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異世界SE_小説

※小説見本です。
※こちらの企画書・プロット脚本(シナリオ)も投稿しています。




 ――電話が鳴っている。
 先ほどから5回連続、もう20コール目だ。
 22時過ぎのオフィスはすでに照明が半分落とされており、残業をしているのは今日も充央だけのようだ。
 充央はキーボードを叩く手を止め、仕方なく受話器を取った。
 
「この無能―――!!」
 
 途端に大きな怒鳴り声が充央の耳をつんざく。
 定時で帰ったはずの、上司の声だ。
 
「顧客要望なんだよ! 言われた通りの期日までに、なんとしてもやれ!」
 
 充央は『またか』と、小さくため息をついた。
 上司の無茶ぶりは今に始まったことではない。
 いつも顧客の機嫌ばかり伺い、実作業は充央たち部下に丸投げ。
 
「ですから、今回のご要望は仕様変更にあたりますので、納期の見直しと追加の料金が発生……」
「顧客にそんなこと言えるわけないだろ! いいからやれ!」
 
 ガチャンと電話が一方的に切られる。
 怒鳴り散らせば相手が言うことを聞くと思っている、典型的なパワハラ上司だ。
 充央はやれやれと電話を置き、再び仕事に戻った。
 
(……疲れた)
 
 げっそりと痩せこけた自分の顔がパソコン画面に映り込む。
 ただでさえ、『痩せもやし』と言われるほど頼りない体つきをしているのに、これではまるで幽霊だ。
 少し癖毛気味の黒髪はぼさぼさで、前回髪を切ったのはいつだっただろうと、汚れたメガネのレンズ越しに自分に問いかける。
 
(今日で何連勤目だ? 家に帰りたい……こんな生活もう嫌だ……)
 
 都内の中小企業でSEとして働き始めて、今年で4年目。
 忙しい業界だと覚悟はしていたが、入社してからずっと残業が月に200時間を超える日々が続いている。
 最後に家に帰ったのは、もう1週間も前だ。
 
 キーボードを叩きながら、充夫は次第に意識が霞んでいくのを感じた。
 うつらうつらと前後に揺れ、モニターに頭をぶつける。
 気が付いたら額から流血していた。
 しかし、過労で感覚が鈍くなっているのか、痛みをまったく感じない。
 
(そもそも、なんで俺SEになろうと思ったんだっけ?)
 
 パソコンから、エラーを知らせる警告音が鳴り響く。
 
(思い出せない……眠い……)
 
 限界を迎え、充央はデスクに倒れ込む。
 そして、そのまま意識を失った。
 
 

 
 
 ――背中が熱い。
 洋服越しに、じりじりと太陽で焼かれている。
 次に襲ってきたのは、強烈な喉の渇きだ。
 立ち上がろうとして、充央は指先で砂を掻いた。
 
(……砂?)
 
 充央ははっと目を覚ました。
 うつ伏せの状態から、勢いよく起き上がる。
 
「どこだ、ここ……」
 
 充央の目の前には、黒く汚染された大地が広がっていた。
 草木一本生えていない、荒廃とした景色。
 慌てて反対側を見ると、石垣を挟んで小さな村があった。
 こちらはまだ、汚染されていないようだ。
 ほっと息をついていると、汚染された大地からモンスターが湧き、充央に襲い掛かってきた。
 
「うわああああ!!!」
 
 黒くて毛むくじゃらのモンスターだ。恐怖で足が竦む。
 すると、後方から騎士装束に身を包んだポニーテールの少女が走ってきて、
 
「伏せろ!」
 
 と、命じられる。
 
「!?」
 
 充央が屈むのと同時に、大きな剣を持った少女が、石垣を蹴って空へ舞い上がる。
 
「これでとどめだ!」
 
 少女は巨大なモンスターに正面から斬りかかった。
 
「ぎゃああああああ!!」
 
 断末魔を上げ、モンスターが霧散する。
 しかし、黒い大地からは、次から次へと新しいモンスターが湧き出てくる。
 ポニーテールの少女の後ろから、もう一人、似た服を着た少女が現れる。
 こちらはツインテールだ。だが、どちらも金髪碧眼で、双子のように姿が似ている。
 
「姉さま、ここは私が!」
「ああ!」
 
 今度はツインテールの少女が剣を構え、戦い出す。
 それを見たポニーテールの少女は、彼女にその場を任せ、別の場所に湧いた新しいモンスターたちと戦い始めた。
 
「な、な、何なんだ、一体……!?」
 
 充央がパニックになっていると、服の裾を誰かに引っ張られた。
 振り返ると、五歳ほどの少女がいて。
 
「騎士様たちの邪魔しちゃだめだよ、お兄ちゃん! こっち、こっち!」
 
 少女の手招きに従い、充央は石垣に身を隠す。
 
「騎士様?」
「そうだよ。私たちの村を守ってくださってるの」
 
 少女は『騎士』と呼んだ二人の勇姿を眩しそうに見つめる。
 大きな剣を振り回し、次々と敵を倒していくツインテールの騎士。
 一方、ポニーテールの騎士はモンスター達を相手に苦戦しているようだ。
 その様子を石垣から恐る恐る覗き見ていた充央は心配になり、少女に聞いた。
 
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫! 騎士様は私たちとは違う。とっても強い機械人形ゴーレムなんだから!」
「機械人形?」
 
 機械と聞いて、充央は目を輝かせた。
 
(それロボットってことだよな? 人間みたいに見えるのに。すげー!)
 
