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例え話を使って、あなたに伝えたいことがあるんだ。



はじめに


例え話には目的があります。

本当に伝えたい何かをより輝かせるために、わざわざどうでもいい話をするんです。

どうでもいいなんて言い過ぎかもですが、例え話は飾りです。


飾り付けしてまで伝えたい何かがあるから、僕はこうして筆を執っています。


筆を執っている・・なんかカッコいいですね、実際はキーボードを叩いてるんだけど。(笑)



■第一章 あなたに見えている景色は、一側面でしかないよね。




山の東側のふもとにいるあの人と、西側のふもとにいるあの人が互いに主張し合って、批判し合ってるのを見ていると薄っぺらく感じるんです。


考えは人それぞれだから、みんなが正解!・・なんてお花畑の住人もいるけど、その人も南側のふもとにいるのかな?


山の頂きに登って全体を見渡せば、景色も変わってくるんだけど、登ろうとしてないよね、あなたは。





1. そんなことで自殺なんかされたら、たまったもんじゃない。


~人類が他の生物、天敵から逃れて生き残るためにはみんなで力を合わせなきゃダメなんだ!~


5年4組教室の黒板、他の立候補者の欄には、
正の字がトントンと書かれていく。


〇〇君、班長に当選確定!

〇〇さん、班長に当選確定!
〇〇君、班長に当選確定!


小学5年生の2学期始まりに、
僕らのクラスでは班長選挙が行われていました。


6つの席に、立候補者が7人。
残りは3枠。

まさか、俺は楽勝だろうと高を括っていたけれど
残りの枠が徐々に減っていきます。

須藤・・
高橋・・

須藤・・
大貫・・
須藤・・
須藤・・

大貫・・

高橋・・
高橋・・

・・・・

僕はその選挙でたった一人の落選者になりました。

そんなことでは凹まない。
ちぇっ!、馬鹿どもが俺を選ばないで。。

絶対に後悔させてやるからな。


そのクラスでは、班長が決定すると直ぐに
ジャンケンで班員を取り取りします。

取り取り・・


たった今、当選した6人の班長たちがジャンケンをして、
勝った順に好きな人を自分の班員にするシステムです。


机を6つの島にグループ分けして、
班長以外の全員が教室の後ろに立って、


自分はどの班長に選ばれるのかを、じっと待っています。


僕も選ばれる側。

「なんで、あいつらが取り取りしてんだ!
 なんで俺があそこでジャンケンをしてないんだ!」


クラスの人気者、ひょうきん者、綺麗な女の子、
かっこいい男の子、足が速い子・・

そんな子から順々に選ばれて、
それぞれグループ分けされた席に着いて行きます。


ふと気づくと、残されたのは、クラスでは目立たない子、
ちょっと冴えない子、
ちょっと綺麗ではない子
太っちょな子

そして僕がいました。


もうそろそろ、俺が指名されるだろう。


俺はどの班になるんだろう?
どいつが俺を取るんだろう?


まぁいいさ、俺はそこへ行っても好き勝手やるからな。
班長じゃなくたって関係ないさ。


ジャンケンで勝った班長が、渋い顔をしながら、「三井君。。」
三井・・あのデブ、俺より先に選ばれやがった。


次に勝った班長が、またまた渋い顔して、「川端さん。。」

なんであいつが俺より先に選ばれるんだよ!


あの班長も渋い顔して取るくらいなら、
俺を選べばいいだろう、バカ野郎!


僕はイライラしていました。


今、俺の隣に立っているのは誰だ?
こんな奴、クラスにいたっけ?


・・なんて思えるような目立たない、冴えない男の子でした。


彼と俺の二人だけ。


外れくじを引かされる2人の班長が、最後のジャンケン。


俺は、どっちの班になるのかな?
どっちが勝つのかな?


まさか、こいつと比べて、俺を選ばないわけがない。


僕の期待はあっけなく裏切られ、
僕は最後の一人になった。


班長選挙で一人落選して、
取り取りでは、一番最後まで選ばれないで、


1人教室の後ろに残されて。。
惨めだった。


平気だったけど。


「俺はあいつの班かぁ。外れくじ引かされたなんて
 思ってやしないだろうな?!あいつ。」


そんな僕の想像を遥かに超えた出来事がこの後起ころうとは、
その時の僕にはわからない。。


「根本くんはいらない!」
ジャンケンに負けた班長は、言い放ちました。


要らないって、俺しか残ってないんだから、
俺のこと取るしかないだろっ!


そいつからバトンを渡された、他の班長達もことごとく


「わたしも根本君はいりません!」
「根本くんはうちの班には来て欲しくありません!」


班長たちが「根本はいらない」と唱えると、
クラス中には歓声がわきます。


担任の先生が、
「みんながこう言ってるけど、根本、どうする?」


僕には意味がわかりませんでした。


「みんな~、これから根本くんをどうすればいいか?みんなで決めましょう。」

「じゃあ、班長!こっちに集まって!」


6人の班長達は、先生のところに集まって、
ひそひそと班長会議?を始めました。


その間中も僕は、1人教室の後ろに立たされて、
クラス中のいい見せ物になっていました。


普段、俺と喧嘩ばかりしている奴は、
この時とばかりに「ば~か!」と猿まねをしながら口パクする。


みんなは楽しそうだ。


いつも調子に乗り過ぎている悪ガキが、
1人ぽつんと立たされて、


いつ泣き出すんだ?
早くごめんなさいを言え!そしたら許してあげてもいいよ。


・・そんなふうに思ってたんでしょう。


これ、出来レースじゃないの?
はじめから仕組まれたシナリオなんじゃないの?


俺を懲らしめるために、誰かが仕組んだんだよな。。


だって、今考えても、おかしいでしょ。
小学5年生が、先生が決めたルールにのっとり班長選挙をして、
取り取りで班員を取り合って・・


普通なら、最後に残った外れくじ、引くでしょ。
「なんだ根本くん、私の班になっちゃったー、嫌だけどしょうがないやー」


・・ってなるでしょっ!
  それがルールでしょ。

なのに・・

「私は根本君はいりません!」
「根本君には僕の班には入って欲しくないです!」
 

小学5年生が、それもみんながみんな口を揃えて、
そんなことありえないでしょっ。

「みなさん!、これから根本君の追及会をしたいと思います!賛成の方は挙手をお願いします!」

班長会議が終わって、鬼退治の準備が整ったようです。


もうクラス中は拍手喝采。


「では根本君いいですか?」

「これから、みんなに根本くんにどうなってほしいのか?、
 根本君が何をどう反省したら、許してもらえるのか?
 それらを、みんなと話し合います」


「では、みなさん!何か意見がある人は挙手をお願いします。」


「はーい!、根本君がいつもいつも広川君のことをタルタルソースって呼んでます!それはいけないことだと思います!」


「はいっ!、根本君はきのう、公衆電話でデタラメな番号にかけて、
 クソ爺と言ってガチャって切っていましたー!」
 

「はい、はいっ!それなら、この前、根本君はよそのお家のインターホンを鳴らしてバ~カと言って逃げてましたー!絶対にやってはいけないことだと思いますっ!」


・・・


これは、何の会議だ?
俺を追及するって、全部お前らもグルだったじゃないか!


ピンポンダッシュだって、イタ電だって・・
一緒にやって、一緒に逃げてたのはお前らだろっ


そんな風に思いながら、
教室の後ろに一人立たされて、みんなに追及されて。。

話は逸れますけど、
ピンポンダッシュっ、訪問販売にも使えるんですよ。


都内の真昼間なんて、在宅率がすっごく悪いんですよ。
一軒一軒、ピンポーンって鳴らしてても、ぜんぜん出てこない。


だったら、いっぺんに10軒ピンポーンって押しちまえばいいんですよ。
ピンポン押したら、その通りの端っこでどのお家の扉が開くかを見てればいいんです。
そしたら、10軒中1軒くらいは、扉がきぃ~ってちょっと動くんですよ。

扉が開いたところに、こんちはぁ~って行けば、簡単でしょ。


どうせ出てこないんだから、
マンションの一フロアーなんて、一斉にピンポンダッシュです。


ごめんなさい。
話がそれましたけど・・・


追及会でしたね。


普段・・
話したこともない奴までが、手をあげて、
この時とばかりに俺のこと、なんやかんやと言ってくる。

「広川がいつもタルタル旨い旨いって、何にでもつけて食べるから、
 おい、タルタル!って呼んであげただけじゃん!」


「うわぁ~、ひど~い!」
「それで広川君がどんだけ傷ついているか知っていますか?」


俺が一言しゃべると、50倍になって返ってくる。
当時は子供の数が多かったから、一クラス40人~50人。


ほぼほぼクラス全員が、俺を目掛けて一斉攻撃してくる。


普段は何も言えないくせに。
直接俺には言えないくせに。



今考えると、この担任教師どうかしてますよね?


この後、この会議はどうなったのか?
それは機会があればお話するとして。。


僕は小学校のころから、こんなことばかりでした。
もうクラス一番どころか、町一番の嫌われ者でした。


それも、ずっとこんなことばかり。


班長選挙落選からの追及会。
帰りの会の追及会。
朗読中に、聞こえませ~んから始まった追及会。
給食袋投げ捨て事件の追及会。


中学生になっても、高校生になっても、大人になっても、


つい最近まで、
どこに行っても、そんなことばかりです。


耐えられますか?
一回や二回、自殺したっておかしっくないでしょ。


でもね。
もし僕が、今までの人生のどこかで自殺したとしますよ。

きっとみんなはこう思ったはずです。


「そんなことで自殺なんかされたら、たまったもんじゃない!」


もし、僕が自殺する際に、遺書でその理由を書いて、
俺のこと、誰誰が虐めやがった。
先生も一緒になって、俺のことを虐めやがった。

・・なんて書き残したら。


そいつら大変ですよね。
小学5年生を追い詰めたクラスメートとその担任教師!

週刊誌の表紙を飾っちゃいますよ。


彼ら彼女らは、一生負い目を感じながら生きていくんです。


実際、たまったもんじゃないですよね。
そんなことくらいで、僕が死んだら、いい迷惑ですよ。

僕はもう判っています。


人間は誹謗中傷する、そういう生き物だって。
ちょっと突飛なことを言うやつ、やる奴のことを叩こうとするんですよ。

出る杭は打たれるってね。

きっと人間の本能です。

人類が他の生物、天敵から逃れて生き残るためには
みんなで力を合わせなきゃダメなんだぞって。



原始時代、

集団でなら大きなマンモスを狩ることもできました。
でも、単独行動を取っていると、他の肉食動物の餌食になってしまいます。

人は一人では何もできない、生きていけない。


人は誰もがそれを知っていました。


一人でも自分勝手な行動をとる、輪を乱す者がいると、
生命の危険、人間の存続に関わってきます。


だから、絶対に許されない。
まわりと違う人、突き抜ける人を叩くのは人間の本能です。


逆に言うと、

そんな人の行動が許されていたならば、今の人類は無かったのかもしれない。


いじめ問題はなくなりません。
今まで多くの人たちがこの問題解決のために尽力してきましたが。

もちろん、そんな人たちを否定はしませんよ。
今目の前にいる、追い詰められている子供に手を差し伸べてあげるのは当然です。

でも、本能なんですよ、いじめは。


いじめは絶対に許さない・・なんて言ってるあなたにも、「人を叩く血」が流れている。

自分勝手な行動を取る人、周りと違うことをする人、飛びぬけてる人・・
そういう人が現れると、あなたの本能がざわつくんです。

でも、それでいい。
人類が生き残ってきた証ですから。

もしも、いじめがゼロになったとしたら、人類は滅びます。

そうですよね。

人類は集団で力を合わせて生き延びてきた生物ですから。
自分勝手な人間を野放しには出来ないんです。


いじめは許さない。
誹謗中傷は許さない。

・・そんな風に言ってる人は、いったい誰を叩いてるんですか?

あなたが叩こうとしているその人は、あなたから見れば悪人かもしれない。
だけど、彼らのいじめや誹謗中傷にも何かしらの理由があります。

あなたから見れば決して正当な理由にはなり得ない・・
彼らの本能がそうさせます。

彼らは私たち人類を守っているのかもしれない。
あなたが誰かを守るのと同じようにね。


いじめは許さない。
誹謗中傷は許さない・・

そんな風に正義の味方でいられるのは、
今あなたがとっても恵まれているからですよ。


誰でも、誹謗中傷する側の人間になる可能性があるんです。

もし、あなたがね、嫁さんに捨てられて、旦那さんに捨てられて、

彼氏、彼女に捨てられてね、、


一文無しになってね、、、公園に野宿するようになってね、


最低の暮らしになって、、、不幸のどん底になった時にね。。。。

あなたの目の前に、、、僕みたいな、、いい気になった奴が現れたら、、

誹謗中傷しちゃうでしょ、、したくなっちゃうでしょ、、この野郎って。。


不幸のどん底に落ちた時に、、あなたの周りに、寄り添ってくれる誰かがいれば、

あなたはそうならないかもしれない。

少しでも幸せな気持ちになれたら、心が安定していれば、
誰も誹謗中傷する側にはなりませんよ。

誹謗中傷してしまう人たちの心をケアしてあげてください。
彼ら彼女らは、今そういう悪い状況であるだけなんです。


旅人の服を無理やりはぎ取ろうとする北風じゃなくて、
太陽のようにあたたかく見守ってあげてください。


あなたも、いつ同じ立場になるかわからない。
今、あなたのすぐ目の前にいる人だって、いつ変貌するかわからないんです。


その人がそうなった時に、そうならないように、
あなたが寄り添ってあげてください。

そして、あなたが誹謗中傷する側の人間にならないように、
誰かに寄り添ってもらってください。


どうか、あなたはそうなる前に。。


当時の先生は、僕が叩かれているところを、、見て見ぬふりするどころか、小学生の僕にこう言ったんです。

『人は誰かを虐めて、毒を吐き出しているんだ。
 世の中の人たちを幸せにするために、根本がいるんだろ。
 それがお前の生きる意味だ。』

凄いですよね、この先生。
もしかしたら、気づいてたのかもしれない。

僕が毒を受け止めることが出来るんだって、知ってたのかもしれない。。


だから、僕もこう答えてやった。
「うん、知ってる!」




2. 体罰は時には必要なのか?それとも・・



こんにちは、令和教育委員会の根本優です。

いじめ問題とか体罰とか・・
いつの時代もそんな話題が世間を騒がせます。
あなたはどう考えますか?

