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千回おめでとう

今井雅子作「千回おめでとう」


動物たちが仲良く暮らす森のそばに
チカちゃんという
人間の女の子が住んでいました。

チカちゃんは
森で遊んで大きくなったので
森の仲間はみんな
チカちゃんの友だちでした。

チカちゃんには
ふしぎなチカラがありました。

何も言わなくてもチカちゃんには
みんなの気持ちがわかるのです。

うれしいときも
悲しいときも困ったときも
チカちゃんはまるで自分のことのように
よろこんだり嘆いたり悩んだりします。

そして
その気持ちにふさわしい食べもので
みんなをお祝いしたり
元気づけたりするのです。

森のだれかとだれかが結婚すると
チカちゃんは
木の実をたっぷり使った
とびきりおいしいケーキをこしらえます。

森のどこかで赤ちゃんが産まれると
チカちゃんは
お母さんに栄養のつくものを届けます。

森のかたすみで
だれかがしょんぼりしていたら
チカちゃんは
そっと甘いお菓子を差し出します。

うさぎたちが
お祭りのダンスを特訓する日は
チカちゃんが
元気の出るサラダをつくる日です。

ねずみが大切にしていた
黄色い帽子をなくしたとき
チカちゃんは
帽子の形のオムライスをつくりました。

ぞうのお母さんが死んでしまったとき
チカちゃんは
大きな足のふもとで一緒に泣きました。

いつの間にか眠ってしまった
ぞうが目を覚ましたとき
足元にはチカちゃんのかわりに
あたたかなスープがありました。

ひとりぼっちさんを見つけたら
チカちゃんは
一緒に食べようよと
仲間にまねき入れます。 

みんながおかわりするのを
うれしそうに見ながら
チカちゃんは
小さなかけらを
おいしそうに食べるのです。

うれしいことは
もっと大きく。
かなしいことは
できるだけ小さく。

だから
うれしいことがどんどんふえていく。
それがチカちゃんのふしぎなチカラでした。

「どうしてだか知ってるかい?」と
ものしりなきつねが言いました。

「それはチカちゃんの名前が
 人間の言葉で
 千のうれしいことって書くからさ」

「千」という言葉を
聞いたことのない森の仲間たちが
「せんってなに?」と聞くと
「たくさんってことさ」
ときつねは答えました。

「どのくらいたくさん?」
としりたがりやのりすが聞いたので
「きみがひと冬に食べる
 どんぐりぐらいたくさんさ」

きつねがそう答えると
りすもみんなもびっくりしました。

「チカちゃんのお父さんとお母さんは
 チカちゃんがうまれたとき
 たくさん たっくさん 
 うれしかったんだねえ」

森の仲間はしみじみとうなずきあいました。

「それだけじゃないよ。
 人間にとって名前は
 こうなりますようにっていう
 おまじないだ」

そう言ったのは
森でいちばん長生きしているふくろうでした。

「じゃあチカちゃんの名前は
 たくさんうれしいことが
 ありますようにっていう
 おまじないなんだ」

森の仲間は
さっきよりも大きく
うなずきあいました。

その名前の通り
チカちゃんのまわりには
うれしいことがあふれていました。

それはチカちゃんがみんなに
うれしいことをふりまくからでした。

チカちゃんは
たくさんのうれしいことを
森に運んで来てくれました。

いつも
いくども
いくつになっても。

そんなチカちゃんが大人になって
結婚することになりました。

「ようやく恩返しさせてもらう
 番が来たようだな」

ふくろうがそう言い
森の仲間たちは大はりきりで
お祝いの準備をはじめました。

みんなはぞうの背中に乗って
森の奥まで出かけ
ほかのどこにも咲いていない花と
ほかのどこにも落ちていない木の実を
かかえきれないほど集めてきました。

その木の実で
ごちそうとケーキをこしらえ
色とりどりの花でかざった
テーブルに並べました。

チカちゃんに結婚を祝ってもらった
おしどり夫婦のつばめは
つばめの巣のスープをぐつぐつ煮ながら
ずっとずっとお幸せにという
歌を練習しました。

うさぎたちは
とくいのダンスでお祝いします。
おそろいの黄色い衣装は
ねずみがこしらえました。

準備がととのったころ
緑の木立のむこうから
真っ白なドレスと
タキシードが近づいてきました。

花嫁のチカちゃん。
その隣には
やさしそうな花婿さん。

チカちゃんは
森の仲間がこれまでに会った
どんなチカちゃんよりもうれしそうでした。

「チカちゃんおめでとう!」

森の仲間たちが口々に言います。

何度も 何度も 何度も。

おめでとう! おめでとう! おめでとう!

千回おめでとう。
千倍おしあわせに。

これからもチカちゃんのまわりに
うれしいことがたくさん
たっくさんありますように。

今日はみんなからの
「おめでとう」を受け取ることが 
チカちゃんのおしごとです。

チカのチカラ

2009年、大学時代の友人チカの結婚に寄せて作った小さな物語。面倒見が良くて友だち思いのチカに幸せあれ、と願いを込めて。

「縦書き文庫」というところでしばらく公開していましたが、サービス終了で10年あまり埋蔵。掘り起こして土を払い、noteでお披露目することに。

最近よく聞く就職用語、「ガクチカ」(学生時代に力を入れていたこと)。チカラの中にはチカがある。

あなたのチカラに、あなたのチカくに。

チカという名前の立候補者がいたら、キャッチコピーを作りやすそう。

チカといえば、わたしのテレビドラマ脚本デビュー作「彼女たちの獣医学入門」(NHK総合にて2002年2月12日放送)には「チカ」という名前の学生と牛が登場。大動物獣医志望の大森知夏(演じたのは遠藤久美子さん)が思い入れを込めて育てている肉牛の名前がチカ。

チカちゃんも、チカちゃんじゃない人も、誰かのチカラになっている人、誰かのチカくに寄り添っている人に、千倍の幸せあれ。


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。