 興奮した充央は、騎士たちの様子をもっとよく見ようと、石垣から身を乗り出した。
 モンスターが目をぎょろりと充央に向ける。
 
「……っ! 馬鹿! 隠れてろ!」
 
 ポニーテールの騎士が、全速力で充央の元へ走ってくる。
 しかし、モンスターの腕が充央に降ろされる方が早かった。
 ポニーテールの騎士が充央を庇う。
 
「ぐっ!」
 
 細い左腕が宙に吹き飛ぶ。
 
「騎士様!」
 
 悲鳴をあげる少女。
 充央は顔面蒼白で震えることしかできなかった。
 
「ど、どうして……?」
 
 充央はポニーテールの騎士に思わず尋ねた。
 彼女が村を守る騎士であることはわかる。だが、異邦人の充央を庇う義理はないはずだ。
 
「――それが決まりだからだ。我々機械人形は人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」
 
 恐らく彼女たちを最初に設計した人物が定めたのだろう。機械人形の倫理とも呼べる信念を口にし、彼女は凛と前を見据える。
 
「貴様! 姉さまによくも!」
 
 もう一人の騎士が怒った顔で走ってきて、あっという間にモンスターを倒す。
 だが、モンスターは無限増殖を繰り返しており、一向に数が減らない。
 
「ちっ、キリがない……」
「一気に片を付けるぞ。援護を頼む」
「了解」
 
 怪我をした腕を気遣うように支えながら、騎士たちが一緒に剣を地面に突き立てる。
 
「汚染状況、確認。レベル3。インターロック限定解除。これより敵を一掃する」
 
 二人で剣を構え、同時に技を放つ。
 
「喰らえ! ファイアーアバスト!」
 
 呪文とともに、辺り一帯が炎に包まれる。
 瞬く間にモンスター達が霧散し、地面の色が元に戻った。
 
「――浄化作業完了」
 
 騎士たちが剣を鞘に納める。
 
(す、すごい……あんなにいた敵が一瞬で……)
 
 充央は驚嘆した。
 モンスターだとか、騎士だとか。そんなものが当たり前に存在している。
 異世界に来たのだと、否が応でも実感した。
 
「騎士様!」
 
 少女が笑顔で騎士たちに駆け寄っていく。
 
「怪我はないか? そこの客人も」
 
 ポニーテールの騎士は少女の頭を撫で、充央に視線を向ける。
 
「いや、それはこっちの台詞! 君の方こそ! 血! 血が!」
 
 流血している彼女の左腕を指さし、充央は叫んだ。
 しかし、ポニーテールの騎士は涼しい顔で、
 
「問題ない。すぐに治療する」
 
 と踵を返した。
 何をするのかと見ていると、彼女は石垣の陰に置いていた荷物の中から旧式のパソコン一式を取り出した。
 
「パソコン?」
 
 充央は怪訝な顔をした。
 見たところ中世風のこの異世界に、何故パソコンがあるのだろう。
 しかも、二十年以上は旧式の、古いデスクトップパソコンだ。
 
「知らないのか?」
「いや、知ってるけど。そんなことより、怪我なら早く病院に行った方が……って、ええっー!?」
 
 充央はまたもや声をあげた。
 ポニーテールの騎士がおもむろに服を脱ぎ、パソコンのケーブルを自分の背中に接続したからだ。
 
「私は機械人形だからな。病院など必要ない。プログラムを書き換えれば、いくらでも修復可能だ」
「そんな馬鹿な……」
 
 充央は半信半疑で彼女を見つめた。
 この世界の物理法則は一体どうなっているんだ? いや、彼女たちは機械人形だから、機械工学か。
 プログラミングをすれば、損傷した腕が修復する? ハード面の損傷も、ソフト面のバグと同じように直せるとでもいうのだろうか。
 ポニーテールの騎士は荷物の中から古文書を取り出し、該当ページを見ながら、キーボードを叩き始めた。
 
「public static void main……」
 
 なんと一本指打法である。
 
(そんな馬鹿なー!)
 