いかなる時も体罰はNGなのか?
それとも場合によってはありなのか?

中学生になって、はじめて学生服ってやつを着た時の話です。

僕はあの学生服が大嫌いでした。 窮屈で。
首周りも、格好そのものも。

親からは、ちゃんとホックを閉めなさいとか、 だらしないとか、不良だとか言われてました。
僕は素直な良い子供でしたよ。
でも僕はいつも白いワイシャツの襟を立てて、 中に赤いTシャツをチラ見させて、 そんで1番上に黒い上着を着てました。
もちろんボタンなんか全部はずして。

ちょっと決まってるかな?・・なんて格好つけてたんですね。

そんなある日 担任の先生が。

「根本ー!俺の言ってることが判らんかー」

何? なに?

素直な良い子が、どんどん悪の道に染まっていく・・ みたいに先生は思ったのでしょうか?

右から左から、往復ビンタが飛んできます。

「おまえは何を考えてるんだー」

先生ひとりで勝手に盛り上がって。

その頃は子供だし、いちいち説明できないんですよ。
僕は不良なんかじゃありませんから、心配しないでください・・って、
ちゃんと説明できれば、殴られなかったかもしれない。

ただ、先生がそんな風だから、こっちだって対抗したくなるでしょ。
僕はただ先生をにらむだけで、なんにも言えない。
髪の毛引っ張られて、ビンタされて。。

今考えると、本当に腹立たしいけど、 この先生、アホでしょ。
僕はただお洒落を楽しんでただけ。
先生はそれに気づかないから、 お洒落する場所じゃないんだって教えられない。
悪い生徒って決めつけて。

当時、わけも解らずに殴られていました。
僕はいったいなぜ殴られているんだろう?
先生と僕の心は、全くつながっていなかった。

だから、先生の言葉の意味が僕には解らない。
僕の気持ちも先生には伝わらない。
子供だから、伝え方もわからない。


体罰は時には必要だって言ってる人・・ 愛があろうがなかろうが、殴ってるやつはお馬鹿さんだと思いませんか?

教育に信念を持って、時には愛の鉄拳を振るう指導者もいるでしょう。

でも、そんな先生たちは、鉄拳を振るうことでしか指導ができない。
体罰が時には必要なのは、本当に生徒なのでしょうか?

体罰という手段を、道具を、武器を必要としているのは指導者です!    

・・・なんて持論を展開しちゃいましたが、

愛情のある体罰が、良いのか悪いのか?
賛否両論いろいろなご意見があると思いますが、 そんなことを議論するつ
りはありません。

殴ってでも体で覚えさせて、後から心のケアをすればいい。
殴られた生徒も、
「あの時、先生が殴ってくれたから今の僕があるんだ。」・・なんて思う。

何が正しいのかなんて誰にも判りません。

問題は・・ 時に体罰も必要なのは「当然」とする考え方。
時には必要なんだと決めつけた時点で教育者として成長が止まっているんです。


そして、

いかなる場合も体罰は絶対にNG!・・と言っているあなたも思考停止状態になっています。

体罰とはコミュニケーションを補うための「道具」であるとは考えられませんか?

それを禁止するのなら、それに代わる道具は与えないのでしょうか?


与えないのなら、指導を諦めると言うことになりますね。


指導者にはコミュニケーション能力の高さが求められます。

その能力が低いが故に他の手段を要する。

ただそれだけのことだと僕は思います。

だから、時には愛のムチを使う教師はお馬鹿さんなんですよ。
コミュニケーション能力が低いんだからしょうがない。

体罰が是か非かを討論するテレビ番組がよくありますが、

あそこで討論している人たちもそうです。


高い山の東側のふもとの人と、西側のふもとの人がお互い何も見えていないのに、ああでもないこうでもないって騒いでいるだけ。


幼い子の命に係わる緊急時に、言うことを聞いてくれなかったら?


みんなで一度、高い頂きまで登って全体を見まわしてみればいい。

体罰が是が非か?・・なんてことは、
山の頂きに登って、反対側の景色を見ないことには判らないんですよ。


あなたが決めつけている何かを、 考え直すきっかけになっていただければと思います






3. もしもライト兄弟がいなかったら。


ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功してから約120年。

多くの研究者たちが飛行技術の発展に貢献して、
今では、誰もが空の旅を満喫できる。

技術は一歩一歩、進化してきた。

でも、、


彼ら研究者たちが飛行機をつくったから、、
そのおかげで、人類は空を飛ぶことを諦めてしまった。


自ら羽を広げ、この大空を自由に飛び回ることは・・

飛び回る未来はやってこないだろう。。

もしも、


もしも人類が何万年、何億年か前に

両手を広げて、ばたばたと上下させ、
渡り鳥を夢見て山から飛び降りる。


それを何回も何回も、ずっと繰り返していたならば、
今頃、わきの下あたりに小さな羽が生えてきて、


ビルからビルへと飛び移ることくらい、平気だったかもしれない。
そして何万年、何億年か後には、この大空を飛び回っているかもしれない。


そんな未来を・・人類の可能性を・・
奴ら研究者たちが木端微塵に砕きやがった。


 人生には分岐点があります。


今ある姿は、その分岐点で選んだ一つの結果に過ぎません。
あなたが選ばなかった幾通りかの人生もあったはずです。


どの道が正解だったのか?
今となっては、知るすべもありません。


人類が選ばなかった幾つかの道も、同じように存在したはずです。
その歴史を遡ってやり直すことはできません。


我々の歩んできた道が本当に正しかったのか?

そんなこと誰にも解らない。


人類の歴史はこれからもずっとずっと続きます。


こっちの道を選んだ場合に起こり得る、最良のことと最悪のこと、
あっちの道を選んだ場合に起こり得る、最良のことと最悪のこと、


それらすべてを覚悟の上で前に進まなきゃならない。

昭和19年・・あの秋の日。


愛する人たちを守るために、
片道の燃料のみ積んで飛び立った彼らの想いを知らずして・・

 男たちの愛を勝手に語るな!

今からでも間に合うかもしれない。
両手をバタバタ上下させて。。


何億年か後の人類のために私はあきらめない。

スーパーサイヤ人になって日本を守ること、世界の平和を守ること・・


そして最愛のあなたを守り抜くことを決して諦めない。






4. 片や英雄扱い、片や戦犯扱い。


  
オンライン、オフラインに関わらず、いたるところに色々なコミュニティがあります。

政治の話はNGです・・なんてルールをよく目にしますよね。

コミュニティで、政治の話がなぜNGなのか判りますか?


政治観というのは、人によっては絶対的な価値観なんです。
誰がどう言おうが右って言ったら右の人。左の人は左です。

そんな正反対の絶対的価値観を持った二人が口論になったら。。


テレビの政治討論を見ても判るでしょ。
もう埒があきません。

ずっと平行線。


2人の心は交わることは無い。

そこには全く建設的な会話なんてあるはずもなく、
相手を批判して、自分の価値観がいかに正しいのかを言い争うだけ、

マウント取り合い合戦になっちゃいます。

討論番組は言い争うのが目的ですから、あれはあれで良いんですけど。

同じように、プロ野球の話もNGって言われているんですよ。

巨人ファンと阪神ファン・・

もう絶対的価値観が違うお二人が。。


想像つきますよね。
理由なんてありません。


何をどう説かれようが、絶対的価値なんですから。
変わるわけがない。

会話になんてなりません。


政治の話、プロ野球の話、
もしかすると、他にもあるかもしれませんね。


コミュニティを潰しかねない。

同じ船に乗って、同じところを目指す仲間同士のはずなのに、
わけの判らないことになってしまうから、


だから、NGなんです。

例えば・・


昭和20年8月6日・・
広島に原爆が落とされた日。

誰だって、あんな悲惨な経験はしたくない。
だからこそ、そんな時代があったことを忘れちゃいけないし、
その時代に生きた人たちがいたことも、私たちは知らなきゃいけない。

あの過ちを二度と繰り返してはならない・・
コミュニティ内でこのような投稿があったら、あなたはどう捉えますか?

これは政治的な思想です。

なぜなら、日本が戦争という道を選んだというのは、政治判断だからです。


戦争は嫌だよね、怖いよね、平和がいいよね・・という話から、

あの戦争は間違っていたとか、戦犯はあいつだなんてことになると、それは政治の話です。

過去の政治判断がどうであったのかの話です。


政治的な思想ってものは、人によっては絶対に譲れない価値観だったりします。

政治を語り合うコミュニティなら別ですが、

相反する政治的思想がぶつかり合ったら、
コミュニティ本来の目的なんかそっちのけで滅茶苦茶になっちゃいますからね。

もう収拾がつかなくなります。
だから、コミュニティの規約で政治的な発言はNGとされているところが多い・・ということです

でもそれって、子供の喧嘩が止められないから
仕方なく作ったルールみたいじゃないですか?


そういうルールがないと滅茶苦茶になってしまうのが、一番の問題だと思います。

大人同士なのに。。

でも、それが人間だからしょうがない。

戦争というものをどう捉えるのか?


戦国時代・・


織田信長とか秀吉とか家康とか・・


けっこう英雄視されてますよね。


あの人たちは戦争してたんでしょ?

それも日本人同士で切り合ってたんですよ。

あれは過ちではないんですか?

なんで?


刀とか槍だったから?

死んだ人の数が違うから?

同じ戦でも、片や英雄扱い、片や戦犯扱いです。


僕は思うんです。

世の人がいかに浅はかで愚かで、何かに流されている生き物なのかって。

誰も彼もが、山のふもとで言い争っています。


右と左のどっちが正しくて、どっちが間違ってるかの話じゃありません。

頂きに登って景色を眺めたら、きっと何かが変わるのに誰も登らない。

そりゃあ、いじめ問題にどれだけ取り組んでも、いじめは無くならないでしょうよ。

あの過ちを繰り返してはならない?

そう間違っていたと決めつける人は、もっと想像力を鍛えた方が良い。


8月になれば、「あのような過ちを二度と繰り返してはならない。」

・・みたいなことを、どこかのコミュニティできっと誰かが投稿すると思います。

ごめんなさい。。
僕はその度に、この人は山のふもとにいるんだなって思ってしまいます。





5. 自殺なんかしちゃ駄目だよ!・・なんて言ったら、次の日に全員死んじゃうよ。


軍師官兵衛が秀吉様を、山の頂まで案内する話。


殿~、敵はあちらに陣取っております。

我が軍はあそことあそこ、みんな好き勝手にいつ使うか判らない刀を一生懸命に磨いております。


今、太陽の位地はあそこでございます。
日没まであとこのくらいでございます。


我が軍はバラバラで、敵軍もすぐそこに迫っております。


軍師官兵衛は頂に登って、そこから戦況を秀吉に説明してるんですね。

秀吉は、ふむふむ・・って納得しながら麓を降りて、また刀を一生懸命に磨きだすんですね。

死ぬでしょ、秀吉。(笑)


前振りはこれくらいにして・・


何故だか、僕のところには「自殺したい」なんて言ってくる人が時々現れます。


僕が初めてインターネットで検索したワードは、「自殺 気持ち」でした。
もう20年くらい前のことですね。

自殺したい人って、何かしらの理由がありますよね。
借金苦とか病気だとか、虐められてるとか。

そういう理由があるなら少しは理解はできます。

でも、なんの理由もないのに死にたい人・・

そういう人の気持ちを知りたくて、「自殺 気持ち」と検索しました。

自殺志願者が集まるMSNのチャットだったかな?

SNSじゃないですよ、MSN?
忘れちゃったけど。。

チャット部屋に辿り着いたんですよ。


そこには、自分の死ぬタイミングだとか、死に方くらい自分で決めたい・・なんて人がいっぱいいて、

毎日、その部屋に入って僕もチャットしてましたね。


ネット環境が今とは違うので、チャットだけでしたけど。

何気ない会話をしてました、自殺したい人たちと。
ほぼ毎日、一年くらい続いたかな。


ある人の言葉が印象に残っています。

「いつも井戸の中から見上げると、綺麗な満月が見えるみたいな気持ちだよ。」


なんか「貞子」みたいです。

もしあなたなら自殺願望者とどんな話をしますか?
特に理由もないのに死にたいと思っている人と。

普通の人とは明らかに違いますよね。
理由もないのに死にたいって。


世界が違います。
僕たちの見えている世界と、彼らが見えている世界がね。


彼らが見えてる世界、考える世界を僕たちは知らないんだから、
判ったような口ぶりで、「生きていたら良いことあるから自殺なんかしちゃ駄目だ。」・・なんて言ったら、

次の日、彼らは皆な死んじゃいますよ。


ただでさえ、この世の中には自分の居場所がないみたいに思ってる人に、
追い打ちをかけるようなもんですから。


クライアントの悩みの根源は、思い込みだったりしますけど、
カウンセラー側の思い込みってのもありますからね。


自殺しなければきっと良いことがあるよ・・そんなこと誰にも判りません。

そんな思い込みをクライアントに押し付けているだけです。

人とのコミュニケーションにおいて、相手の世界を知るって基本ですよね、おそらく。


自殺願望のある人に対しても、それは同じで、

そもそも、自殺を止めるなんて考え自体が、彼らを更に孤独にさせるのかもしれない。

自殺が是か非か?

