一ノ矢 真銀<いのや ましろ>
死者の記憶から死因を探る冥界探偵ミステリー
目覚めると、私は広大な川岸にぽつんと一人で立っていた。 「ここ……どこ……?」 慌てて周りを見る。 足元はホームセンターで売られているような、異常に真っ白な砂利が敷き詰められており、足を動かすと微かに石が擦れ合う音がする。 眼の前には、上流も下流も向こう岸までもが見えないほど恐ろしく大きい川。よく見なければ流れているのかさえ分からないくらいゆったりと流れている。 正直言って見たことない景色だ。 「夢…だよね?」 思わず、頬をつねってみる。 ……痛くない!
霊次に連れられて船着き場に着てみると、キョロキョロと挙動不審に動き回る男の人の姿が見えた。 「確かにあのお客様、変だね」 「そうなんだよ。 あっ、辞めてって言ったのに!」 霊次は急にスピードを上げ、挙動不審な男に近づいて押し問答している。 私も駆け足で側に行ってみると、大学生くらいの男はカメラを手にあちこちでシャッターを切っていた。 って、カメラって冥土に持ち込めるの!? 「すごい! ここが冥土ですか!!」 「や、やめて下さい!」 男は興奮した様子で
「お別れは終わったか?」 気がつくと、スマホをパーカーのポケットに入れながら骸骨がこちらへやってきた。 私はこくんと頷くと、骸骨は少しだけ笑ったように見えた。 「ねぇ、さっきの女の人って……」 「同僚。美躯も俺と同じく冥土の渡し守をやってる」 「でも、見た目は人間だったよ? 途中で骸骨になったけど」 「ああ、勤務時間中は骸骨に変身することになってるからな」 「変身!? 何それ? 何でわざわざ?」 「冥土の渡守の見た目は、昔から骸骨って決まってるんだ。まぁ、
あれから2週間。 現世の私はまだ頑張っているらしく、未だ冥土に留まっている。 咼論の言っていたとおり、私はしっかりここで働かされていた。 そうは言っても、私は人間の魂なので冥土の渡守はできない。 じゃあ、何をしているのかと言うと……。 「俺は死んじゃあいないって言ってるだろうが!」 美躯の船着き場で、サラリーマン風の男が暴れていた。 ちなみに美躯とは、同じ寮の部屋に住むルームメイトになっている。 最初はどうなるか心配だったけど、冥土とはいえ、そ
――コンコン。 扉からノックする音がして、宰相補佐の棄駆《すてく》は書類から目を離した。 「入れ」と伝えると、すぐに部下の夜臼《やうす》が入ってきた。 相変わらずキビキビとしたいい動きで机の前に立ち、キレのある敬礼した。 「報告します。 例の生者ですが、今のところ特に変化はなく、相変わらず船着き場で業務をこなしているとのことです。 こちらが本日の報告書になります」 両手でビシッと差し出されたシワひとつない報告書を、棄駆は片手で嫌々受け取った。 「そ
どれくらい経ったのだろう。 ようやく私は立ち上がった。 そうだ、私は死んだんだ。 泣いてスッキリしてようやく納得した。 舟の方を見ると、いつの間に来たのだろうか。既にたくさんの人が乗っていた。 満員の舟の前には、骸骨がオールを持ったまま立っている。 心なしか考え込んでいるような気もするけど。 私はさっき肩に掛けてもらったパーカーを骸骨の前に差し出した。 「迷惑かけちゃったみたいでごめん! ようやく死んだって分かったよ」 私は話し始めたが、骸
えっ、終わりじゃない……? 既に先輩に殺されて、その先輩も死んだというだけでもショッキングなのに、この上に何があるというのだろう。 骸骨は、顎に手を置いてゆっくりと話し始めた。 「シクラメンの球根は、別名“ブタノマンジュウ”と言って、肉まんを潰したような形をしているんだ」 骸骨は左右の人差し指と親指同士をくっつけて、私の見た球根とは明らかに異なる楕円形を作った。 「園芸部の花壇に《《紫色の袋のような形の花》》があると聞いてピンときた。 おそらくだが、そ
私の記憶はそこまでだ。 それ以降は暗闇が広がっていて、どうしても思い出すことができなかった。 「なるほど」 骸骨はベンチから立ち上がって川の向こう岸を見た。 私も一緒に川面に目をやる。 相変わらず、川にはゆったりと波ひとつたてずに流れている。 「お前はどうやら殺されたようだな」 「…………ええっ!?」 私は思わず、派手な音をたてて立ち上がった。 殺されたって、いったいどういうこと? 再度記憶を辿ったが、そんなヤバい状況なんてひとつもない。 あ
待ちに待った土曜日。 晴れてはいるが、空気は少し冷たくて秋の気配が感じられる。 普段は動きやすいパンツコーデの方が多いけど、今日は秋っぽい茶色のフレアスカートを選んだ。 白の半そでニットの上にデニムジャケットを羽織る。 今持っているもので、精一杯大人っぽくしてみたけど、正直言って自信はまったくない。 今日のために買ったショートブーツを見つめながら、早川先輩を待つ。 待ち合わせの5分前に着いたが、待ち合わせ場所の時計の下に早川先輩の姿はなかった。 おか
「今度の祝日、一緒に映画とかどう?」 ここは、サッカー部の部室。 部活が終わったあと、マネージャーの私は部室の片付けをしていたところ、もう帰ったはずの早川先輩が部室に戻ってきて、この一言を放った。 「祝日は練習休みじゃん。だからどうかなって」 続けざまにそんなことを言われた気もするが、あまりにも急な誘いに私は返事もできず、呆然と早川先輩を見た。 こちらを見つめる少し切れ長の目に、高めの鼻。 薄い唇からは爽やかな笑みがこちらに向けられているかと思うと、かあっ
「そんなわけないんですけど」 衝撃の出会いから30分。私はまだこの船着き場にいた。 気分は最悪だ。理由は、この骸骨。 ――お前、もうとっくに死んでるぞ 夢の中でだって、そんな事言われたら確実に怒る。 おまけに夢からは一向に覚めないし、一体どうなっているんだろう。 当の骸骨ときたら、 「お前が何と言おうと、死んだからこの三途の川に来てるんだろ」 とカラカラ音を立てながら喋っている。 よく見たら、黒いジップアップパーカーには“GO TO HEAVEN"と