 キーボードをのろのろと押す彼女に、最後まで修復を任せていたら日が暮れかねない。
 見かねた充央は彼女のそばに駆け寄り、パソコンを奪った。
 
「貸せ! なんだかよくわからないけど、このプログラムを打てばいいんだな!?」
 
 古文書の記述を頼りに、充央はプログラムを高速で打ち始める。
 彼女はぽかんと口を開けて、充央を見上げた。
 
「何だ貴様、その指さばき……もしや魔導士の生き残……うっ!」
 
 左腕が痛むのか、彼女が低く呻く。
 
「喋るな! 俺はどこにでもいる、普通のSEだよ!」
 
 充央は真剣な表情でプログラムを打ち込み、最後に華麗にエンターキーを押した。
 彼女の体が光で包まれ、瞬く間に左腕が修復されていく。
 
「本当に治った……!」
 
 腕だけでなく、破れていた彼女の服や装備も綺麗に直ったようだ。
 少女が興奮した面持ちで、充央の腕にしがみついてくる。
 
「お兄ちゃん、すごい! 魔導士様なんて初めて見たよ!」
 
 どうやらこの世界の人間は、『プログラミングができる人間=魔導士』という認識らしい。
 
「だから俺は魔導士なんかじゃ……栄田充央っていう普通の名前があってね……」
「私はヒナ! 騎士様たちは……」
 
 少女はそこで言い淀み、騎士たちをちらりと見た。
 ポニーテールの騎士が淡々とした表情で答える。
 
「私たちには名前がない」
「え……」
「私が姉で、こっちが妹だ。好きに呼んでくれて構わない」
 
 ポニーテールの騎士がツインテールの騎士を指さす。
 充央が困っていると、機械人形には型番はあるが、個体識別番号は付与されていないのだと教えてくれた。
 ただでさえ似通った外見なのに、本人たちはそれで不便ではないのだろうか。
 
「改めて礼を言おう、魔導士どの。……いや、ミツオどの」
 
 ポニーテールの騎士が正面から充央を見つめ、握手を求めてくる。
 
「ミツオでいいよ。こっちこそ、さっきは庇ってくれてありがとう」
 
 充央は彼女の手を握り返す。ひんやりとした、機械の手だった。
 
 

 
 
 月明かりが照らす村の広場。
 大きな焚火を囲み、村人総出で充央を迎える宴が開かれていた。
 
「ささ、飲んでください、魔導士様」
「騎士様を助けてくださって、本当にありがとうございました」
 
 充央は村人から注がれた酒をありがたく飲み干す。
 
「騎士様は村の守りの要です。最近は穢土(えど)から発生するモンスターの数が増えて、騎士様たちも手が足らず……」
 
 村人たちは、黒く汚染されたあの土地のことを『穢土』と呼んでいるらしい。
 情報収集も兼ねて、充央は村人たちに問いかけた。
 
「教えてください。穢土っていうのはいったい何なんです? あの子たち騎士は、どうしてモンスターと戦ってるんですか?」
 
 村人たちは充央の食い気味の質問にたじろぎながらも、教えてくれた。
 今から三百年ほど前、突如として地球上の約半分の土地が暗黒面へ転じたこと。
 穢土から湧き出るモンスターを退治するため、当時の政府が機械人形を各村に数体ずつ配置したこと。
 
「昔は騎士様のほかに、彼女たちを修理する魔導士様も代わる代わる村にやってきたそうだ」
「ああ。そのおかげか、当時の騎士様は無敵に近かったと聞く。少なくとも村の周辺に湧く、雑魚モンスターにやられるなんてことは……」
 
 暗く沈んだ村人たちの表情を見るに、魔導士たちは亡くなって久しいようだ。
 機械人形たちと違って、人間には寿命がある。皆、後継者を育てる余裕もないまま、逝ってしまったのだろう。
 
「ですが、新しい魔導士様が来てくださったからには、我が村は安心安全! 末永く安泰です!」
 
 村人の一人が充央の手を握りしめ、きらきらと期待に満ちた眼差しを向けてくる。
 彼の中では、このまま充央が村の一員として定住することが決まっているらしい。
 有難い申し出だけれど、今日異世界にやってきたばかりなのだから、迂闊な返事は避けるべきだろう。
 
「あの、俺……ずっとここにいるって決めたわけじゃ……」
「なんですってー!?」
 
 充央のもう片側にいた村人が、大きく目を見開き、仰け反る。
 
「決めてください! 今すぐ!」
「逃しませんよ!」
 
 村人たちに両側から腕を掴まれ、充央は苦笑した。
 SEとしての腕を見込まれていることは、単純に嬉しい。だが、魔導士の仕事は、騎士と一緒に村を守ることだ。村人たちの命がかかっている。そんな責任重大な役割が、はたして自分に務まるだろうか。
 夜空に焚火の火の粉が舞い上がる。充央の悩みをよそに、宴はまだまだ続きそうだった。
 
 

 
 