この世でいくら考えても判らないと思います、僕は。
少なくとも一回死んでみないと、この答えに辿り着くことはないでしょう。

あなたはあなたなりの答えを持っているかもしれない。

でも、それは思い込みです。

自殺が是であっても、非であっても、
どちらにしても、それは思い込みです。


正反対にいる人にも強い思い込みがありますから、
それを説得するなんてことは容易じゃないですよ。

あるコミュニティの中で、時々戦争や政治に関しての投稿を目にします。

例えばこんなふうに、

「日本はあの過ちを決して繰り返してはならない・・」


僕はそれを見てとても薄っぺらく感じてしまいます。

視点が低いから。

どっちを選ぼうが、最良のことがあるかもしれないし、最悪のことがあるかもしれない。



あの当時、日本が違う選択をしていたら原爆も落とされなかったかもしれないし、
東京大空襲もなかったかもしれない。

でも、違う可能性もあったでしょう。

もしかすると、日本という国は存在していなかったかもしれない。

原爆で命を落とした人は生きていたかもしれないけど、
もしかしたら、僕たちは今存在していないかもしれない。


どっちの道へ進めば良かったかなんて、誰にも判らないんです。


政治で言えば、右か左かなんですけど、
右の人も、左の人も、思い込みです。

どちらの人も、そう思い込んだ理由があるのかもしれない。


自殺が是か非か・・と同じですよ。

自殺したいと思うようになった幼少期の体験がある。
自殺したいと強く思い込んだ何かしらの原因が、無意識の中に存在する・・


あなたが心理カウンセラーなら、クライアントの過去をずっと遡って答えを見つけようとしますよね。

でも、その前にですよ、

カウンセラーであるあなたが、クライアントの悩みを高い視点から見つめることができていますか?

あの戦争に是も非もありません。

自殺することに是も非もないんです。

体罰に是も非もあるわけがない。

人類存続のために出る杭は打たれる、いじめは正義なのかもしれない。

誹謗中傷は許さない!って叫ぶことも必要かもしれないけど、誹謗中傷する側の人たちに寄り添うことが必要かもしれない。


理由もないのに自殺したいって人に対して、
生きていれば良いことが必ずあるから死んじゃいけない!・・・

それはあなたの思い込みです。


あなたは高い山の東側のふもとにいる。
クライアントは、反対の西側のふもとにいる。

同じ次元でどっちが正しいか間違ってるか・・なんて判るはずがない。

2人で山頂を目指して、そこからの眺めを2人で見渡して、
どちらの世界にも何かしらの可能性があるんだってことを理解してもらわなきゃいけない。

もちろん、あなたも理解した方がいい。


先ずはそれからですよ、こちらの世界もどうですか?って言うのは。


もしも、その過程を吹っ飛ばして、あなたが正しいと思い込んでいる世界にクライアントを導こうとしているなら、

それがどれだけ傲慢なことなのかを知ってください。

どんなに高くまで登ろうと、山頂までたどり着けなければ、反対側の景色は絶対に拝めない。

もしかしたら、その山頂には永遠にたどり着けないのかもしれない。

3次元の世界に住んでいる私たちには、決して辿り着けない山頂・・


自殺が是か非か?


だから尚更、あなたのその傲慢さが仇になるんです。

この世で幸せに暮らしていくためには、この世の常識とか、この世の価値観というものが少なからず必要かもしれません。


誰でも色んな思い込みがあると思いますが、
それがその人にとって都合の良いものなら幸せですよ。

わざわざ頂きに登って全体を見渡す必要なんてない。
人生は誰のものでもない、自分のものです。


でも、

もしその思い込みがネガティブなものであったなら、
頂きまで登ってみることです。


あなたは使うかどうか判らない刀を、いつまで磨き続けるんですか?

   それも、山のふもとで。。







■第二章 境界線を飛び越えて冒険しないと見えてこない。


夢を実現させるために、あなたに足りないスキルは何ですか?

あなたの行動の仕方、考え方、発想力、
あなたの綴る文章、コミュニケーションの取り方・・


それらすべてに共通して必要不可欠なことは、「冒険」することです。


何だかピンと来ないですよね?


あなたが人生を生き抜くために、なぜ冒険しなければならないのか?

僕に着いて来れば、そのうち判りますから。(笑)



1. 子供の頃、1人で橋を渡って隣町へ行った時のこと覚えていますか?


ドキドキしましたよね。
ワクワクしたでしょう。


その時、あなたの世界は変わったはずです。


当たり前のことです。
経験することで新しい発見があるのは。


家から一歩も出なければ、いつも同じ景色しか見ていなければ、あなたの中からは何も生まれない。

あなたが受けてきた教育は、ただ記憶したことを思い出すだけ。
記憶の横流しの中から、答えを出しているだけ。


当たり前の問題に、当たり前の答えを出す、そんなちっぽけな枠に当てはめられて、
そこから一歩も外に出られない。

そんな教育を受けてきたあなたは、大人になっても同じように、答え答え答え。。


自分では何一つ考えることが出来ない。
産み出せない。

ちっぽけな枠にはまったまま、何の疑いもなくただ問題を解く。

正しいか、間違ってるかをただ判断する。


あなたは、もしかしてこんなことを言っていませんか?


「それには共感できるなぁ」

「それは納得いかないなぁ」・・


あなたはいつもいつも、誰かのアイディアにそう答えるだけ。

その答えが正しいか、間違ってるか、ジャッジするだけ、いつも。

あなたは今までずっと、そういう教育を受けてきた。
ちっぽけな枠に閉じ込められたまま。

いつも見慣れた景色だったり、誰かに用意してもらったものしか見てこなかった。

だから、あなたからは何一つ、ハッと気づかされる言葉は出てこない。
あなたから、問題提起されるのを聞いたこともない。

小さな子供がランドセル背負って一人電車に乗って学校に通う姿、よく見かけますよね。

その子は、既に冒険しているんです。

自分が生まれ育った、慣れ親しんだ町の小学校に通って、同じメンバーといつもの景色を見ながら大人になっていく、


そんな普通の子供と比べて、冒険している子供にはどんな景色が見えているのでしょう?


學校で何をどうやって学んだかということ以前に、既に違う世界を知っているんです。

そうやってその子の世界観が広がって行く・・
頭が良くなるのも当然でしょう。


なのに、あなたは大人になった今でも決して冒険しようとはしない。





2. 挑戦していない日本一の守備練習


日本一の守備練習という動画をyoutubeで見つけました。

もちろん上手いですよ、プロ野球選手ですから。


でもね、


野球に詳しくない人には難しいかもですが、

打球が放たれた瞬間から、その球をどれだけ早く一塁ベース上に届けるのか?

そんなタイムを競うオリンピック種目があれば、日本人はみんなメダル圏外でしょう。

一流メジャーリーガーと比べて、日本人は圧倒的に遅い。


動画に映し出された守備練習は、上達するためのものではありません。
挑戦していない。

エラーをしないための練習です。


まぁ、日本一ですからね、彼らは。
これ以上上手くなる必要はないのかもしれない。

今の実力を安定させる練習。
昔から、日本の少年たちはずっとそういう練習を積み重ねています。


打球の正面に入って、先ずは確実に両手で取る。
正しいステップを刻んで一塁へ送球する・・

それが基本だなんて信じているから、下手くそな子供は「自分の下手くそ」をどんどん安定させていく。

下手くそになるための地固めですね。

冒険していない。。


打球が放たれた瞬間から、その球をどれだけ早く一塁ベース上に届けるのか?・・

それが本来目指すべきことです。

タイムを縮めるための練習をしないといけない。


大事にとって投げて、エラーしないための反復練習・・
それは何の挑戦もしていないってことです。


冒険するとは?
挑戦するとは?

一歩踏み越えるとは?


この質問の答えや考え方こそが基本であると、僕は思います。


それに辿り着かない限り、一流プレーヤーには絶対になれません。

野球に限ったことじゃない。

今、あなたがやっている反復練習もエラーしないための練習ですよね。

いつまであなたの下手くそを固めるんだろう。

繰り返し繰り返し演習すること自体が基礎基本ですか?

基礎基本を繰り返し演習することに意義があるんですよね。

そして、もうそろそろ気づいた方がいい。

あなたが基礎基本だって信じているもの。

それ自体を一度疑ってみてください。
突き詰めて自分の頭で考えるんです。


今まで、先生に教わったことしか出来ないあなたには
かなり難しいかもね。





3. 守破離で学んでいれば必ず辿り着かせてもらえるという依存体質から抜け出せ!


辿り着きますよ、指導者が優秀であれば。


昔のカーナビと違って、現在の高性能なものであれば目的地まですんなり到着できますよ。
もう、ここ10年は僕もナビに頼りっきりで、ナビなしではどこにも行けなくなっちゃいました。

そもそもですよ・・


東京の人なら何となく理解できるかもですが、


皇居のまわりをグルーっと内堀通りがあって、
その外を、外堀通りがグルーっとあって、

その外になんだっけ?、山手通りかな?
その前に明治通りだ。(笑)

それから環七通り、環八通りがグルーっと一回りしてるんですよ。


都内をぐるっと一周している小さい輪と、大きな輪がいくつかあって、
それを串刺しするように、国道一号線だとか、246号とか、青山通りだとか、

国道4号とか、6号とか、17号とか20号だとか・・

千葉県の人もいるだろうから、ついでに24号だとか。(笑)

ちゃんと規則正しく道が並んでるんですよ。

どっちが東で、どっちが西かを判っていれば、昔はナビがなくても、
好きなところまで突っ走っていくのがカッコいい男・・みたいなところがあったのに。

ナビゲーションに守破離守破離で道案内してもらって、
気が付いたら、もう役立たずの〇〇野郎になってたんですよ、僕は。

あなたも同じでしょ?


守破離で学べば学ぶほど、目的地には行けるかもしれないけど、
気が付いたら骨抜きにされてますよ。


実際、あなたは骨ないよね。


守破離で学ぶなら中途半端な目的地なんて決めないで、一生面倒見てもらった方がいいですよ。(笑)

じゃないと、中途半端に捨てられて、今の骨抜きの状態から次のステージには絶対に登れない、1人ではね。


あなたはそうやって一生誰かに依存しながら生きていくことになるんです。





4. 幼い子供がピーマンを嫌う理由がある


人間は幼いころ、好き嫌いが激しく、
ピーマンとか酸っぱいものが嫌いですよね。

それは、苦いものは毒なんだ!
すっぱいものは腐ってるんだ!

・・って、本能で理解しているからって聞いたことがあります。

でも、人間は脳で考え、学習能力があるので、

これは酸っぱくても大丈夫なんだ。
これは苦くても実は美味しいんだ。

・・って判断するようになって、好き嫌いが無くなっていくらしいです。


そうやって、頭で考えることが当たり前になっていく。


それは、
大人になるにつれ、いろんな情報を収集する代わりに、
元々、持っている本能が鈍っていく・・ってことでもありますよね。


ビジネスを一生懸命に勉強しても、結果を出せない人・・

もしかして、勉強し過ぎなんじゃないですか?・・って
お話しすることがあります。


自分たちの祖先が何代にも亘って、
コミュニケーションを取り合い、何かをお互いに感じ取って、

それが現在の私たちに本能として現れます。


ビジネスをいろんな法則に当てはめるのは、とても効率の良いことですが、
元々私たちが生まれ持っている能力を発揮できないって、

すごく勿体ないことだと思います。


それに何より、
あなた自身が、何十年間生きてきた中で、
色んな人と関り、コミュニケーション取ってきましたよね。

泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり。。

私、心理学なんて学んだことないし。。。

何言っちゃってるんですか?
心理カウンセラー初心者なんてことはあり得ないでしょ。

ビジネスもそう。

私、ビジネス初心者だからぁ。。

はぁ~、だからあり得ないって!


あなたの何十年と言う人生の中で、
いろんな買い物してるでしょ。

消費者の立場で、長年ビジネスに携わっているんですよ。


ビジネス本に書いてあるノウハウも、あなたは知らず知らずのうちに
消費者の立場で既に経験しています。


フリー戦略だって、クロスセルだって何だって。。


化粧品の無料サンプル貰って試すでしょう。
それ良かったら、本商品を買うでしょ。


コンビニのレジ横にあるチロルチョコ、思わずついでに買っちゃうでしょ。


そんなあなたがビジネス初心者って、だからあり得ないんですよ。


あなたが勉強ばかりしている代わりに
何か大事な、特別なものを失っているかもしれない。





5. コミュニケーション・スキル・・発信する力と受け取る力を磨くには冒険しろ。


冒険をした方が良い。

例えば、コミュニケーションや文章を書く時も同じです。


カウンセラーに必要不可欠なものは発信する力と受け取る力・・世のカウンセラーはスキル不足


いきなりカウンセラーって?

そう思ったかもしれませんが、これはコミュニケーションスキルの話。


僕は、心理カウンセラーとして悩み苦しむ人をお助けする事業に携わっているので、
僕の経験も交えていくつかお話しします。

人と向き合う時に絶対に必要であるコミュニケーション・スキル・・
発信する力と、受け取る力・・この2つについてお話します。



 先ずは一つ目・・【発信する力について】

コミュニケーション能力が低い人と長くお話していると疲れます。

コミュ力が低い人の特徴の一つは、本題から脱線して戻ってこないことですね。


話の本筋から逸れるのはいいんですよ。
脱線するのは全然いい。

そうじゃないと、お話して詰まらないですからね。


まぁ、冒険ですね。

伝えたいことだけストレートに、何かの説明書みたいに話しても面白くないんです。
本筋からあえて脱線する、冒険して話を盛り上げるんですね。

例え話をする人は、面白いでしょ?



あなたの宇宙を見せたいなら宇宙を語るな!


あなたしか知らない、解らない宇宙の世界があるでしょ。
それも難しい、理解するのに頭抱えちゃうようなね。

それが本題です。
本当に伝えたいことだとします。

それをより深く理解してもらうために脱線するんです。

地球人でも解るような興味がありそうな、地球人から見た宇宙の魅力について話す。

それは脱線してるってことです。
小さな冒険ですけど。


でも、本当に話したいのはそれじゃないでしょ?
地球人でも解るような話なんかどうでもいい。


だから、大きな冒険でも小さな脱線でも
いつも意識してやってみてください。


脱線慣れしてきますからね。
冒険しても、ちゃんと元の場所に戻ってこられるようになる。

遠く離れた山奥からでも、あなたが本当に伝えたい世界観に繋げることができるようになります。

・・・っで。

脱線するのはいいんですが、、
脱線したまま、戻ってこられない人がいるんですよ。


今、僕は戻ってきましたよ。(笑)

相手の方は、本題についてお話したいから、お土産持って帰ってくるのをずっと待っています。

でも、いつまで経っても戻ってこない。

ストレスが溜まりますよね。

脱線して戻って来れない人は、もちろんですが、

そもそも脱線しない人、冒険できない人もコミュニケーション能力が高いとは言えない・・かもしれません。

自分だけが知っている難しい宇宙の世界観を、地球人に向かってストレートに説明しても伝わらない。

脱線して盛り上げることができないから、話もつまらない。


これは、コミュニケーション能力の発信する力、伝える力についての話です。


そして、あと一つ・・【受け取る力について】

コミュニケーションには、受け取る力も必要です。


伝える力と受け取る力・・
この2つが揃ってコミュニケーションスキルが高い・・っていうことになります。


っで、今度は、受け取る力についてですが。。


傾聴。

傾聴、分かりますかね?

