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フロリダ州ペンサコーラ 10

「あんあたね、レディーに向かっていきなりその言葉はないんじゃない、せめてマスタベくらいにしてくれない」

「いあ、マスタベっていう上品な言葉じゃ片付けられない、あれはオナニーとしか表現できない。ゆずかなんかなに感化されてやってるんだろうけどあれはほんとに公害、社会悪だよね」

「確かに」

「俺がさ、彼女と映画見たあとで、ご機嫌で、さーてディナーは何にしようかなって思ってるときに愛がどうした、恋がどうしたっていう五秒で思いつくような糞みたいな曲を無許可で俺に聴かすわけね。俺は恐ろしく不愉快になるわけだからあれは精神的苦痛で訴えられると思う。それであいつらは無許可で俺に糞みたいな曲を聴かせるわけだから俺も無許可でやつらのネックをへし折ることくらいしてもいいはずなんだけど、もしそれをしたら器物損壊かなんかでパクられるんだろうね」

「そうだね、暴走族を取り締まる法律があるんだから彼らを取り締まる法律があってもいいのにね」

「いいこというね、そうなんだよね、でもおれは路上ライブが悪だとは思ってないんだよ。ボン・ジョヴィがいつだったか忘れたけどLAに突然現れてゲリラライヴ始めたの。一〇〇〇人単位で人垣ができたらしいんだけど、それはありなのね。ポリスも『ジョン、頼むよ、今日だけにしといてくれよ』みたいなこといったんだよ、それはあり、超クール、なぜなら彼らは圧倒的に歌が上手いから俺かぶりつきでみちゃうもの。暴走族だって同じことがいえるんだよ、あれはどうみても社会悪じゃない? でもね、かりに俺が高速車で走っててその横をスペンサーとドゥーハンとマモラが二五〇キロで疾走していったら一瞬ビビルだろうけど、イケー、スペンサー、お前は赤い彗星ならぬ蒼い彗星だーって応援しちゃうもの」

「誰それ? マサの比喩全然理解できない、むしろ比喩を使って話をややこしくしてる」

「スペンサーたちは俺が小学生くらいのときに一番好きだったバイクのレーサー。赤い彗星については今度実際にシャー専用ザクを作らせつつ、二時間に及ぶガンダムのニュータイプ論を講義してやる」

「ああ、ガンダムね、なんか聞いたことある」

「やっぱりオナニーは部屋でこっそりAVみながら右手でやるもんなんだよ。路上でしてはいけません。ちなみに俺はこよなく白石ひとみ嬢を愛してて、こっちにも一本持ってきてるけど今度一緒に観る?」

「きゃー、なに、あんた、そうやって女部屋に連れ込んでるの? もうその辺のオヤジのセクハラどころの話じゃないよ、犯罪。マサが一瞬でもまともなこといってるって思った自分が許せない」

「いやいや、ひとみ嬢の出演しているAVには知性と圧倒的なエロスがあった」

「もういいって。でもさ、マサはもう人前では弾かないの?」

「いや、そんなことはないよ、まあつまんねー連中とバンドとかするつもりはさらさらないけど」

「じゃあさ、さっき弾いてたみたいなの聴かせてくんない、なんかよかった」

マサは指によく馴染んだ様子のブルースを弾いてくれた。ピックを使わないで時折フレットに弦をぶつけたりして、ヘヴィーな音色を自在に操ったかと思うと、ときには丸みのある音色を指弾きのアルペジオで奏でた。

マサにとってギターは本当に必要なもので、そしてそれは決してマスターベーションなどではなかった。マサがPTSDと正式に分かったのは二三歳のときだったけど、実際はマサの家庭が破綻していき幼時虐待が行われていた時点でマサはPTSDだったのだ。

カウンセラーも薬もないマサにとってギターで自分のコントロール不能な感情を癒していたのだと思う。マサの奏でるギターはほんとに優しくわたしの胸に響いた。

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