 村の宿屋に戻ってきたのは、それから二時間ほど経った頃だった。
 疲労の残る足取りで、充央はギィギィと鳴る木の階段を上る。
 部屋のドアを開けると、ベッドに髪を下ろした金髪の機械人形が腰かけていた。
 
「遅かったな、ミツオ」
「えっと……」
 
 姉か妹か見分けがつかず、充央が戸惑っていると、彼女が親切にも教えてくれた。
 
「私は姉の方だ。妹は今、隣村へ調査に行っている」
「調査?」
「なんでも新手のウイルスが流行っているとか……。隣村の騎士から救援要請が来てな」
「え? それ、君は行かなくていいの?」
 
 この質問は少し無神経だったかもしれない。彼女が寂しそうに目を伏せる。
 
「私が行っても足手まといになるだけだ。今は他にやるべきことがある」
「?」
「ミツオにしか頼めないことだ」
 
 充央が困惑してると、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた。
 
「わー! 何してんの!?」
「服は邪魔だろう」
「じゃ、邪魔って……!?」
 
 充央は慌てて周囲を見渡した。何故急に脱ぎ始める!?
 機械人形とはいえ、仮にも女の子だ。お、お、女の子が、男と二人きりの密室で服を脱ぐなんて!
 
「悪いが、事は一刻を争う」
「そんな……っ!」
 
 俺まだ心の準備が! 童貞の充央はパニック寸前だった。
 彼女がブラジャーの肩ひもを外し、悩ましい表情で名前を呼んでくる。
 
「ミツオ……」
 
 ドッドッドッと鼓動が高鳴る。夢にも思わなかった展開だが、きっと神様が与えてくれたチャンスに違いない。童貞を捨てるなら今だ。
 彼女が充央の耳元で囁く。
 
「私の……体を……」
「……!」
 
 充央はごくりと唾を飲んだ。
 
「メンテナンスしてくれないか?」
 
 充央は大きくすっころんだ。
 
(期待したー! 俺の馬鹿―!)
 
 充央は心の中でさめざめと泣いた。
 彼女はきょとんとした表情で首を傾げ、
 
「どうだ? するのか? しないのか?」
 
 と訊いてくる。
 充央は血の涙を流しながら、即答した。
 
「するよ! しますよ! 俺にできることならね!」
「助かる」
 
 彼女が充央に古びた本を差し出してくる。彼女の体の修理マニュアルだろう。
 
「昼間、治してもらったばかりで悪いが、長年酷使したせいで、体中にガタがきていてな」
 
 彼女がボキボキと肩を回す。
 充央はマニュアルを受け取ると、部屋にあったパソコンを起動させた。そして、昼間見た手順の通り、彼女の背中にパソコンのケーブルを接続する。
 
「具体的にどこが悪いの?」
 
 気になってしまうのは、もはや職業病に近い。機械人形の構造自体に興味もあった。必ずしも不具合を直せるとは限らないが、自分にできることなら力になってやりたい。
 彼女は振り向いて、自分の胸の谷間を指さした。
 
「ここだ」
「胸……?」
「私のコアが入っている」
「えっ!? うわっ!」
 
 彼女は充央の手をとり、強引に自分の胸に触らせる。
 
「わかるか?」
 
 充央は赤面しながらも、指先の感覚に集中した。
 ひんやりとした彼女の肌の下。トク……トク……と静かな鼓動を感じる。
 まるで鍾乳洞に一滴ずつ落ちる水のように、ゆっくりとした鼓動。
 しばらくして、充央は異変に気付いた。
 
「鼓動が……遅い?」
「そうだ。日に日に稼働効率が落ちている」
 
 彼女が悲しげに目を伏せる。
 
「今まで自分なりに古文書を読み解き、メンテナンスしてきたつもりだが……」
 
 彼女の話を聞きつつ、充央はパソコンに表示された画面を見た。
 
「うわ、なんだ、このソースコード! ぐちゃぐちゃ!」
 
 充央は思わず頭を抱えた。
 オリジナルのソースコードが使われていることは想定範囲内だが、それがいったい何種類使われているのだろうか。
 しかも、複数の魔導士の手によって、絆創膏を貼るような修正が繰り返されている。本当はコア部分を修正した方が良いのに、小手先技で対応する修正ばかりだ。
 
「どうしてそんな実装になった? 嘘だろう? 何だこの変数名……ソースコードのコメント欄まで当てにならないとか、地獄か!?」
 
 彼女が心配そうに充央を見つめてくる。
 ソースコードの中にはたしかに彼女自身が書いたような記述もあった。……が、どれもまともに機能していないどころか、あちこちでバグを起こしている有り様だ。
 
「ああ、もうわかったから! 君はそこでじっとしてて」
 
 充央は腹を括った。非常に面倒くさいけれど、今この場に彼女を直してやれる人間がほかにいないのならば、自分がやるしかない。
 
「私は治りそうだろうか?」
「治る治らないじゃなくて、治すんだよ! まずはバグを一つずつ見つけていくから」
「感謝する。頼もしいな、ミツオは」
「……っ!」
 
 充央は思わず赤面した。頼もしいだなんて、言われたのは初めてだ。
 パワハラ上司のおかげで、無茶ぶりへの対応なら慣れている。だから、彼女のお願いなんて可愛い部類だ。
 