相手の話しに耳を傾けて熱心に聴くこと。


傾聴にしてもね、お相手の話をただ黙って聞いてるだけじゃないですよ。

「はい、 はい・・わかります、わかります。」とかね、それだけじゃない。


相手のことを、どれだけ受け取れるか?ってことなんです。

感情的なことも含めて。

本当に伝えたい、解ってもらいたいことがあるとしますよね。

これを解ってもらうために、本筋から脱線して、
ずっとずっと山の向こうの方まで行かないといけない。。

この話を理解してもらうためには、
直接関係ないんだけど、脱線してあの話をしないことには本当に理解はしてもらえないだろうな・・みたいなことがあるわけですよ。


本筋からずっと離れた話をします。
目的は、本筋の話です。


僕が遠くまで冒険して戻ってきた時に、待っていてもらえないんですよ。
僕がせっかくお土産抱えて戻って来たのに、その人はその人で全然違うところに行っちゃってるんです。

目の前にはいますけどね。


会話になりません。
もちろん、相手によってどこまで脱線するか考えますよ、僕も。


あんまり遠くへ行っちゃうと、
戻って来た時にいなくなってるだろうなって人とお話する時は、

あんまり脱線しないですよ、ちょっとしか。


だから、本当に盛り上がった会話が出来ません。
深い話ができないんです。


話の本筋に戻った時に、ちゃんと待っていてくれる相手なら、
安心して遠くまで行けますよ。


だから楽しい会話ができるし、深いところまで理解し合えます。

もちろん、快適なコミュニケーションを取るためには、
お互いが歩み寄らないといけないので、

相手のことも考えず自分勝手に脱線して、ずっと山奥の方まで行っちゃうのも問題ありますけどね。


でもね、


脱線して山奥まで行っちゃう人を、ずっと待っていられる・・

これって、クライアントさんの悩みを聞く時に、
カウンセラーとして、こういうスキル・・あった方がいいでしょ?


悩みを抱えて、頭の中がこんがらがってる人は、
何をどう伝えていいのか解らない。
自分でもモヤモヤして解らない。

だから、こうなんです!・・っていう言葉を発することができません。

こうなんです!・・っていう言葉が解らないから、
その時に出てくる言葉でしか、表現できない。

上っ面の言葉しか出てこない。


それだと、ちゃんと伝わらない。
伝わらないし、自分自身も何を言いたいのか解らない。

だから、あちこが探しにいくんです、自分の気持ちを。

それを見つけて整理するために、あちこち旅に出ます。

心の旅ね。

言葉だったり表現したい何かを、ずっと遠くの方まで探しに行ってます。
悩んでる人は。

彷徨ってるって言った方がいいですね。

・・っで、

そんな悩んでいる人のことを、優秀なカウンセラーはちゃんと待っていてくれるんですね。

これは、なかなか出来ないですよ。

ただ、相手の話に相づちをうって、何となく聞いてるだけじゃないですよ。


彷徨ってる人が、今どこにいるのかちゃんと解ってる。
彷徨ってる人を、呼び戻すこともできる。
迎えにもいけるし、手を差し伸べることもできますよ。

じっと待ってもいられるんですよ。


コミュニケーション能力の、受け取る方の話ですけどね、今。

こういうことが出来る人、能力が高い人って、
心理カウンセラーとして非常に高い資質を持っているってことです。


どんなに、心理学を学ぼうが、知識を高めても、
いろんな技法を身に付けても、

今お話した、コミュニケーション能力が低かったら救えないですよ、悩んでる人を。

このスキルは、根っこの根っこです。
こういうことがちゃんと出来てこその、いろんな知識が生きるんじゃないですかね?

僕はですね、

以前、自殺防止サイトの運営に携わったことがあります。
その当時は、ライティングでね、お手伝いさせていただいたんですが。。


心理カウンセラーの方、臨床心理士の方ともお付き合いがあって、
実際に、セッションしている現場にも、何度もお邪魔させていただきました。

その様子を見ていて、その頃から疑問に思っていました。

あ~、今ズレたよな、あの二人。。
カウンセラーとクライアントさんの会話がずれたってことですね。

カウンセラーがそれを承知でのことなら、いいんですけど、
お互い、そのズレに気づかないまま終わっちゃうってことが、何度もあって、

僕は、ずっと違和感みたいなものを感じていました。

自分の悩みを打ち明ける人がいて、、
それを、じっくり聞いてあげる人がいて、

どこにでもある、セッションのやり取りなんですけど、

悩んでる人の頭の中がモヤモヤ~としていて、
いろんなところ、遠くの方まで彷徨ってるんですよ。

それについて行けてないんですね。
カウンセラーが。


でも、お互いが自覚してないからね、

クライアントさんも、話を聞いてもらっただけでも
気持ちが楽になるんでしょうけど、

いいのかなぁ、これで・・って僕は思いました。


こういうことが今も普通に起きています。
プロの現場で起きています。
いろんなところで。

カウンセリング能力っていうものは、コミュニケーション能力ですよ。
普段の、日常で使ってるようなスキルが必要なんです、カウンセリングっていうものは。


今までの人生で、コミュニケーションを取って来ましたよね、誰でも。


カウンセリングする時に必要な、根っこの部分、
それが、コミュニケーションスキルです。


どんなに心理学を勉強しても、
何十年と心理士として経験積んでもですね、


この根っこの部分、ここがドッシリしていないと、
難しいんじゃないかなって思います。

こういう、何も気づかない人が、カウンセラーになって、
世の中の人が、どれだけ救われるんでしょうね。

実際に、救われているんですか?

頭の中は、あちこち彷徨ってる。
クライアントだけじゃなく、プロのカウンセラーも彷徨ってます。

そんな状態では、世の中の悩める人たちは幸せになんてなれないですよね。


ちょっとした心の悩みを聞いてもらえる社会とかね、
お金を出してカウンセリングを受けるのが、普通なんだっていう社会をね、

・・そんな未来を願っても、、
  世の中のカウンセラーが、今のままではスキルが足りてないんです。


みんながみんな、そうではないかもしれない、、

でも、僕の見てきた現場ではそうだったし、
心理士のコミュニティでも、やっぱりそんなことが多々あります。

今日お話したコミュニケーションスキルが足りない。


いろんな心理学のことを勉強して、経験を積んで、自信もついて、
それでも、人間と人間が向き合う時に一番大事なことがあります。

今のままでは、あなたが思い描くような未来はやって来ない。


ほとんどの人は、自覚症状がないですからね。
コミュニケーションスキルが低い人は、誰かのそれを判断することもできないですよ。

今、僕の話を聞いて、

そうかなぁ?
そうは思わないけど・・なんて人がいるかもしれない。

でも、そんなあなたが、そもそもコミュニケーション能力の低い人だったら、判断できるわけないんですよ。

何も気づかないまま、セッションが終わっちゃうんだから。

きっと、他人ごとのように僕の話を聞いてると思います。

何だ、根本の野郎はいい加減なことを言いやがって、
いい気になりやがって・・と思うのか、

それとも、現状に危機感を覚えるのか?


現状に危機感というのは、あなた自身のことかもしれないし、

社会がね、、
世の中のカウンセラーが、そういう現状ってことでもあるし。。


心理職を目指すスクールはたくさんありますが、
人の心に関して学問として教えているところも多いかと思います。

それだけでは本質的な何かを学べないし、知識だけでは世の中の悩み苦しんでいる人を救えません。

脱線して彷徨っているクライアントさんを追いかけることができません。
待ってあげることができません。
当然、手を差し伸べてあげることもできません。

あなたがどんなビジネスをするにせよ、あなたのサービスに興味を持ったクライアントさんも何かしら迷っています。

その迷いを断ち切るのは提供するサービスや商品自体かもしれませんが、
そこに繋げるのはあなたのコミュニケーション・スキルです。


彷徨っているクライアントさんをあなたがちゃんと追いかけて見守ってあげられるのか?、そして手を差し伸べてあげられるのか?


そういうスキル・・コミュニケーション・スキルは常に磨かなければいけないと思います。

もちろん、あなたの日常で使う場面はたくさんあると思います。


あなたが心理カウンセラーではないとしても、人生をより豊かにするためには、とても大切なものだと思います、コミュニケーションスキルは。






6. 心理カウンセリングと文章添削は同じです。

文章添削はカウンセリングと同じです。


またとんでもないことを言い出しやがって・・

プロのカウンセラーさんであれば、心ざわついちゃうかもしれませんね。


僕のビジネスは何でも屋さんで、文章を教えるお仕事もしています。

いろんな人の文章を添削したり、
カウンセラーとして悩みをお聞きしたり、

いろいろやっていて判ったのですが、文章添削とカウンセリングって同じなんですよ。

こんなこと言ってる心理カウンセラーはいないと思いますが。


そもそも心理カウンセラーと文章添削の両方をやってる人自体が少ないですから、
誰も彼もが気が付くことじゃないと思います。

私の文章、添削してください・・とクライアントさんが持ってくる文章の中には、
何が書いてあるのか判らない暗号レベルのものが少なくありません。

良くても、入試で出題される長文読解。



  ~入試問題で出題される長文読解~


あのダラダラと続く、無駄に長い文章は、
とても、正しい日本語だとは思えないし、思いたくもないですよね。

そんな文章の読解力を求められる問題が、大学入試で出題されます。
一旦、区切ればいいのに、形容詞とか接続詞を無駄に散りばめて・・

まるで暗号です。

こんなこと言ったら、国語の専門家に怒られちゃいますね。ごめんなさい。

でも、暗号ですから。

必ず解読することができる暗号です。

あれ、わざとですよ。

ワザとあんな解りにくいものを問題として扱ってるんですよ。


実はあれ、
文章の世界観、著者の世界観を理解できるかどうかの問題でもあります。

何だかわけの解らない人が書いた世界観を、ちゃんと受け止めることができるのか?

コミュニティ能力を問われる問題であり、人生のあらゆる場面で基本となるものです。

    
   人生のあらゆることの基本となるもの・



話を戻します。

クライアントさんが持ってくる文章の添削についてです。


読み進めていくと、すぐに何か違和感みたいなものにぶつかります。

何か引っかかると言うのか、辻褄があってないんですね。
きっと、この人はこんなこと伝えたいのかな?とか、

いろんなこと想像しながら、暗号を解読していきます。

いやぁ、本当につらいですよ。
大学入試の長文読解より難関です。

だって入試問題の場合、ちゃんとした日本語で書かれているし、
「間違った文章ではない」という前提で読み進めますよね、当然ですけど。

クライアントさんが書いた文章にも、伝えたい何かが間違いなく存在しますが、めちゃくちゃな文章の中から、それを一緒に探し出してあげる・・

辛いですよ。(笑)


・・それでね。

この一連の作業って、カウンセリングとまったく一緒なんです。


特に心に何かしらの悩みを抱えてる人、迷っている人の頭の中は、
めちゃくちゃな文書と同じ状態です。


その人の話を聞いていると、何言ってるんだか判らなくなることがあって、
本人は気づいてないですよ。

話の中に矛盾があったり、なんだか繋がってない。

そこで、その矛盾をストレートに指摘してしまうと、その人は更に迷って言葉に詰まってしまうので、

十分に気を使いながらカウンセリングを進めるのですが。


おそらくプロの方でも、

相談者の話している矛盾に気づかないで、ただ傾聴を続けるだけのカウンセラーもいるだろうなと思います。


入試問題で出題される長文はそもそも間違っていないであろう文章ですよ。

でも、あの長文の中にちょっとしたボタンの掛け違いがあったとしたら、それに気づきますか?


  
     
もしもあなたがカウンセラーを目指すとしたら・・


頭の中が取っ散らかってる、何言ってるのか解らないクライアントさんが
あなたの前に現れます。

その時、クライアントさんが本当に訴えたい何かを、
あなたはちゃんと拾ってあげられますか?


無理ですよねぇ?

だって、入試問題になるような訳の解らないあの長文・・
あなたには解読不能なんですから。

目の前でちんぷんかんぷんなこと言ってるクライアントさんの頭の中を
一つずつ整理してあげて答えを導き出すなんてこと・・できるわけがない。

悩んでる人の頭の中は、あんな感じですよ。
簡単じゃないし、複雑で絡まっちゃってる。

入試問題になるものは、文脈自体おかしなところはありませんよね。


でも、クライアントさんの頭の中は複雑で絡まってるし、
文脈もめちゃくちゃなんです。

間違った文章、文字のダ列です。
あの入試問題よりも難しい。


それも、カウンセラーが理解するんじゃなくて、
クライアントさんが整理できないといけないんですよね。

でも、クライアントさんが一人でね、そんな入試問題より複雑なめちゃくちゃな文章を整理できるわけないじゃないですか?

カウンセラーのあなたが、導いてあげないといけません。


そういうお仕事ですよ、カウンセラーって。


入試問題に出るような長文読解を、例に出してお話しましたが、

心理カウンセラーはもちろん、
コーチ、セラピストの他、どんなビジネスであっても、
人と向き合うことの本質に繋がることです。

文章添削とカウンセリング・・
この2つに共通するスキルを磨くことは必須です。


・・でないと、世の中がよくならない。






7. あなたはいつも境界線の内側をウロウロしている


心理学を勉強してる人なら知ってますよね、アサーティヴのこと。

アサーティブとは、相手の気持ちを尊重しつつ、自分の意見を率直に主張できる状態。

これが出来れば人生怖いものなしですよ。


でも、難しいですよ。

アサーティヴについて知識があっても、それを実用的に使いこなすのは。

距離感

仕事上での会話とプライベートでの会話。


この時、相手の方との距離は違いますよね。


仕事の時には、お互いにある程度のことを言われても大丈夫なように、ちゃんと構えています。


仕事なんだからと、割り切っている。

じゃぁ、プライベートでの会話の場合はどうですかね?

