ウィリアム・フリードキン監督、ジーン・ハックマン主演『フレンチ・コネクション』
1971年にロビン・ムーアのノンフィクション小説を基に映画化したクライム刑事アクション『フレンチ・コネクション』。監督は1973年に『エクソシスト』、1977年にリメーク版『恐怖の報酬』、1978年に『ブリンクス』、1980年に『クルージング』、1985年に『L.A.大捜査線 狼たちの街』ほか、数多くの作品を手掛ける鬼才ウィリアム・フリードキン。主演は名優ジーン・ハックマン。共演はロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ、トニー・ロビアンコほか。第44回のオスカーでは作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、編集賞の5部門を受賞した。この後、1975年にはジョン・フランケンハイマーが監督して、第1作のその後を描いた続編『フレンチ・コネクション2』が作られた。
筆者が最初にこの作品を観たのはテレビ放送だった。初放送されたのは1974年10月11日のフジテレビ『ゴールデン洋画劇場』で、ハックマン=小池朝雄さん、シャイダー=羽佐間道夫さん、レイ=大平透さん、ビアンコ=山田康雄さんというボイスキャストで、もちろん、初放送ではなくリピート放送だった。その後はこのバージョンが各局の洋画劇場で放送されることが多かった。ちなみに、レーザーディスク発売時にも違う吹き替え版が制作され、ハックマン=内海賢二さん、シャイダー=羽佐間さん、レイ=大木民夫さん、ビアンコ=青野武さん。現在、レーザーディスクが再生できないので、この吹き替え版は幻だと思われていたが、スターチャンネルさんが発掘し、もう何度か放送されている。今後も機会があるかと思うので、スタチャンに加入している方はチェックしてみてはいかがだろうか。そして、ようやくスクリーンで観られたのは『第2回午前十時の映画祭 青の50本』のときで、映画館の大きなスクリーンでこの映画を観られたことが本当に嬉しかった。
舞台となるのはニューヨークとマルセイユ。ハックマン演じる“ポパイ”と呼ばれる刑事のドイルとシャイダー演じる相棒のルソーが麻薬ルートの捜査をしていたとき、ナイトクラブで札びらを切っているビアンコ演じるサル・ボカと妻に目を付け、張り込みを続ける。そして、レイ演じるサル・ボカからつながる麻薬ルート“フレンチ・コネクション”の黒幕シャルニエが取引のためにマルセイユからニューヨークにやってくるというのがあらすじだ。映画はドキュメンタリータッチで展開し、手持ちカメラを駆使した映像は緊張感を盛り上げ、ドイルやシャルニエの一挙手一投足から目が離せない。特に秀逸なのは、ドイルがシャルニエを尾行して地下鉄で巻かれ、後半ではその逆になるというシーン。そして、ポパイが自分の命をねらった殺し屋の男が電車で逃げるのを車で下の道路を並走しながら追いかけるというカーチェイス。さらに、クライマックスのポパイとシャルニエの追跡劇は緊張感をさらに高めたまま唐突なエンディングを迎える。最初に観たときはここで終わってしまうのかと思ったものだったが、続編が生まれたことでポパイとシャルニエの顛末が観られたのは良かったと思う(どうなるのかは2を書くときに詳しく)。
先日、旧知の小玉大輔さん(@eigaoh2)のツイートで、『フレンチ~』が配信されている一部動画サイトで差別的な表現がされているシーンの一部が編集されているということを知った。それが配信元によるものなのか、配給側によるものなのか、監督自身が再編集したものなのか(ディレクターズ・カットという話も)は今のところまだ定かではないが、これは正直、いかがなものかと思う。映画というものはその時代を象徴するもので、意義があって作られたものだ。それを現代に合わせて変えるなんて、何と愚かなことだろう。その映画の歴史的価値を下げるだけでなく、芸術に対する冒とくだと思う。日本のドラマや時代劇が地上波やBS、CSなどで再放送されるとき、「当時の制作者の意図を尊重し、オリジナルのまま放送します」というテロップを前か後に出してそのまま放送するのに。そんなことが許されるわけがない。なぜ、そういうことになっているのか、当事者は映画ファン、もしくは関係者に説明するべきだと思う。これは映画に対する脅威であり、今後の映画界を左右する大問題になりかねないからだ。
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