「別に……技術者として当たり前のことをするだけだよ」
 
 照れ隠しに頬を掻き、格好つけてみる。
 笑われるかと思ったが、彼女は充央の言葉をそのまま信じたようだった。
 なんだか調子が狂う。無条件に寄せられる信頼が、心地よくもくすぐったい。
 責任重大な仕事だけれど、彼女の期待に応えるべくがんばろう、と充央は奮起した。
 
 

 
 
 それから本格的に彼女のメンテナンスが始まった。
 宿屋を拠点として、まずは全身の精密検査から始める。
 彼女をベッドに横向きに寝かせ、充央はパソコンにデータを取り込んだ。
 長らく本格的なメンテナンスを受けていなかったせいだろう。彼女の体はいたるところにバクが起きており、よく今まで動いていたなと感心するほど、ひどい状態だった。
 
 次に、不具合箇所の特定と原因の調査だ。古びたマニュアルを読み込み、充央は昼夜問わず作業に没頭した。
 プログラミング作業は、基本的にトライアンドエラーの繰り返しだ。頭の中で仮説を立て、不具合の原因となっていそうな記述を修正し、処理を実行する。無事コンパイルに成功すれば儲けもので、違っていたら一から作業のやり直しだ。
 
「すまない。面倒をかける」
 
 彼女が時々申し訳なさそうに後ろを振り返ってくる。
 
「いや、俺が未熟なだけだから。こっちこそ、何日も付き合わせちゃってごめんな」
 
 メンテナンスを始めて三日が過ぎたところで、充央はメンテナンス日程の見直しを決めた。
 複雑怪奇に入り組んだ彼女の体を直すには、一回のアップデートでは足らない。できたら本格的にテスト環境を作って、色々と試してみたいことがある。工作は苦手だが、仕方ない。
 
 充央はドライバーを片手に、見様見真似で彼女のテストボディを作り始めた。
 途中で失敗し、テストボディが爆発するトラブルもあったが、自分の技術が必要とされていると思うと、自然とやる気が湧いてくる。
 
(そうだ、俺がSEになろうと思ったきっかけは……)
 
 窓の外に視線を向けると、眩しい朝日が目に差し込んでくる。
 目の下にクマを作りつつ、充央は充実した表情で微笑んだ。
 そこに、彼女がマグカップを持ってやってきた。
 
「はかどっているようだな、ミツオ」
 
 においからしてコーヒーだろうか。
 彼女はカップを充央の机に置くと、呆れたように腰に手を当てた。
 
「まるでお前の方が機械人形のように見えるぞ」
「え?」
「人間というのは毎日八時間ほど睡眠が必要なのだろう?」
 
 充央がまた徹夜をしたことを、彼女は怒っているようだった。
 
「つい集中しちゃって……」
 
 充央は照れ笑いを浮かべた。
 好きなことに集中すると時間を忘れてしまうのが、幼い頃からの充央の癖だ。
 いつまでも動き続けてしまうという意味では、たしかに睡眠を必要としない機械人形と同じかもしれない。
 
「君こそ、体の調子はどう?」
「上々だ。おかげさまでな」
 
 彼女が上腕を曲げてみせる。
 テストボディを使った本格的なメンテナンスはこれからだが、応急処置は問題なく完了したようだ。
 
「それはよかった。でも、無茶はすんなよ。君の体は今、継ぎ接ぎだらけなんだから」
「修正パッチというやつだろう? わかってる」
「できたら実戦の前にテストをしたいところだけど……」
 
 コーヒーを飲みながら雑談をしていると、突然、部屋に村人が息を切らせて駆け込んできた。
 
「騎士様、大変だ! 妹君が! ……ぐああっ!」
 
 村人が背後から斬り倒される。充央たちは慌てて立ち上がった。
 部屋の外に何かいる――。
 
「ア゛~~ヴア゛~~」
 
 村人の体を踏みつけて現れたのは、肌を緑灰色に染めたツインテールの騎士だった。
 
「お前……!?」
「妹さん……だよな?」
 
 彼女が咄嗟に充央を背に庇う。
 
「ヴォ~~~ヴグォ~~」
 
 妹騎士が奇妙なうめき声をあげながら、充央たちに襲い掛かってくる。
 
「危ない!」
 
 彼女が咄嗟に妹騎士の攻撃を剣の鞘で受け止める。その衝撃で床に亀裂が走った。
 
「部屋が……」
 
 天井からパラパラと壁紙が降ってくる。
 たった一撃で、宿屋が崩壊寸前になるほどの怪力。
 初めて出会ったときも、妹騎士は強かったが、ここまで化け物めいた力はなかったはずだ。
 