仕事が終わってスイッチオフの時ですよ。
職場での会話と同じですか?


違いますよねぇ。

だって、スイッチオフの時って、少しくらい何言われても大丈夫なように構えてないでしょ?


相手との関係によっても距離は変わります、当然。

それに、同じ相手であってもスイッチオンの場合とスイッチオフの場合でも違ってきます。

それと状況によっても変わりますね。


1対1なのか、それとも4人グループの中での会話なのか?

いろんなことが影響して、境界線の位置が変わるんです。

境界線が今どこにあるのかってちゃんと理解しないまま、アサーティヴしてるつもりでいると嫌われちゃいますよ。

アサーティヴを知識としてしか勉強してない人は、そういうこと考えないでしょう?
いつどんな場面でも、誰が相手でも同じように、先生から教わったとおりにアサーティヴしてるでしょ?

相手との距離感をちゃんと掴むことが大事です。


相手によって、状況によって、1mmたりとも主張なんかされたくない場合もあります。

境界線を引くってことが大事なんですけど、

問題は、その境界線がどこにあるのか判らないことです。

これを判らないまま、先生に教わった通りに実践しても上手くいきません、ほとんど。


境界線を知るためには、意識して境界線を越える必要があります

意識して。

だって、境界線がどこにあるかなんて判らないんだから。

判らないのに、境界線を越えてはいけませんって、
そんなもんはただの知識ですよね。


実際に活用できないでしょう。

上っ面の関係を保つためにも、境界線からはみ出さない。

今さら勉強しなくても、得意ジャンルじゃないですか?

あなたはいつだって、境界線の内側で相手の顔色伺いながら、上っ面の関係を保ってるんです。
決して、境界線を踏み越えようなんて思わない。


当たり障りのない社交辞令ばかり。


会社の上司や同僚との間でも、
ママ友どうしの井戸端会議でも、

そうやって、あなたは今まで何十年やってきましたよね。

あなたが学んだアサーティブもあると思うけど、
形ね、きっとアサーティブのテンプレートみたいなものがあるでしょう?


アサーティブ大学をきのう卒業しました~って感じが丸出しですよね。


僕のはそれとは違うかもしれないから、

根本さんのはアサーティブじゃないとか何だと言ってくる人もいるでしょう。


自分の勉強してきた形がすべてだと思ってる人が多いから、世の中。

僕はね、お陰様で子供の頃から人間関係トラブルだらけでね。

年賀状なんて全く来ない。

人気者の妹はクラスのみんなから年賀状が届くんですよ。
それに比べて、僕は担任の先生とクラスの全員に出すような律儀な女の子からの2枚。


毎年2枚。

元日は毎年それで怒られていました、母親に。


なんで怒られるんだろうって思ってましたけど。


もちろん、僕だって僕なりに関係修復を試みたりしてきたわけです。

アサーティブなんてのは、独学でね、身に付いちゃってるんです。


僕はいつでも境界線踏み越えてました。

小学校の頃のいじめっ子だったり、悪ガキはみんなそうでしょ?


意味がないんです、あなたが心理学で境界線のことやらアサーティブなんてものを学んでも。


良い関係を「保つ」ための術です。
悪い関係にならないための術。


エラーしないための練習をずっとやってきたんですね。


それ以上のものにするには、境界線がどこにあるのかを知らないと。

土足で踏み込めって言ってるわけじゃありませんが、
あなたみたいに境界線の内側をウロウロしているだけじゃ判らないですよ。

何でも安心安全が第一ですもんね、あなたは。

いつまでもぬるま湯に浸かっているから、そこから出られない。


それが色んなところに現れます。

クライアントさんのための安心安全ならいいけど、
あなたが冒険したくないっていう安心安全。

そこから一歩たりとも外側へ出たくない、出られない。


道から逸れて冒険する時もそう。

本筋がギリギリ見え隠れするところ・・その境界線の外側に出て行かないと新しい発見に出会えません。


会話でも同じ、文章書く時もそう。


本題をより理解してもらうために、より面白くするため、輝かせるために、例え話をします。


あなたには思い切りが足りない。


脱線して山奥の遥か遠くの方まで行けばいいんです。

戻って来られるかどうかのギリギリのところ、境界線を思い切って超えて行けば
お土産を持って元の場所に戻れるようになりますから。

そうするとね、お話が楽しいって言われるようになるんです。


いつもいつもエラーしないように安心安全の中での反復練習なんてしても意味がありません。

練習なんだからエラーする心配なんかより、一流には絶対になれないその練習方法を見直した方がいい。


あなたの体中に「冒険したくない」が染み付いている。


そんなことを言ってもしょうがない・・


次の章では、あなたが天才になるためのお話をしましょう。

何かを頑張るよりも、そっちから行った方が手っ取り早いから。







■第三章 あなたが天才になるためのお話をしましょう。



この章では、あなたが天才になるための話をします。


あなたが当たり前のことを普通に表現しているうちは、あなたの可能性は広がりません。
スタートラインにも立てない。

ずっとずっと山奥に迷い込むくらい、勇気を出して突っ込んでください。

そんなあなたを見守っている僕みたいな人間がいれば、あなたは必ずどこにでも繋がります。





1. 本当の天才はあなた。あなたが閃くからみんなが動き出す。


2022年・・

今年も瞬きしてる間に1月が終わりました。


ため息ついている間に桜が咲いて振り返ったらもう夏が過ぎてます。(笑)

毎年言ってますよね、「この前お正月だったのに、もう夏が終わっちゃうよぉ~」

うたた寝してる間に紅白も終わって、除夜の鐘がなって、2023年の年明けです。

小学生の頃は、あんなに長~く感じたのに。
年々、時の過ぎるスピードが増してるようです。


これは気のせいですか?

あなたが何十年生きてきたのか知らないけど、今感じる一年間と、
あの頃の一年間・・時の流れる速さが違いませんか?

  これね、、錯覚じゃありませんよ。


違うんです、2022年に時が流れる速さと、50年前の時が流れる速さ。

だって、そうじゃなかったら・・こんなアっと言う間に一年が過ぎないでしょう?


実際に比べたことありますか?

今の時間が流れる速さと、50年前の時間が流れる速さ。

気のせいだって言ってる人!

もうね~、そういう常識にとらわれてる人は、自分の殻を破れないんですよ。


確かめればいい。
時計持って比べてみればいい。

スマホにタイマー機能が付いてるでしょ。
3分00秒に設定してください。


https://www.youtube.com/watch?v=yAKEmR27iroプレビュー


これが47年前の、3分00秒です。


キンシャサの奇跡のゴングに合わせて、タイマーのスタートボタンを押してください。
動画開始1分07秒から、47年前の3分間が始めります。



・・・・・・・




   どうでしたか?   違うでしょ。




あなたの手元で計った3分00秒の方が、一瞬だけ早くなかったですか?

47年前の3分00秒よりも、2022年2月1日の3分00秒の方が速く過ぎ去るんです。

47年前よりも現在の方が、時の流れるスピードが速いってことが証明されたんです!

タイマーをセットして、実際に比べた人は何人いるでしょうね?

47年前の3分00秒と現在の3分00秒・・


ドキドキしませんでしたか?


僕はずっと昔、これと同じように何十年前の3分00秒を手元の時計で計りました。

なぜだかドキドキが止まらなかった。
もしかしたら、世紀の大発見かもって。。


47年前の手元の時計と、僕が持ってる手元の時計。
理論が正しい云々という以前に、こんなもの手元の時計でなんて正確に計れるわけがないのに、

僕は胸の高鳴りを抑えられなかった。

あなたはどうでしたか?


実際にスマホのタイマーをセットして計測したあなたは、きっと何かを成し遂げられる人だと思います。

僕はあなたを尊敬します。

あなたはいろんなことを形にして、それを世に送り出して、
もしかしたら後世に名を残すかもしれない。


中には既に気づいていた人もいるのかな?
時の流れる速さは年々加速しているって。


あなたのその気づきが、世の中を変えるんです。


あなたの閃きを世界に広めてください。

そうすると、それを知った頑張る人たちが現れます。

世の中の秀才たちが、いつかそれを証明してくれますから。


化学は仮説から始まるって言われますよね。

はじめは、机上の空論かもしれない。

でも、それを元に研究が始まって、
実験が何度も繰り返されて、仮説が証明されていきます。

すべては仮説からはじまる・・

万有引力も、相対性理論も、全部ちょっとした思いつきがきっかけです。

僕は化学者じゃないし、学校の化学の成績は『2』以上をもらったことがありません。
ぜんぜん判らないけど、誰かが何かに気づけなければ何の研究も始まらなかった。

翼を広げて空を舞う・・そんな鳥の姿を見て、

もしかして俺もあんな風に飛べるかもって誰かが気づいた。


飛行機には羽が付いてるでしょ。

あなたにも想像できませんか?


たくさんの人たちが鳥を真似して、両手をバタバタさせて崖から大ジャンプして・・
みんなが挑戦して、失敗して失敗して失敗を繰り返して、中には命を落とす人もいたでしょう。


でも、人類は失敗を繰り返す度に成功に近づいた。
最後まで死なずに辿り着いた人間が、後世に名を残した。


  この流れは必然です。

 


でも・・

辿り着いた人、後世に名を残した人が天才ってわけじゃない。

一番初めに鳥を見て、

「あんな風に翼を広げて飛んでみたい。もしかしたら、こうすれば飛べるかもしれない、いや、きっと飛べる!」


・・そう頭の中に絵を描けた人、具体的に想像できた人が本当の天才です。


今となっては、誰にでも想像できるけど、
あの時代にそれをすることは容易でないでしょう。

あなたはどうですか?


もしも、あなたがあの時代に生きていたら、

本当に想像できませんか?・・空を飛ぶことを。


あなたに起こる例えどんな小さな閃きでも、もっと大切にしてください。


  あなたの閃きを過小評価してはいけない!

あなたが一番はじめに想像できて、その明るい未来を指し示したら・・


  
     世界が動き出す。


誰もが一斉に両手をバタバタさせる。
何度も何度も挑戦して、失敗を繰り返して・・


その中の誰かが必ず辿り着く。
それは必然の流れです。

努力して辿り着ける、成し遂げることのできる秀才たちだけが後世に名を残す。


   でも、本当の天才はあなたです。

   あなたが閃くから、みんなが動き出す。



天才っていうと、いろんな偉人を思い浮かべますよね。
でも、それこそがブレーキになっているんです。

ライト兄弟、ガリレオ、アインシュタイン、スティーブジョブズ・・

彼らとの間にバシーっと境界線を、自ら引いちゃってますよね、ほとんどの人が。

   だから僕は その境界線を壊したい。。

彼らの隣にいた、たまたま隣にいた誰かが何気なく呟いた。

「ねぇねぇ、ニュートン君、今、地球がリンゴを引っ張らなかったかい?」


その言葉が彼らを突き動かした。

そんなことが世界中のあちこちで起きていたのかもしれない。
誰もが一斉に動き出した中で、辿り着いたのが彼ら後世に名を残した人たちです。


もしも、辿り着いた彼らが存在していなかったら、
今の世の中とは違っていたかもしれない?(笑)

そんなことはありませんよ。


彼らじゃなくても、他の誰かが必ず辿り着いています。


  だって、それが必然だから。。






2. 机の上が散らかっている人は、頭の中も取っ散らかっている・・それの何が悪い?


机の上が散らかっている人は、頭の中も取っ散らかっている?

そんな話をよく聞きますが、僕のデスクもかなり取っ散らかっています。

でもね、整理しようと思えばいつでも出来ますよ。

自分の机の上はめちゃくちゃでも、会社勤めしている頃、共用部分はどこもかしこも綺麗に使っていました。

倉庫も控室もトイレもゴミ置き場も、誰も手を付けないようなところでもピカピカにしていましたよ、僕は。

やろうと思えばいつでも綺麗に整理整頓はできます。

だけど、自分の机の上とか、自分専用箇所を整理する必要がどこにありますか?


頭の中も同じです。

なぜ常に整理しておかなければならないのですか?


整理する必要があるのは、その資料なり材料なりを本番で発表する時だけです。


整理したがる人は、ただの物置として使っているだけなんですよ、頭の中を。
確かに、必要な時にいつでも取り出せますよ、ちゃんと綺麗にまとめておけば。

でもね、


それをやっていると、そこまでの人になっちゃうんですよ。


頭の中にあるもの、なんでもかんでも整理しちゃって、答えを決めつけていませんか?


あなたの脳みその中には、あなたが気づいていない莫大な情報が詰まっているんですよ。

それらを無視して、あなたが理解できているものだけ綺麗に並べてるんですよね。

だから、頭の中で情報を横流ししているだけなんだって。


あなたの頭の中は、あなたの専用スペースです。
いくら取っ散らかっていても誰に迷惑がかかるわけでもありません。


整理するのはアウトプットする時だけです。

いつもは整理なんかせずに取っ散らかった状態にしておくと繋がるんですよ、いろんなところに。


でも、あなたはきっと、

これはこういう時に使えるなとか、これはあの時に使おうとか、そんな風に決めつけてるんですよ。


自分の中で答えが出来上がっちゃってるんです。

どうせ誰かから教えてもらったありきたりの答えだろうけど。

そうすると、繋がらない。

もしもあなたが、世の中の誰かに影響を及ぼしたいなんてことを、ほんの少しでも考えているなら、
頭の中をもっともっとかき回してください。

それもずっと。

必ず繋がりますから。


今、あなたが考えもしないことが、脳内に起こりますから。


これは、頭の中でも外でも同じです。

僕はテンプレートとか、守破離なんてものにはかなり疑問も持っています。

駄目だと決めつけているわけじゃありません。

先生に教えられた通りに努力すれば、ゴールに一早く辿り着けるでしょう。

でも、あっちに行ったり、こっちに行ったり脇道入って、寄り道しながら行くと、
いろんなお宝拾い集めながら進めるんですよ。

先生が教えてくれたことだけ信じて、ゴールに向かって一直線にいけばいいんだけど、
そのゴールは、あなたの人生の最終目標なんですか?


