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想像力【エッセイ】一六〇〇字

 必ずやらなければならないことなら、可能な限り短時間で済ましたい。
 パスポートを昨年7月に更新したのだが、コロナ禍で会場が、ガラガラ。10分もかからずに終了した。係の女性に、「空いていますね」と話しかけると、「そうなんです。暇ですぅ~」の答え。思わず笑ってしまった。第4波を迎えていた時期なので、海外旅行にも行けない、感染も怖い、で読み通りだったのだ。
 病院の定期診察も同じ。感染のピークをむかえている時期は、近くのひとは、リモートでなく、病院に行くことをお薦めする。極端に空いている。先月29日に診察が予定されていたのだが、血液検査を前日の午後(空いている)に済まし(ウォーキングルートにあるので容易)、当日の診察時刻ギリギリにスタンバイ。いつもは、診察予定時刻の1時間前に採血し、そこから2時間前後かかる。が、30分でコールがあった。ただし、マスクを二重にし、感染対策をバッチリ講じることを怠りなく、ではあるが。
 
 極端に時短だった体験を、もうひとつ。
 ことし運転免許の更新年だった。スピード狂のワタクシとしては、まだ返上する気はない。ゆえに期間中(9月末までの2か月)に必ずやらなければならないことの、ひとつ。そこで考えた。盆休み期間中は空いているか? ネットで調べれば、場所によっては空いているともある。私は新宿区なので、都庁に行っていた。更新センターに電話する。すると、「いつもほどではないですが、まあまあ混んでいます」と答えた。「???混んでいるの、そうでもないの?」と思ったが、聞き直すのもしつこい性格と思われるのもイヤなので、切る。あとは、自分の想像力である。そこで、考えた。盆休みの終盤は、帰省したひとは疲れて外出する気にならないだろうし、自宅で過ごしたひとも、休みの終わりあたりに動きたくないだろう。
 そこで、8月16日(火)を選び、恐る恐る出向く。すると、受け付け入口に並んでいるのは、3名。正解だった。2分くらいで受け付け。書類チェックで1分。申請書を渡され、記入に2分。更新料窓口で、2,500円(70歳以上で、高齢者講習終了証明書を提出した場合)を支払い、1分。さて次は、目の検査だ。
 前回は係員と言い争った。
「はい、ここに両目をつけてえー。開いている方を口頭で答えてー」
と、あちら系の雰囲気の元警察らしきガタイのいい男が宣う。
「見えません」
「んー? 何も見えないの? それじゃあ更新できんな」
その言い方に、ムっとする。
「だって見えないですよーー。こっちにきて見てくださいよー」(見慣れている「C」の字がどこにあるか、わからなかったのだ)
そのデカ風男が、カウンターから出てきて、覗く。
「見えるじゃないかーー。あんた、これ見えないの?」
と言われ、もう一度のぞくと、「C」があった。しかし視力が落ちていて、結局は免許証に、「要メガネ」を記されたのだった。
 今回は、白内障の手術で視力があがっているので、その旨、係員に伝える。女性だった。物腰柔らか。前回の横暴な元警察風とは違う(検査係は、元警察は向かない。やはり女性がいい)。
 「開いているのがどちらか口頭で答えてください、はい、これは?」
「右」
「これは?」
「下」
「では、これは?」
「左です」
「はい、メガネ必要ないですね」
となった(たった3回答えただけ)。所要時間1分。
 次は、暗唱番号を入力するコーナーへ。30秒。
 そして最後の写真撮影になる。これまで実物の見栄え通りに写されたことがない(決してイケメンとは言わないが)。報道される犯人の写真は人相が悪いものばかりだが、そのような表情になるのが不思議だ。やはり警察が関わると、顔がこわばり、そんな結果になってしまうのだろう、いつも思う。所要時間、3分(持参したブラシで髪を整えていたので、時間がかかる。整いすぎて、いつもの髪型とは違ってしまった。それでも、やはり犯人風に・・・)。

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 無事、全て終了。到着してから10分以内で終わった。
 70歳未満は、講習があるので、それから小1時間、免許の受け取りに、混んでいると1~2時間かかるのだが、今回は、高齢者用に椅子に座らされ(まるで電車の専用席に座った気分)、10分あまりで新しい免許証を受け取ることができた。驚異! 20分くらいで終わったのだ。

(おまけ)

現在、SDCs投稿コンテスト「#未来のためにできること」が開催されているが、格差【エッセイ】一〇〇〇字で応募しました。

続いて、
過日(2021年3月24日)600字で書いた多様性【エッセイ】を1000字に膨らまし、2点目を応募することにしました。

因みに、600字のときは、以下の内容でした。
             ※
 弟は小さい頃、「きつ音」だった。でも近所の駄菓子屋では、人気者だった。店のおばさんがお菓子をくれると、「う、う、うまい。うまにゃ、うまにゃ、うまにゃ」と食べる。「う、う」ではなく、「うまにゃ、うまにゃ」と、唸って食べるのが面白いと、何個もいただける(私も便乗した)。なおさら調子にのって、「うまにゃ、うまにゃ」。そのせいか、しばらく治らなかった。でも、小学高学年になったころだろうか、いつのまにか消えていた。
 「きつ音」は、子どもは20人に1人にある症状らしいが、同じ割合で「色覚異常」があると、『「色のふしぎ」と不思議な社会』に、あった。いま30代以上のひとは。「色覚検査」を受けた、と思う。大円の中に、カラフルな大小の丸がモザイク状に描かれていて、見えにくい数字を読み上げる、検査である。
 一時期、進学や就職に制約があった。識別できないが由の弊害があるとのことで。いまは、パイロットとか、色を正確に判別しなければならない職業以外は、解除されている。
 筆者は、「異常」ではなく多様性の一部だと、主張する。狩猟採集をしていたころを例に出す。投槍名手、韋駄天、獲物を運ぶ力自慢。加えて、緑の草原に隠れた獲物や、襲おうとする獣を発見できる「目がいい」(いま言う色覚異常)者でチームを組むだろう、と。
 駄菓子を得た弟の「きつ音」も、「愛嬌」という特技のひとつだったのだろうと、思う。
 「みんなちがって、みんないい」

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