「外へ出るぞ! ミツオ」
 
 彼女が二階の部屋の窓から外に飛び降りる。
 充央は一緒迷ったあと、パソコン道具一式を持って彼女に続いた。
 

 *
 

 彼女が妹騎士と激しく斬り合っている。
 充央はパソコン道具を持ちながら、少し離れた場所からそれをはらはらと見つめていた。
 
「……っく、やめろ! 一体どうしたんだ!?」
 
 彼女は妹騎士の攻撃を必死に受け流しているようだ。
 
「ヴガァ~~グォ~~」
「私の声が聞こえないのか!?」
 
 彼女は悲壮な顔で叫んだ。
 妹騎士はまるでゾンビのように口を半開きにし、焦点の合わない目をしている。
 
(完全に正気を失ってる……!)
 
 妹騎士はたしか隣村へ調査に向かっていたはずだ。
 新手のウイルスが流行っているからと、救援要請を受けて……。
 待てよ? ……ウイルス?
 充央は嫌な予感がして、彼女に警告した。
 
「妹さんは新手のウイルスにかかったのかもしれない」
「ウイルスに?」
「隣村で流行ってるって言ってたろ」
「馬鹿な! 私たちは機械人形だぞ!?」
 
 彼女は充央の言っていることが信じられないようだった。
 たしかに機械人形が病気にかかることはありえない。だが、例外もある。
 
「コンピューターウイルスって言って、機械でもかかる病気があるんだよ!」
 
 充央は叫んだ。
 突如として変貌した妹騎士の様子。外見も能力もまるで、何かに取り憑かれたように別人になっている。
 状況からして、隣村でコンピューターウイルスに罹患したとしか考えるのが妥当だろう。
 
「仮にそうだとして、私はどうすればいい。どうすれば、あの子を救える?」
 
 彼女は一度妹騎士から間合いをとり、充央のそばにやってきた。
 メンテンナンス中の体では防戦するだけで精一杯のようだ。肩で大きく息をしている。
 
「……ウイルスを除去するしかない」
 
 充央は答えた。この後の展開を予想して声が震える。
 
「どうやって?」
「俺が……あの子の体に直接アクセスして、ウイルスプログラムを見つけ出す」
 
 充央は正面からゾンビ化した妹騎士を見つめた。
 本音を言えば、近づきたくない。相手は理性を失った凶暴な獣。命が大事なら、ここは退くべきだ。……わかっている。わかっているけれども。
 もし自分がここで逃げたら、彼女はどうなる?
 きっと一人で戦い続けるだろう。ただでさえ、メンテナンス中でボロボロの状態なのに、後継機の妹騎士相手に無理をしたら、壊れてしまうかもしれない。
 
(勇気を出せ、俺! できない理由より、できる方法を探すんだ!)
 
 充央はぐっと拳を握りしめた。彼女に向かって指示を出す。
 
「君は、俺の作業が完了するまで、あの子の足止めをしておいてほしい」
「承知した」
 
 足止めと簡単に言っても、実際にやるのは非常に難しいはずだ。
 しかし、彼女は迷うことなく妹騎士に向かって突進していく。
 
「ヴォ~~~オオオ!!」
 
 妹騎士も剣を構え、全力で襲い掛かってくる。激しい剣戟の音が響く。
 充央は妹騎士の体を素早く観察した。
 
(あの子も機械人形だ。体の造りが彼女と同じだとすれば、恐らく……)
 
 ――あった!
 妹騎士のちょうど背中の中央に、充央はケーブルの差込口を発見した。
 
「行くぞ、ミツオ!」
 
 彼女の掛け声に、充央はやる気に満ちた表情で頷いた。
 
「ああ……!」
 
 すると、何を思ったのか、彼女がいきなり妹騎士の剣の前に躍り出た。
 妹騎士の剣が、彼女の胸を正面から貫通する。
 
「……っ!? 何やって……!」
 
 充央は目を見開いた。
 彼女は胸で剣を受け止めたまま、荒い呼吸をしながら、充央を見遣った。
 
「……足止めだ。長くは、もたん、ぞ……」
「馬鹿! そんな無茶しろなんて言ってない!」
「機械人形の、原則通り……人間に、あたえられた命令に……従ったまでだ」
「自分を守るのも原則だろう!?」
 
 充央は怒鳴った。たしかに妹騎士の足止めを依頼したが、身を挺してまで行えとは誰も言っていない。
 機械人形の原則を最初に決めた人間に、充央は抗議してやりたい気分だった。
 
「いいから早く……今のうちに……」
「わかってるよ!」
 
 何はともあれ、彼女が自分を犠牲にしてまで作ってくれたチャンスだ。
 彼女は後ほど修理するとして、先に妹騎士を大人しくさせなくては。
 充央は素早く妹騎士の背に回り込み、パソコンのケーブルを接続した。
 
「ヴ……ア゛……?」
 
 妹騎士が彼女の胸に刺さったままの剣を抜こうともがく。
 しかし、彼女は剣身をしっかりと両手で掴み、妹騎士に抜かれるのを防いでいた。
 
「いい子だから……大人しく、メンテナンスを、受けるんだ……」
「ア゛……ア゛……」
 
 その隙に充央は高速でパソコンを立ち上げ、妹騎士の体内をモニタリングした。
 コマンドプロンプトから、手当たり次第に点検していく。
 
(全ディレクトリ、タスクマネージャー、異常なし。隠しファイルもない。なら、あとはレジストリに……あった! これだ!)
 
