かってるの?」

「ああ、分かっているさ。クッキーにナッツみたいなのが入っていたって言ったろ。
 あれが球根だ。ハヤカワが小さく刻んで練り込んだんだよ」

 突拍子もない骸骨の言葉に、開いた口が塞がらない。

「だが、さすがに味で見破られるかもと心配になったハヤカワは、直前で大量の砂糖をまぶすことにしたんだろう」

 骸骨が淡々と話す妄想話に、私の怒りはついに頂点に達した。
  
 気がつくと私は骸骨の襟元を掴んで激しく揺さぶっていた。カラカラと古い神社の錆びた鈴みたいな音が激しく鳴る。

「そんな妄想、誰が信じるのよ!
 そもそも、私に球根を食べさせて何になるっていうの?
 そんなもの食べたら、下手すると死ぬかも……しれ……な……」

 私の手が止まった。

 そんなわけない、早川先輩がそんなことするはずない。

 心ではずっとそう唱えてるのに、なぜか体の奥から急激に冷えていくのを感じた。

 骸骨の襟元を掴んでいられないほど小刻みに震える手を、骨しかない手でそっと持ち上げ、私の膝に置いた。

 一瞬触れた手は骨のはずなのに、なぜだか人の手のように温かく感じた。

「いや、ハヤカワは殺す気はなかったと思うぞ。
 なんせ、《《どんな手を使ってでも》》お前を手に入れかったようだからな」

 骸骨の話を聞いて思い出す。

 そう言えば、中庭で球根を受け取ってたときに、先輩がそんなことを言っていた気がする。

「それってどういう意味?」

「球根は、《《惚れ薬》》として使ったんだ」

「ほ、惚れ薬!?」

「ハヤカワは、勝ちにこだわる男だと言っていたな。
 実のところ、負けを怖がる小心者だったんだろうな。
 勝算はあったんだろうが、少しでも勝率を上げたくて
 惚れ薬を使うことにしたと考えたとしたら辻褄が合う」

 骸骨は腕を組み、何度か頷いた。

 先輩のことを小心者といったところにはカチンときたが、
 続きを大人しく聞く。

「シクラメンの球根は、古代では惚れ薬として使用されていた。
 それをネットかなにかで見かけたか、誰かから聞いたんだろうな」

「で、でも惚れ薬って今ならネットとかでも買えたりするんじゃ……?」

「ネットで売っている怪しげな薬を、彼女にしたい女に使うと思うか?」

「確かにそうだけど……。シクラメンの球根だって十分怪しいじゃん!」

「俺もそう思うが、ハヤカワはそうは思わなかった。
 昔から使われているなら大丈夫とでも、安易に考えたんだろう。
 シクラメンの球根にした理由がもう1つあるとすれば、
 花の球根なら簡単かつ安全に手に入れられるツテがあったからだろうな」

「あっ、中峰先輩!」

 そうか、園芸部の中峰先輩なら植物に詳しいし、もしかしたら既に手元にあったのかもしれない。

「ただ、もらった球根は、ハヤカワの意図していない効果を発揮した。
 《《毒薬》》だ」

 ―――毒薬

 その言葉を聞いて、心臓が跳ねる。

 骸骨の次の言葉を緊張して待っていると、骸骨はなぜか明後日の方向を向いた。

「次のお客さんがお付きだ」

「えっ、お客さん?」

 骸骨と同じ方を向くと、ゆらりゆらりと影が近づいてくる。

 まったく、今緊迫したところだというのに一体誰……。

 その影が近づいてきたとき、私の呼吸が激しくなった。

「嘘……だよね……?」

 少し切れ長の目に、高めの鼻、薄い唇。

 紛れもなくその顔は早川先輩だった。

 だが、私の知っている先輩ではなかった。
 
 体は全体的に黒っぽく変色していて、まるで昔のモノクロ映画の登場人物みたいだった。

 両足を重そうにずるずると引きずりながら、不自然に体を左右に揺らし、気だるそうに歩いてくる。

「先輩!」

 私は先輩に駆け寄った。

 でも、先輩の濁った目はこちらをちらりとも見ようとせず、川に浮かべられた小舟へと向かっていく。

「なんで……先輩が……?」

「あいつも食ってたろ? クッキー」

――うん、美味しいよ。どうぞ。

 骸骨の声に、クッキーを頬張る先輩の姿が重なる。

 骸骨がどこからか持ってきた板を小舟と岸の間に渡し、小さな橋を作る。

「それで、ハヤカワも死んだんだ」

 私と骸骨が見つめる中、先輩はこちらの会話も視線もお構いなしに、ふらふらと橋を渡って小舟の一番後ろにドサリと座った。

「デタラメ……なんだよね? デタラメだって言ってよ……」

 震えてほとんど出ない声に骸骨は答えない。

 本当なの?

 本当に先輩が私に毒を?

 私は改めて舟の上を見た。

 何度見直しても、やはり乗っているのは間違いなく早川先輩だ。

 だが、先輩は座ったままピクリとも動かない。まるで人形みたいに。

「先輩、バカだよ……。私に惚れ薬を飲ませようとして、
 それが原因で死んじゃうなんて……。
 そんなことしなくたって、私は先輩のこと……」

 視界が徐々に滲んできたところで、骸骨が不意にこちらの方を向いた。

「な、何よ。泣いてなんかいないから!」

 私は慌てて目頭を手で拭った。

 ちょっと前まで恐ろしい顔だったはずなのだが、慣れとは怖いもので今ではあまり怖くない。

 ……嘘ついた。やっぱり、まだちょっと怖い。でも、直視はできるようになってきた。

 少しだけ恐怖の薄れた骸骨をじっと見ていると、顎の骨がゆっくりと下がって、こう言った。

「残念だが、お前の死の理由には、これで終わりじゃない」

 >>>第6話に続く


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