もっともっとその上にはあるでしょ?、素晴らしい景色があると思いますよ。

寄り道してお宝拾い集めながら進んだ人は、そのお宝から芽が出て蔓がグングン伸びて繋がるんですよ、あなたが想像もできなかった何かに。

頭の中も同じですよ。

自分で自分の可能性を決めつけちゃってる、こんなもんだってね。

あなたが今できる最高なことをしたいなら、頭の中を綺麗に整理しておけばいい。

頭の中で守破離でもテンプレートでも使えばいい。
そしたら、今できる最高のことはできますよ、きっとね。

だけど、、

今のあなたには想像できないかも知れないけど、何がどう繋がるか判らないんです。
蔓を伝って行けば、とんでもないものに巡り会えるかもしれないんですよ。

あなたの中に確かにある、あなたが気づいていないだけの凄いことを呼び起こすためには、
取っ散らかしちゃってください、頭の中。

僕はお手伝いしますよ。
僕はそんなあなたを見たいし、一緒にわくわくしたいんですよ。

頭の中で、冒険でも脱線でもどんどんしてください。

それはあなたの掲げる人生の目標に到達するために、
そして、あなたがまだ想像だにしない凄い景色に出逢うために・・

必要不可欠なことだからなんですよ。






3. 僕は何をやるにも全速力です。あいつが追いかけてくるから。


僕は何をするにも全速力で走るように体を動かします。

外回りの営業でも一日中走り回っていました。
営業は足で稼げ!なんてことが、よく言われていますよね。


ここで、なんて古臭いことを・・なんて思ってるでしょうね、あなたは。


僕がね、あなたの想像の範囲で収まっているわけがないでしょう。


僕は走るんです。
マラソン選手のように一日中走ります。

ただ闇雲に走ってるのではないです。
根性論ではありませんよ。

走らないと間に合わないから。

僕のことを追いかけてくるやつがいるから、僕は何をやっても全速力なんです。

あいつが追いかけてくるから。。

僕の脳みそがどんどん指令を送ってくるので
それに遅れまいと体の動きも速くなるんです。

そうでしょ?

これやったらアッチ、それが終わったらこっち・・

次々とこなしていかないと、やることが溜まる一方です。
だから何をするにしても全速力になってしまう。

昔やってたレストランの仕事でも同じ。

すかいら~くで料理つくってたんですよ、僕。

料理と言ってもレトルトを温めたり、冷凍のフライを揚げたり。
素人でもできる作業ですけどね。


そこでもやっぱり全速で動いてました。

アイツがいたから。


ここでは書ききれないほど細かいことを、次々と命令してくる。

僕も全速で動かないと、それらの指令が溜まっちゃうから。


スーパーでの品出し作業でも同じように、アイツは僕を追いかけてくる。
僕の体は一日中、止まることはありません。


手と足が常に、これは大げさでなく勤務中ずっと僕の手足が全速で動いています。

アイツが追いかけてくるからね。


間に合わないから。


会社の締め切りだとか、お客さんが待ってるからだとか、
そんなことじゃなくて、


脳みそがどんどん僕に指令を出してくるんです。

ものすごい速さで追いかけてくる。


だから、僕の体はアイツに負けまいと全速力になるんです。


どこかで止まりますよね?、普通は。


一服するみたいに、ちょっとタイム取るでしょう?


少しくらいゆっくりさせてもらいますよね。

次に何やろうかと、落ち着いて考えたい。

それから身体が動く。

身体が動いて目的を達成したら、また考える。

そこに時間の隙間があるでしょう。


そこに隙間ががあるということは、
脳みそがちゃんと機能していないってことですよ。


僕の脳みそがそんなグウタラだったら、クソみそに言いますけどね。
なにやってんだぁ、さっさと指令を出しやがれー!って。

僕の中のアイツはそんなグウタラじゃないから、
いつも競争です。

体が止まったら、アイツの負け。
だって、指令が追い付いてないってことだからね。


でもアイツは強いからね、指令が途絶えるなんてことはない。
ずっと追いかけてくる。


だから、僕はいつも全速力で動いてないと、
すぐに渋滞しちゃうんですよ。


僕は少しでもそれに抗いたいから、
全力で体を動かして。。

アイツの出してきた指令を次々と終わらせて、
おい、さっさと次の指令を出せよ!・・ってアイツに活!を入れられたら僕の勝ち。


僕とアイツはいいライバルなんですよ。
お互い切磋琢磨して成長し続けているんです。

ずっと昔から、僕たちはそうしてきた。

もしも・・


あなたがいつもいつもノートなんかとってるとしたら間に合ってない。

脳みそからの指令をこなしきれないでしょう。

あなたは頑張ってるんだろうけれど、のんびりノートなんてとっていたら、
脳みそのことを煽ることもできないでしょう。


だから、あなたの脳みそはグウタラになっちゃうんです。

出来るだけ早く、そして速く、脳からの指令に応えるってことです。


それには、キーボードで打ち込んだ方が早いでしょっ?
口から出した言葉をそのまま録音する方が早いでしょっ?

さっさと打ち込んで、もしくは録音でも何でもしちゃって、
あなたの脳みそに言ってやってください。


さっさと次の指令を出しやがれー!って。
あなたの脳みそは驚いちゃうでしょうね。


いつもお互いのんびりやってるんだから。


きっとあなたは、そうやって脳みそと仲良しこよしをやってるんでしょう。

だから、あなたの頭の中はいつまでたってもお花畑なんですよ。

僕はいつもいつも、僕の中のアイツと戦っています。

僕の体も、僕の中のアイツもどんどん進化しています。

僕が営業で走り回る理由が解ったかな?

大事なことは・・


いつも脳みそをフル回転させること。

フル回転している脳みそからの指令に全力で応えること。

フル回転してるので、次から次に指令は飛んでくるけど、
そんな指令をどんどんこなして、さっさと次の指令をよこせ!

・・と脳みそを煽るくらいに全速力で動くこと。

自分と自分の中の脳みそはライバル関係です。

切磋琢磨していくと、お互いの切れ味が増していくんです。

お互いの切れ味が増していくとどうなりますか?

より難解な指令が、より速度を増して飛んでくるようになりますよ。

そしたら、それに応えるべく全力で、逆に脳みそを煽るくらいに動けばいい。


超簡単にあなたの脳みそを鍛える方法について話しました。


超簡単だけど、根性なしのあなたには無理かもね。
全速力でなんてできないでしょ?


結局は、根性論になっちゃいました。


でも、世間で言われている根性論とは違いますからね、この話は。

飛び込み営業

スーパーでの品出し作業

すかいらーくの厨房作業


いくつか例に出してワーク作りのヒントを出しましたが、

もっと細かくて、より複雑な作業工程であれば、脳の活性化には有効でしょう。

あなたの日常生活の中にもワーク作りのヒントがあるかと思います。

是非自分の頭で考えて、あなたオリジナルの脳活ワークを開発してください。





4. 明智光秀の暗殺がどう繋がっているのか?


日本史も世界史も、過去に起こった事実を覚えるだけ。

本能寺の変は何年の出来事ですか?
第二次世界大戦、日本はどこと戦いましたか?

関ケ原の戦いに至った経緯にはどんなことがありますか?
戦後、日本はどのように変わりましたか?
戦争は人類にとってどういうものですか?

一見、考えさせられるテーマですけど、
ほとんどの人は、戦争とはこういうものなんだと、答えを植え付けられてるんですね。


ほとんどの人が同じ答えですよ。

何故かと言うと、自分で考えてないから。
与えられた答えを記憶するのが、今まで日本人がやってきた勉強、、学び方。

自分で考えるという、そういう教育を受けていない。

だから、大人になっても、答えばかりを求めるんですね。
自分で考えることを、はなから放棄している。


何か問題を出されたとしても、
記憶を辿って答えを出しているだけです。


でもそれは、そういう教育を受けてきたから、しょうがないんですよね。

答えを教えてもらって、それを頭の中に放り込むだけ・・

ほとんどの人がそうやって学んで、
今度、教える側になった人も、同じように教えます。

答えを教えるだけ。
教える時も、答え、答え、答えだけを生徒に記憶させる。


本質を説いているつもりでも、そういう人はやっぱり薄っぺらいんです。
自分で考えたことがないから。


そういう教え方しか判らない。

だから、守破離、守破離って五月蠅い。
成功者から学びなさいって五月蠅い。

成功者から学ぶのはいいですよ。

でも考えることを放棄しちゃだめなんです。



SNSのある投稿を見ていたら、ちょっと興味深いものがありました。


もしもトランプ大統領が鬱になってしまったら、あなたはどんな心理療法をしますか?

その問題を考えて、発表しあうんですね。
それで誰のアイディアが一番かみたいなことを競うのかな?


もう一つ、例題があってですね。
あなたは、どうやって100億円を調達しますか?・・みたいな問題もありましたね。


それでね。。

みなさん、それぞれが考えるでしょう。きっと、、


それなりの経験のない人にとっては難しい問題ですよね。


でも、それなりの経験のある人は、
今まで、頭の中に放り込んできた記憶を辿ります。

たかが知れてます。
そういう人が、どれだけ知恵絞り出してもね、、

このゲームの本質はね、持っている知識を出し合って、
誰の知識が凄いなって、そういうゲームじゃないと思います。


昔、誰かにもらった答え、その時、頭の中に放りこんだ答えを、
記憶を辿って見つけ出して、それを発表するだけなんて・・

なんの意味があるんですか?


経験ゼロの人が自分で考えて、例えそんなの上手くいくわけないよって言うような突拍子もないアイディアであっても、それを出し合うことに意味があるんです。

もちろん、それらに優劣なんかありませんよ。


でね、限界があります。


限界があるっていうのは、問題が用意されていて、
その問題に答えるっていうこと自体に、限界があるんですよ。

突拍子もない答えは出てこない。

そもそも問題が普通だったら、答えには限界があるってことなんですけどね。

そのゲームをやるなら、
あなたが、問題を作る側にならないといけません。


出された問題に答えるんじゃなくてね、

もっと、凄い問題を考えることに意味があるんです。


問題を作る側になってください。


僕が、問題出すとしたら・・

ちょっと、考えてみたんです。


本能寺の変、、ありましたよね。

織田信長が殺されちゃうやつね。


明智光秀が企むんですけど、信長の暗殺をね。

じゃあ、明智光秀のその意図はなんですか?

もちろん、歴史的に言われていることはありますよ。


歴史のドラマでもよくやってますよ。

信長に邪険にされてね、明智光秀が怒っちゃったんだ~ってね。

だいたい、そういう風に伝わってますよ。

じゃなくて、あなたの考える、想像する、明智光秀の狙いは何だったのか?

仮説をたててください。

明智光秀は信長を殺して、その後どうしようと思ったのか?


目的があったはずです。

仮説を立てて、

じゃあ、信長を殺しました。

それで、どうなったのか?

歴史で伝えられている表立ったことじゃなくて、

あなたの仮説を元に、歴史上、表立って伝えられていないことを考えてください。

そこにも仮説をたてて、信長を暗殺したことでその後の日本にどのような影響を及ぼしたのか?

僕たちは、あの時の信長の暗殺によって、どんな影響を受けているのか?

それを説いてください。

もちろん、仮説でいいです。

だけど、全部がつながってないと駄目ですよ。

明智光秀の企みが、何百年経った今にどんな影響を及ぼしたのか?


そんなこと今まで誰も考えたことがないからね、

参考になる本なんかないですよ。

誰も教えてくれないし、

誰かの答えを頭の中に放り込んだこともないでしょう。この件に関しては。

今、あなたの記憶を辿っても、何も出てこないですよね、きっと。

だから、本当にゼロからあなた自身が考えなきゃならない。

こんなこと、やったことないでしょ?
人生でないでしょ、こんな完全にゼロから考えるなんてこと。


たくさん寄り道させてあげてます。
そうすると繋がるんです。

寄り道してお宝拾い集めながら進んだ人は、そのお宝から芽が出て蔓がグングン伸びて繋がるんですよ。

あなたが想像もできなかった何かに。

守破離で教えられたとおりやってたらね、
その道の頂には行けるかもしれない。


でも繋がらない。

繋がらないから、他の山に飛び移れない。


せっかく、山の頂きに登れても、、
他の山に登る時は、いったん下山して、また一から守破離です。


繋がっていれば、飛び移れるんですよ。

目先の利益に拘らないでください。

そのもっと先に、あなたが本当に望む、あなたのイメージする幸せというものがあるでしょ?!


いや、あなたが想像もできないような凄いチャンスに繋がるんですよ。


なのに・・


答えだけを頭に放り込むようなことを、これからもずっと続けるんですか?


大人になった今でも、やっぱり同じように学びますか?

あなたに、どんな未来があるのか?

知れてますよね。

トランプ大統領にどんな心理療法をしますか?
100億円どうやって調達しますか?


あなたが、どんなに凄いプレゼンをしようが、
そんなの、どうせ誰かの受け売りでしょう。


たかが知れてるんです。

そんなこと繰り返していても、あなたの本当の夢には繋がらない。







■第四章 せっかくだから、ビジネスの話でもしようかな。


あなたに一つ、ビジネスの肝となる例え話をします。

『戦術』と『戦略』・・この違い解りますか?


戦術とは・・

敵対するやつを殺すために拳銃を使うこと・・それは戦術です。

敵対するグループに一人で怒鳴り込んで、袋叩きにされて、ボコボコにされて、
たまたま落ちていたかのような拳銃を手にして、ターゲットを撃ち殺すが、正当防衛を主張して無罪を勝ち取る・・

それら一連の流れが戦略です。



「有名な〇〇さんが拳銃使ってるから、私も拳銃を用意しよう!」・・なんて短絡的過ぎます。

あなたには是非とも、無罪を勝ち取ってもらいたい。。





1. 可愛い子ぶりっ子を見習えばいい


突然ですが、、


モテる男も、チヤホヤされる女の子も
ちゃんと、そうである理由があります。

それは例外なく、何かを企んでいるということ。

仕掛けているんです。
異性が反応するようなことを、仕掛けています。

実は、僕の彼女も相当なブリっ子です。

いい歳して、自動ドア・・のマットにですね、助走をつけてピョコン”と飛び乗ります。

時々、自動ドアが作動しないことがありますよね?