「ウイルススキャン完了! アンインストール開始!」
「ウガァー! ヴオオ!」
 
 妹騎士が苦しそうにうめき声をあげる。
 どうやら、このウイルスファイルで当たりのようだ。
 
「20%完了!」
 
 充央はパソコン画面を見ながら進捗を報告した。
 早く……早くしてくれと願う。
 地面にぼたぼたと彼女の血が垂れていくのが見えたからだ。
 
「痛いか……? でも、私も、痛いぞ……。一緒に……我慢しような」
 
 彼女が妹騎士に慈愛の表情を向ける。
 胸を貫かれてなお、妹を気遣うなんて。長い間、二人きりで村を守ってきた彼女たちの間には、充央が想像もできないほど深い絆があるらしい。
 
「50%完了! もう少し耐えてくれ!」
 
 妹騎士の肌の色が半分、元に戻る。
 充夫は彼女を鼓舞するよう、力強い声をかけた。
 
「ヴ……ヴ……っ!」
「80%完了!  あと少しだ」
「ア゛、グ……ヴ! ヴガア゛ア゛ア゛ア゛!!」
 
 妹騎士が苦しそうに叫ぶ。
 ウイルスが暴走して、体内を荒らしまくっているのだろう。
 可哀想だが、これを乗り越えてもらわなくては、ウイルス除去が完了しない。
 充夫は心を鬼にして作業を続けた。
 
「98……99……100!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
 
 アンインストールのダイアログ画面が閉じると同時に、妹騎士が剣を手放した。全身から力が抜けたのか、その場に座り込む。
 
「成功……したのか?」
 
 充夫は妹騎士の様子を伺った。
 緑灰色だった肌はすべて元通りの色に。そして、正気も取り戻したようだ。
 妹騎士は、瀕死の怪我を負った彼女を見て、大きく目を見開いた。
 
「ネエ、サマ……?」
「やっと気が付いたか……馬鹿者……ごふっ」
 
 彼女は吐血し、その場に膝をつく。
 充央は慌てて妹騎士の背中からパソコン道具一式を取り外し、彼女の元へ走った。
 
「待ってろ! すぐに君のメンテナンスも」
「無駄だ……コアがやられている」
 
 彼女は静かに首を横に振る。
 充央は絶句した。機械人形だから、どんなにひどい怪我をしても修理できると思っていた。コアがやられると、駄目になるなんて聞いていない。
 
「ごめんなさい、姉さま。私……私のせいで……」
 
 妹騎士が青ざめた顔で、恐る恐る彼女の胸に刺さったままの剣を抜く。
 途端に血が大量に噴き出す。
 見ていられなくて、充央は彼女の背中に回った。
 
「無駄かどうかなんて、やってみないとわからないだろ!?」
 
 彼女の服を下ろし、背中にケーブルを接続しようとするが、接続口が分断されていることに気付く。妹騎士の剣がコアを貫通したときに一緒に壊れたのかもしれない。
 
「嘘だろ!? これじゃ何もできない!」
 
 充央は悲鳴をあげた。
 
「他にないのか!? 接続口は!? 内部システムに干渉する方法は……?」
 
 充央は道具鞄からマニュアルを取り出し、急いでページを捲った。
 だが、それらしき記述は見当たらない。
 彼女が後ろを振り向き、充央の頬に手を添える。
 
「気持ちだけで充分だ、ミツオ……。妹を助けてくれて……あり、が……」
 
 彼女が地面に倒れ込む。充央は慌てて彼女の体を支えた。
 
「……~~っ!」
「姉さま!!」
 
 充央は唇を噛み締めた。こんなときに呼ぶ名前もないなんて。
 使い捨てを前提に彼女が作られているような気がして、気分が悪い。
 機械人形は人間に服従し、人間を守るもの。
 けれど、それ以上の意味を持たせてはいけないなんて、決まりはないはずだ。
 
