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「ソ連」にて #3

旅の目的はたくさんあった。
シベリア鉄道に乗ること。イルクーツクで大学のネイティブ先生の家族と会うこと、そして。。

オスタンキノテレビ塔

1967年に建てられた世界一の高さを誇るテレビ塔。訪れた当時はカナダにその座を譲っていたけど、540mの塔はなかなかの壮観だった。いかにも「ソ連らしい」デザインなのが、なんともくすぐられる。(おかしいかな)

赤の広場

モスクワといえば赤の広場。
当時はまだ米ソ冷戦時代。第3次世界大戦の可能性、といえばこの2大超大国がそれぞれの盟主となるだろう、そのもう一つの側の中心も中心。
アメリカにはその後旅行会社へ就職してから「お客様をお連れする」という形で本土にも踏み入れたけど、ワシントン、ニューヨークには辿り着けなかった。
しかしこの時代に日本ではあまり好ましく思われていない側の真ん中に立っている、という実感はこれはまた震えるものがあった。(おかしいかな)


そして次は、ボルゴグラード。
かつてスターリングラードと呼ばれていた時代に第2次大戦で最も多くの犠牲者を出した独ソ戦の舞台。
これを祈念するモニュメント群が圧巻だ、というのを事前に写真でも見ていたので、ぜひ現地を訪れ、この目で確かめたかった。

ボルゴグラード

街全体がオブジェのようで、さらにこのモニュメント群は広範囲に視覚効果を生むようになっている。この写真の奥に見える女性像は圧倒されるほど大きい。

近づいていくと物語のようにモニュメントが現れる。

この「母なる祖国像」、持っている剣の先端まで85m。足元には戦没者の慰霊廟のようなものがあって、各個人の名前がびっしりと埋まっている。多すぎて最初は模様のようにしか見えなかった程。絶え間なく厳かな音楽が流れ、入口では衛兵が見守り、よくみる交代式のようなものも見られた。

「戦争は起こさない」
「過ちは二度と繰り返さない」

これはどちらかというと「日本的」なものなのだ、ということをここに来て知った感じだった。

ここで受けた印象は

「絶対に祖国を守る」
「二度と侵略は許さない」

こういう、意識、想いのズレ、相違からしても、日本人として、今の状況は一切理解できない。出来る訳がない。


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