そんな時は、大きく首を傾げてます。
「あれ~、なんで開かないの~??」・・って。

   完全に、 馬鹿女ですよね。

でも、その姿に参ってしまう男がいるんです。
実際に僕もそうです。

ブリっ子は意識して、男が反応するような仕掛けをしているんです。

彼女は既にプロフェッショナルの域に達しています。


僕が見ていることも知ってます。

遊びに行った帰り、サヨナラする時もそう。

僕は、彼女の背中をずっと見送ってます。
例え100メートル離れていても、僕が見ていることを知っています。

振り返らないですよ。
でも、僕の視線を意識しています。

100メートル離れた遠くのビルの入り口で、ピョコン”ピョコン”やっています。 

   馬鹿ですよ。

それをずっと見てる、僕も大馬鹿ですけど。。

でも、凄くないですか?
その徹底ぶりが。

決して天然じゃない。
それを証拠に怒ってる時、機嫌の悪い時はブリっ子しませんから。

まるで別人です。


ブリっ子はみんなそうです。

世の男たちがその瞬間を目撃することを、反応することを知っています。

天然じゃありません。
意識して、男たちに仕掛けています。

それに比べて・・

ブリっ子を批判する女性たち。
何も仕掛けていないのが、よく解ります。

何もやらない、何も仕掛けない、よく言えば自然体。
何も仕掛けなければ、男だって反応しないし反応できません。

これは、ビジネスでも同じこと。
意識して、こちらから仕掛けないと何も始まらないんです。

例を上げましょう。

あなたがお気に入りの連続ドラマを見ていると、
途中で、CMが入りますね。

そこに起用されているのは、たった今あなたが見ていた
ドラマの主人公だったりしませんか?


半沢直樹というドラマを見ていたら、
堺 雅人がちゃっかり、モルツのCMに出てます。


偶然だと思いますか?

どのCMを見ても、たった今見ていたドラマの出演者。

宣伝する側もいろんなことを仕掛けているんです。

恋愛でも、ビジネスでも重要なことは、
相手を反応させるために、意識して何かを仕掛けること。

                  


これは、かなり重要なことなので、忘れないでください。

ビジネスでは、ぜひ『ブリっ子』を見習って下さい。

あなたのまわりにも日常的に、こういった仕掛けがたくさんありませんか?

コンビニのレジ横には、ガムやチョコが置いてありますよね。
別に親切で置いてあるわけじゃありません。

お客さんは、チョコレート売場に置いてあるチョコには手を出さない。
・・なのに、レジ横に『仕掛け』をすると売上げが上がります。

ビジネスで一番重要なことは、お客様に反応してもらうには、
どうすればいいのか?・・なんです。

通りがかった人を、反応させるために看板をかける。

テーブルの上に商品が置いてあるだけでは、
お客さんは反応できません。

気になったものが置いてあっても、商品説明もなければ、値札もない。
それでは反応したくてもできないですね。

だから、お客様に手に取ってもらえるように、ポップをつくる。

ネット販売でも同じです。

ブログの訪問者に反応してもらうために、キャッチコピーを一生懸命に考える。
反応してもらうために、ヘッド画像でインパクトを与える。

メールを出したら、反応してもらうために件名を工夫する。

ビジネスの基本は、お客様に反応してもらうためには、どうすればいいのか?
・・それを考えることです。


それと、インターネットでのビジネスについて大事なことを一つだけ。

インターネットではこの反応させる、行動を促すっていうことが、絶対に必要なんです。


、、と言うか、インターネットの特性がそういうものです。

テレビCMで、これいいですよ~ってやってても、
それを見ている人は、お店まで買いに行かなきゃならない。


インターネットなら、クリック一つですよ。
クリック一つで次に繋がるんです。

注文ページが出てきます。

この特性を生かさないと、何のために、インターネット・ビジネスやってるの?ってことです。


ビジネスに限らずインターネットで何かをするなら、
訪問者に反応してもらう、次の行動を促すってことを強~く、意識してください。





2. あなたしか出来ないのなら、それを使命と思ってやるべきブランド戦略



僕にとってブランド戦略というものは、

決して目先の利益だけを考えるものじゃありません。

僕は常にプロフェッショナルでありたいと思っています。

では、プロフェッショナルとは何か?


にっぽん柔道の話をします。


オリンピックでメダル独占・・そう簡単にはいきませんね。


これからも、そうです。
日本はこの先ずっとオリンピックでは苦しむでしょう。

それは何故か?


明らかに、外国人選手とは違います。

柔道そのものが違う。


外国人選手は勝ち方を知っています。


どう戦ったら勝てるのか? メダルに手が届くのか?

あんなの柔道じゃないよと言われようが勝てばいい。
せこい手を使って判定でギリギリ勝てばいい。

外国人選手は勝ちにこだわっています。

結果がすべて。
メダルがすべてです。


それに比べて、日本人選手はどうでしょう?


『勝ち方』ですね。


日本の柔道、柔の道、一本を取る柔道に拘っています。


勝つことよりも、勝ち方。

オリンピックを見ていて歯がゆい場面がたくさんあります。

強いのに勝てない。


日本は柔道強いですよ。
でも、試合には勝てない。

強い割には勝てない。


普段から、勝つための練習をしていません。
いつもいつも一本を取る練習をしています。

日本の柔道家の多くは、
小学生の頃から一本を取る練習をずっとしています。


小学生から中学、高校、大学生、社会人・・
柔道をするすべての人がそうです。

練習でタックルなんてしようものなら、どやされます。

今、タックルは国際ルールでも禁止されましたが、

オリンピックで外国人がやるような、せこい柔道をしようものなら、
どこの道場でも怒鳴りつけられます。

これこそプロフェッショナルであると思います。


日本の柔道だけが、世界でブランドとして認められています。


日本が勝つことに拘れば、オリンピックのメダル数は増えるでしょう。

だけど、日本はそれをやらない。
あくまでも、勝ち方に拘る。


一本に拘る。


     

世界にはたくさんの柔道家がいます。

彼らは日本の柔道を学びに、いろんな国から集まってきます。


オリンピック競技である judoではなく、 日本の『一本』に拘る柔道、柔の道を学びに来ます。


『にっぽん柔道』は、世界の柔道界において憧れの的です。

オリンピック judoと、にっぽん柔道は別物ってよく言われますが、
日本の柔道じゃなきゃ駄目だっていう人が世界にたくさんいます。


日本も、この柔の道にこだわっているんですね。
にっぽん柔道は、こうでなければならないって。


これをブランドと呼ばずに、何をブランドと呼ぶのか?

        にっぽん柔道を!


ビジネスも同じです。

プロフェッショナルでなければいけないんです。


プロは結果がすべてだって言う人がいますが、
それだけでは多くの人は巻き込まれない。

あなたのビジネスもにっぽん柔道のように、周りを魅了する『あり方』を意識しないといけない。

あなたがビジネスでブランド戦略を考えるなら
次のことを自分自身に問いかけてください。

1.誰でもできることを、あなたがやる理由はどこにあるのか?

2.あなたは、どこまで拘りを持ってビジネスができるのか?


結果じゃないんですね。 いくら稼ぐかじゃないんです。


でも、周りを巻き込むための拘りがあれば、 あなたでなければ嫌だとお客さんに思われる。
それは、あなたの代わりがいないってことです。

ブランドって言うと何を想像しますか?

ブランド物・・例えば、ルイ・ヴィトン。


お客さんにとって、絶対にルイ・ヴィトンでなきゃ駄目なのか?

もしも、この世にルイ・ヴィトンが存在しなかったら、
現にルイ・ヴィトンのバッグを持っている人は、どんなバッグを持っているのでしょう?

エルメス?
コーチ?
カルチェ?


もし、他のブランド・バッグを持っていたとすれば、
ルイ・ヴィトンの代わりはいくらでもある・・っていうことです。

「私はルイ・ヴィトンじゃなきゃ嫌だ。」
「ルイ・ヴィトンでなかったら、ブランド物なんて要らない!」

・・顧客にそこまで言わせて、初めてブランドと言えるんです。

『あり方』を強く意識してください。

売り方ではありません。


『あり方』

あり方を意識せずに売り方ばかり考えているとライバルとかち合います。

あなたが、するべきビジネスは何か?
それをやるのが、あなたじゃなきゃいけないのか?

あなたは、人を巻き込むための強い拘りを持っているか?
また、その拘りをどこまで貫き通せるのか?

一本を取る柔道に拘れば金メダルが取れないように、
拘りを持つことで結果が伴わないことだってあります。

ビジネスですから食っていかなければいけない。


現実を考えて目先の利益が欲しいという人もいるでしょう。

あなたは、柔の道を行けるのか? それとも無理があるのか?

それを自分自身で見極めてください。


より広い世界にあなたのメッセージを届けるために、目先の結果に拘らない。


一見、遠回りしているようでも、そういう人たちが世界を広げて行くんです。


どんなスポーツであろうと最後の土壇場の場面で、
詰まらない反則勝ちなんかしても一部のファンが喜ぶだけです。

スポーツをアマチュア競技として考えるなら、
ルールに違反していない限り何の問題もありません。


しかし、お金を出して観戦してもらう商いとして考えるのであれば・・


横綱が勝ちに拘り過ぎて、いつも詰まらない相撲をとっていたら相撲界は終わります。

チームが勝つためならと世界のホームランバッターが送りバンドなんてしていたら、
初めて野球というスポーツを見た人はどう感じるでしょう?


横綱も世界のホームランバッターも実力があるのに、何故あなたがそんなことしているの?・・ってことです。

できる実力があるなら、それを使命だと思わなきゃいけない。


真のブランドとはそういうものです。

その反面・・

横綱だって堅実に勝ち星を積み重ねたいと思うし、

ホームランバッターがいつもいつもホームランを打てるわけじゃないので、
より確実にチームの勝利に貢献したいと思う。

横綱ブランドに拘るのか?
目の前の勝ち星を掴みに行くのか?

ホームランバッターというブランドに拘るのか?
それとも、目の前の勝利を拾いに行くのか?


世間で言われる見てくれのブランド戦略ではなく、

本物のブランドを作るには、そういった覚悟も必要だということです。

「にっぽん柔道」は真のブランドです。

にっぽん柔道は、世界中の人から支持されています。

金メダルを逃したとしても、違う場所ではライバルなんていません。

絶対的な存在です。


ビジネスで言ったら、にっぽん柔道は一人勝ちなんです。


あらためて、あなたに伺います。

あなたは、どこまで拘りを持ってビジネスができますか?

それとも、目の前のお金を確実に掴みに行きますか?






■第五章 最後にあなたに伝えたいこと・・それは『自由=無』であるということ。



1. パチンコ業界の超わがまま社長の話


僕は自由を求めて会社を辞めた。

僕は以前、パチンコ業界の今で言う超ブラック企業に勤めていました。


パチンコ球を磨く機械や、各パチンコ台まで球を搬送するシステムを開発、製造販売する会社でした。

パチンコ業界って、超が10個くらい付くほどいい加減な業界です。

いい加減・・何がいい加減なのか?


解りやすく言えば、家電と同じで、

機械ものはやっぱり国産に限るってことです。


性能云々は色々ありますが、何と言っても壊れない。
テレビや冷蔵庫、洗濯機にしても壊れません。
10 年たっても、まだまだ使えます。


日本人として誇りに思えることの一つですね。

これら国産品に比べて、中国や韓国のメーカー製品はどうでしょう?