 この想いは傲慢かもしれない。独りよがりと謗られるかもしれない。
 でも壊れゆく彼女に今、自分が唯一できることーー。
 
 充央は仰向けになった彼女の顔を膝に乗せ、言った。
 
「エリザっていうのはどう?」
「……?」
 
 あまりにも突然すぎただろうか。脳内処理が追い付かないのか、彼女の動きがしばしフリーズする。
 
「君の名前。俺、昔からロボットが好きで……俺がSEを目指すきっかけになったAIの名前がエリザっていうんだけど……」
 
 説明する声に涙が滲む。格好悪いと思うのに、鼻水が止まらない。
 彼女には感謝するばかりだ。異世界にやってきて、右も左もわからない自分を助けてくれた。村へと連れてきてくれた。
 そして何より、仕事をする楽しさを思い出させてくれた。人から頼られ、求められる幸せ。自分の技術で他人を笑顔にする喜び。
 彼女と出会わなければ、自分は二流SEとしてくすぶったままだった。
 
「エリザ……」
 
 エリザは、その名前を噛み締めるように反芻した。
 
「それが私の名か。良いな」
 
 エリザはふわりと微笑んだ。
 
「ありがとう、ミツオ」
「……!」
 
 その瞬間、充央はぎゅっと胸が掴まれたような感覚を覚えた。
 例えそれがプログラムされた、ただの演算結果だとしても。
 初めて見たエリザの笑顔は、宝物のように輝いていて。
 
 エリザが充央に向かって手を伸ばす。もうろくに目も見えていないのだろう。
 充央はエリザの手を両手で掴んだ。
 
「最期に、最高の……贈り物を……もら……え、たな……」
 
 エリザがゆっくりと目を閉じる。
 トク…トク…と遅い鼓動が永久に時を止める。
 充夫は絶叫した。
 
「エリザ……っ!!」
 
 もし自分が足止めしろだなんて命令しなければ。
 もし自分が一回のメンテナンスでエリザを直せていたなら。
 後悔してもしきれない。
 嗚咽とともに、つけたばかりの彼女の名前を何度も呼んで、充夫は虚空に叫び続けた。
 
 

 

 それから、一年が経った。
 
 充央は異世界に留まったまま、相変わらずパソコンに向かう毎日を過ごしていた。
 机には膨大な量の古文書が積まれ、今にも雪崩を起こしそうだ。
 部屋の外にはヒナや村人たちがいて、時折、充央に手を振ったり、応援したりしてくれる。
 
 エリザが居なくなってからの一年は、あっという間だった。
 早く完成したモ・ノ・を見たい、その一心でがむしゃらに研究に励んでいたせいもあるだろう。
 気がついたら、髪も髭も伸び放題で、充夫はまるで野人のような風貌になってしまった。
 
 けれど、自分の身なりに構っている暇はない。
 充夫はモニタを覗き込み、慎重に最終調整を行う。
 今まで仕事が嫌いだったのが嘘みたいだ。彼女のためなら、いくらでも集中できる。
 充夫はそんな自分に呆れつつ、誇らしくも感じた。
 仕事を通じて人の役に立つことができる。SEは自分の天職だと、今なら胸を張って言えそうだ。
 
 充央はパソコンを持って、ベッド脇へと移動した。
 ベッドには金髪の機械人形が寝かされている。充央が一年間にわたって改良を重ねたテストボディだ。
 
「ついに完成だ」
「本当に大丈夫なのか? ミツオ」
「エカラは心配症だな」
 
 充央は苦笑した。
 テストボディの傍らには、エカラと名付けた妹騎士が片時も離れず控えている。
 
「大丈夫だ。きっと成功する。こんなときのためにテストボディを用意しておいたんだからな」
 
 充央はテストボディにケーブルを接続し、パソコンで起動コマンドを入力した。
 ピッ、と音がして、主電源が入る。
 充央とエカラは固唾を飲んで見守った。
 理論上は正しいはずだが、はたして成功するか否か。
 
 窓から風が吹き込んで、ベッド横のカーテンを揺らす。
 テストボディがゆっくりと目を開けた。
 ガラスのように澄んだ青い目が、周囲を見渡す。
 
「おはよう、エリザ」
 
 充央は微笑み、名を呼んだ。
 まるで泣き笑いのような表情になってしまったのは、ご愛嬌だ。
 テストボディには、以前のエリザの記憶ユニットを移植してある。
 あとは正常に作動することを祈るのみだ。
 
 エリザは眩しそうに何度か瞬きしたあと、にっこりと笑った。
 
「おはよう、ミツオ」
 
 充夫が大好きな宝物のような笑み。
 ああ、良かった。エリザが帰ってきた。
 頬を伝って、温かい涙が零れる。
 
 エリザが目覚めたら言いたいことがたくさんあったはずなのに、言葉が出てこない。
 胸が詰まって、苦しくて、幸せで……。この上もなく狂おしい。
 
「エリザっ!」
「姉さま!」
 
 充夫とエカラは溢れる気持ちを代弁するように、待ち侘びた相手を両側から力一杯抱きしめたのだった。
 
 
《終》


© 2023 Mashii Imai

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