ネット通販で安いなと思って買ってみれば、いきなり壊れる。
クレームつけて交換してもらっても、それもまたすぐに壊れる。


そもそも不良品じゃない。
元々の製品自体が未完成です。


パチンコ業界のオーナーは、そのほとんどが韓国人。

パチンコ屋さんに設置されている多くの機器は、
日本で造られてはいますが韓国産と同じようなものです。


下請け業者が優秀な日本人技術者でも、
何の拘りも持たない韓国人オーナーが

『よしっ、そんなもんで十分だ!』と簡単にOKを出してしまう。


そして中途半端な製品が世に放たれます。

当然すぐに壊れる。

僕は、自社製品のメンテナンス要員として働いていました。
毎日毎日その機械が設置されているお店から、修理依頼が入ります。

『機械が止まっちゃったよー!今すぐに来いっ!』


当時パチンコ店の従業員はガラが悪くて、 どっかの組の怖い系の人ばかりでした。


『何だこの機械はー!こんなのすぐ外して持って帰れー!べらんめぇーわれぇー!』


修理しても、すぐに壊れる。

元々がそういう製品なので、 どんなに神経注いでメンテンスしても、またすぐに壊れる。


超いい加減な韓国人が、超適当に造った製品なので壊れるのは当たり前です。

パチンコ屋さんは夜の 11時頃まで営業しています。
ゴールデンウィークやお盆も、お正月も休まずに営業です。


だから僕も、365日ずっと携帯電話を持たされ、
お店からのクレーム電話を受けて、修理に向かいます。


『いつまで待たせんのやー、われぇー、すぐに来んかいっ!』

パチンコ屋さんの怖い店長から、ドスのきいた声で毎日怒鳴られる。

営業中に作業が出来なければ、深夜の作業になり家に帰るのは朝方・・

平均睡眠時間は 3 時間。

ブラック企業なんて、とっくに通り越しています。


このパチンコ業界というところは・・

パチンコ店はもちろん、機器メーカー、システムメーカー・・
いろんなメーカーの創業者たちは、みんな大金持ちです。


そこいらで騒いでるネット起業家とは、桁違いの『超大金持ち』です。


家の中に滝が流れてるは、観賞用のベンツが置いてあるは・・

成り上がった創業者、そして、おぼっちゃま育ちの後継者。

いずれも超が 20 個くらい付くワンマン経営者だったりします。


うちの社長も例外ではありません。

傘下のグループを合わせると、 年商1000億円を超える大メーカーで、
業界の誰もが知る創業者一族の1人です。


おぼっちゃま育ちの超わがまま社長さまです。

何でも自分の思い通りにならないと、泣き出します。

本当ですよ。


『うぇ~ん、あいつが俺様に逆らいやがったぁー!』

・・って、取り巻き連中に言いつけます。

そうすると、取り巻きが逆らった奴を処罰するんですね。


ゴルフ場でも同じようなことが起こります。


社長の打った球がとんでもない方向へ飛んで行こうと、
フェアウェイの真ん中にちゃんと戻ってきます。


池の中にポチャリと飛び込んでも、 不思議なことに数秒後にはちゃんとグリーンに乗ってます。

バカ社長だけが、本気で運があると信じています。


そういう『係』がいるんですね。
社長の打った球を拾ってナイスショットな場所へ移動する『係』が

OB なんて絶対にありえない。
まるで、お笑いコント。


そんな世界が現実にあるんです。


社長よりも良いスコアで周ろうものなら、バカ社長がまた泣き出します。

『うぇ~ん、なんで俺が 1番じゃないんだ~! あいつズルしてるんじゃないのかー!』

取り巻きどもが
社長より良いスコアで周った若い社員に厳重注意します。

『ズルは駄目だぞっ、おまえは失格!』・・って。

まるで王様ですね。

王様。

ワンマン社長の鶴の一声で全てが決まります。

当然、誰一人逆らわない。

社員はいつも王様のご機嫌を伺いながら仕事をしています。


王様が『こうだ!』と言えば、
周りは口を揃えて『社長~、それは素晴らしい!』と言います。


今流行りの『御意っ!』ですね。

『社長~、それは違うと思います。』なんて言ったら、また泣き出します。

取り巻きどもが、社長に反対意見した社員を地方へ飛ばします。

社長はいいですよ。
馬鹿だからしょうがない。

問題はこの雰囲気ですね。

いつもいつも社長に気を遣い決してNO
とは言えない。
NOと言った人間を全員で締め出す。


そんな異様な世界に嫌気がさしてある日、僕は社長に言いました。

『社長! カラスはやっぱり黒でしょ~っ!』って。

いつものように社長は泣き出します。

その当時、僕もそれなりの役職についていたので、取巻き連中も僕には意見できません。

すると社長が、

『みんな~ちょっとええか~? ワシと根本、どっちが正しいのか、みんなに聞こうじゃないか~!』

多数決・・

でも、結果は見えています。

陰ではみんな社長の悪口言ってる癖に、いざという時はみんな社長側。


『社長のおっしゃる通りです~。』

みんなが口を揃えて言いました。

『確かに、カラスは白です!』

社長が『カラスは白い!』と言ったら、カラスをとっ捕まえて、白いペンキをぶっかけてでも白くする。


『えっ、今は何時代?』って感じです。


『裸の王様』は物語です。


でも現実は違います。


『あの王様は裸じゃん!』なんて言ったら、 例え子供であろうと処刑されちゃいます。

その時、僕は思いました。

他人に気を遣って自分の思っていること何一つ意見できない

それでいいのか?

そんな仕事をしていて恥ずかしくないのか?

そんな人生のどこが楽しいのか?

365 日、毎日明け方まで、真っ黒になって働いても、

社長に気を遣って、自分の思ったことを何一つ言えない・・


僕は会社の雰囲気に我慢できず、15年務めた会社を去ろうと決意しました。

僕は自由になりたかった。


誰にも気兼ねすることもなく自分の意見が言える、 正しいと信じた道を行ける・・




第五章  

最後にあなたに伝えたいこと・・
それは『自由=無』であるということ。


2. あなたの求めている自由と、僕が掴んだ自由はきっと違う。


僕は自由になった。


「お金を稼いで、自由な暮らしを手に入れよう」と叫んでいる人がたくさんいます。

でも、 自由気ままな暮らし=幸せな人生・・ではありません。

確かに、大金を手にすれば自由な暮らしが待っています。
幸福な時間も確かに流れます。

一時的に。


でも、飽きるんです。
どんなに幸せなことも時間も、時が来れば必ず飽きがきます。


幸福はすぐに消えてなくなります。


自由=無・・です


真っ白なキャンパスに、どんな色を染めていくのか?
それがあなたの人生です。


無の状態から何を造れるのか?
自分自身にどんな提案ができるのか?


それができなければ、いくら稼いで自由な暮らしを手に入れても決して幸せにはなれません。


お金を持てば持つほど、いろんな経験ができるでしょう。
何に対しても、お腹いっぱいになります。

次第に何も求めなくなる。幸せになることが難しくなります。

何億、何十億をつかんでも同じです。
不幸な大金持ちを僕はたくさん知っています。


その時、何も求めていない自分に対して、どんな感動する提案ができるのか?
お金を持てば持つほど創造する力、提案する力が自分自身のために必要になってきます。

上司から言われたことだけをやる
お客さんに求められたことだけをやる

他の誰もがやることを我先にと争って・・

例えあなたが一番になったとしても、お客さんにとってそれがあなたである必要がない。

あなたから買わなくても二番目の人から買えばいい。

それが社会にとって価値あるビジネスのあり方だとは思えない。

あなたは、何も求めていない人に、どんな感動を与えることができますか?

ビジネスとは、人生のための修行です。


創造する力、提案する力・・それを常に磨いてください。
いつか自分自身のために使う・・そんな時が必ずやってきます。


好きなことをビジネスにして、自由に生きて行く・・

もしかしたら、あなたもそんな風に考えているかもしれませんね。

自由=無・・です。

だから、あなたのビジネスは最初から行き止まり。

因数分解とか元素記号とか訳の分からないことを、ただ記憶させておけば社会の立派な歯車が出来る・・


それが現代教育の始まりです。

小さい頃から先生の教えてくれた答えを、何の疑問も持たずにただ頭の中に放り込む。
出された問題を記憶を辿って答えるだけ。


そんな勉強を受けて来たあなたには、自由=無・・なんていう発想がそもそもないでしょう。

奴隷解放。

解放された奴隷が何をやっていいのか分からないで自殺してしまう・・なんてことがあったらしいです。


自由=無・・です。


奴隷であるのが当たり前の人は、自由になったとたん迷ってしまう。

あなたの人生なんだから、好きな色に染めて行けばいいのに、
眩しいくらい真っ白なキャンパスだから筆を起こす勇気が出ない。


あなたも同じではないですか?


大人になっても答えばかりを求める。
自分では一切考えることを放棄している歯車です。

そんなあなたが自由になったらどうなりますか?


奴隷と同じですよ。
あなたは、これからもそういう生き方を続けるんですか?


あなたが今のままでは必ず、自由=無・・の壁にぶち当たることになるでしょう。

あなたは自分で考えて、自分の意志で真っ白なキャンパスに筆を入れなければならない。


僕が以前感じていた不自由とは、
やりたいことや、言いたいことを押さえつけられていたという不自由です。


あなたが感じている不自由とはどんなものですか?


嫌な仕事をさせられる。
毎日、満員電車での通勤がしんどい。
嫌な上司に怒られる。

だからそんなところから一刻も早く解放されたい・・だとしたら、


自殺してしまう奴隷と同じです。

解放されたらきっと彷徨います。

自由=無・・ですから。


だから冒険が必要なんです、あなたには。

境界線の内側でウロウロするんじゃなくて、思い切り境界線を越えてください。

遠い山奥をグルーっと周って行けば、お宝拾ってそこから芽が出て蔓がぐんぐん伸びて、そこを伝って行けば必ず繋がります。

あなたが見たこともない景色が広がって、
想像もできなかった何かに出会えますから。


その時はじめて、自由になれて本当に良かったと、心から思えますから。





●著者プロフィール 

闘病生活っていうけど本当に戦っているのか?



僕の投稿を、自叙伝のようだと言ってくださる方がいます。

とてもありがたく思っています。

なので最後に・・
僕の人生で決して外せない出来事についてお話します。

僕は20歳の頃、ある病魔に蝕まれていました。
誰もが知っている不治の病です。

長い闘病生活でしたが、その日は突然やってきました。


「覚悟しておいた方がいい。親御さんとも相談して、
 君なら大丈夫だと思ったから伝えるよ。」

担当医からさじを投げられました。

その後に続く言葉は僕の耳に入らなかったのか、それとも記憶にないだけなのか?

ただ、目を真っ赤に腫らした母親の様子を見れば、
おおよその見当がつきました。

実際に、僕と同じ病気の人たち・・

両隣や、向かい側のベッドにいたおじさんたちが
順々に亡くなっていく。

おなかがバンバンに腫れて、顔は黄土色。
子供の頃、テレビで見ていた人形劇、
そう、サンダーバードみたいな顔色になって、

「この子はもう長く生きられないだろうな、まだ若いのに。」・・
いつしか僕もそんな姿になっていました。

「あ~俺は死ぬのかぁ~。悲しんでくれる人はいるのかなぁ?葬式には何人が来るだろう?」

小学生の頃から友達の多い妹と違い、毎年届く年賀状の数は2枚。
担任の先生と全員に出すような律儀な女の子から。

実際に、1回目の入院では数人お見舞いに来てくれる人もいましたが、
3度目4度目となると誰も来てくれません。

「みんな俺のことなんか忘れちゃうだろうな。」


ベッドの白いシーツ、白のカーテン、看護師さんの白衣、シューズ、
白い床に白い壁、白い天井・・

非現実的な空間の中で、僕は4年もの間ずっと何かを考えていました。
白を眺めながら。


闘病生活って言うけど、俺は本当に戦っているのか?
ただ歯を食いしばって耐えているだけじゃないのか?

病魔に攻撃されっぱなしで、ただ我慢しているだけ。

それじゃ病気は治らないだろう?
いつか殺られる。

それじゃ駄目だよな、こっちも攻撃しなきゃ。

そして・・

僕の人生で最大の気づきがありました。

俺の中に何かいる!
俺を守ってくれる何かが確かにいる!


精神を集中させて号令をかけると、
彼らが病巣目掛けて一斉に攻撃を仕掛ける・・
僕には判りました。

それからが、本当の闘病生活の始まりです。

「頑張れ、頑張れ!」


毎日24時間ひたすら司令を出し続けました。
一日中ベッドで寝たきりです。
時間は充分にある。

僕には絶対に治るという確信がありました。
なんの根拠もないし、誰にも説明できません。

でも、彼らは間違いなく僕の中に存在し、共に戦ってくれました。


  ・・あれから何十年
    僕は今ここにいます。


再発もまったくありません。
病気は完治しました。

当時、治療費は免除されていて、
それ以外にも国からお金をもらっていました。
それほどの病気だった。

でも僕は奇跡だなんて思っていません。
現在の医療でも説明できるものじゃない。
普通なら死ぬ。でも僕は死ななかった。

この世には未だ解明されていないこと、
世界一の専門家にも解らないことがたくさんある。

だから・・

だから諦めなかった。


なかなか出来ないと思います。
自分の中にいる何かを、味方だと信じて応援する・・なんてこと、
365日起きている間中ずっとですよ。

ただ奇跡だけを信じて祈り続けるなんてこと、
普通なら諦めるというか、最後まで信じ抜けないと思います。


僕がそれをできたのは、自分の中の何か、何かの細胞でしょう、きっと。
それが動いているのを感じられたから。

ただそれだけ。

当時、気休めでハッカ油に浸したガーゼをお腹にシップしていました。

お腹がスースーして気持ち良かったけど、
血液とか、お腹の中のいろんな細胞が動きますよね。

それは誰でも感じられると思います。

僕の体の中で、何かが間違いなく動いている。

血液が流れているだけなのかもしれないし、
実際は何だかよく判らない。

でも、それが僕の味方なんだと、
勝手にそう思えた。


ハッカ油を浸したガーゼでシップしたから、
何かが僕の中で動いている・・それが判った。

そして、病巣目掛けて突撃せよ!と指令を出した。


それだけのことで信じられた。
365日起きている間中というか、寝ている間もですね、

頑張れ頑張れ!って応援できました。

医学的にどう作用したのかしなかったのか?
そんなこと僕には解りません。

ただ、信じることができた・・そのきっかけになったのが、ハッカ油のシップ。

ハッカ油自体に、病気を治す効力なんてありません。

血行が良くなったくらいで、あの病気は治りません。


でも・・

あの時、ハッカ油でシップをしていなければ、
365日24時間ずっと自分の中の細胞を信じて、
指令を出し続けるなんてことは出来なかったろうと思います。


もしも今・・

あなたのお子さんが不治の病を患っているとすれば、あくまでも戦うのは本人です。

僕は科学者じゃないから、なんの証明もできないし説明もできない。
だけど、自分の中でふつふつと湧き出る何かを感じて、
それを信じて・・それが何かしらの結果に繋がっていく。

お母さんの優しい手の平が、奇跡のきっかけになるかもしれない。
僕のきっかけは、ハッカ油のシップだったけど。。





●あとがき その出る杭の役割は何なのか?


その杭は誰のために突き抜けようとしているのか?
その杭の担う役割は何なのか?

それを自身に問いかけて、その答えに確信が持てるから、
どれだけ叩かれようが全く気にならない。

誹謗中傷なんて勲章を貰ってるようなものだから。


例え話を散りばめて好き勝手に書きました。

中には僕の発信を快く思わない人がいて、
きついメッセージを頂くこともよくあります。

本来、反対意見であっても新たな気づきになるので、とてもありがたいことですが、
何故だか彼らはそこに憎しみを込める・・

僕が発信する度に、あなたは平常でいられなくなる。


いつも心配しています。

僕が寄り添ってあげられればいいんだけど、
それをあなたは望まないでしょう。


もう読まない方が良い。
きっとあなたは耐えられない。
だから、あなたはあなたの道を行ってください。


僕は僕の哲学を強烈に発信し続けるから。
僕は、根本優が止まらない。


  ~最後までお読みいただきありがとうございました~




●おまけの動画 成功するには天才になる方が手っ取り早い!~行動編~

https://youtu.be/tEC3-ORhX7A

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