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つち人形

最初はええ。えかった。
ぐしゃぐしゃぐしゃ、こねこねこねこね、土くれみたいにくだらんもんじゃったけー、手に引っついたら払いのけて、なかったもん、なかったもんにできよった。
それが、いつの日か、こねこねしよる時間がながくなったけー、土人形みたいなおぼろげな姿が見えてきたんよ。
姿形はまだ整ってはなくて、あっちがはみ出れば、こっちは寸足らず、方々に割れ目や切れ目が見え隠れして、とてもじゃないが、これがなになのか、だれにも分からずじまい。
ただ、厄介なことに、このころになると、それは影を持ちよった。

一丁前にその型が光に照らされれば反対側に影ができる。
なるべく影などもったことを自覚させないように、隅っこのじめじめした暗い土間に置いておくことにしたのだが、そのもの、なかなかじっとしてはおらん。手に巻き付くように冷たい身体をくねくね動かして、なんとか形になろうと躍起になっている。
こちらはそんな気なんかさらさらないのに、最初は甘い餅菓子みたい。手にへばりつくのをこねくり回しているうちに、変な形が出来上がって、そのまま捨ておけばいいものを、もったいないと貧乏根性が表に出て、どれひとつ、どんな形をしているのか見てみるくらいいいだろう、と。ああ、やはり、手慰みにしたやっつけ仕事、みっともない姿をしているじゃないか。自分の仕業ながら、がっかりする。
 なので、顔はそっちに向けないが、気がかりなのは気がかりなので、毎日暇ができては、そいつの形を整えて、腕の長さから銅の長さ、脚の長さが足りないとみっともないから多めにとって、不恰好な背中をトントンと平たく伸ばしたり、頭が大きすぎるからそいつをちぎっては尻に足し、だんだんと全体のバランスを考えるようになっていった。そして、なんといっても、影が動くのには、恐れ入った。本体が土間に放っておかれ、こちらが別のことにかかりきりでいるときも、影だけそっと隣にやってきて、はよせい、はよせい、と催促する。そいつにはそんなチカラがあった。
 なので、そいつを捏ねていない時間にも知らず知らず、こっちはそいつのことを考えずにはいられなくなっていた。そいつはわたしの仕事として、ひとつ役割を確保することに成功した。

それから先は早かった。わたしは、ちゃんと両の眼でそいつを見つめながら、不恰好だった手足を整え、そこには五本の指を、指の先には貝殻のような爪を器用につけてやり、長細くなりがちな身体は布を巻いて固定し、そいつが男であることを暗に匂わせるくらいには胸板を厚く、尻を小さくしてやった。
 そのうち、これは誰もが通る登竜門ではないだろうか、などと考えずにはいられないほど、わたしはそいつを作ることが自然であると感じるようになった。こいつを作らない限り、一人前に人間を名乗ることなどできない、とまで思い詰めた。思春期や反抗期のように嵐の最中に置き去りにされる、あの甘美で息苦しい海の中の回遊魚のような運命(さだめ)を感じた。
そして、わたしはその海が荒れ狂うことを密かに願うようになった。
 身体が出来たのだから、どれひとつ、顔を描いてやれ、と、爪痕で適当に目鼻口を描いてみたところ、そのもの、気に食わないと言いたかったらしく、土間に顔からグシャリと自殺した。これにはこちらも慌てて、逆さまになったそれを起こし、土間の石の痕がくっきりついた顔をきれいにまたのっぺらぼうに磨き上げて、まず目を丁寧に描いてやった。大きすぎず、小さすぎず、つり上がり気味の涼やかな目元が出来上がった。すると、それはじっとこちらの顔を見つめて作業がやりにくい。ちょっと雑に扱おうなら、鋭い眼光で睨み上げるし、しばらく土間に放っておくにも、さみしげな視線を感じるので、目はやはり後からつけることにした。そしてまた、のっぺらぼうが出来上がった。
 鼻なら、目の時のような自己主張はないと思い、先にすっと通った鼻筋をつけてやった。するとどこからともなく桃のような甘い香りが立ち込めて、土塊だった人形の辺りをいい香りで包み込んだ。そうして、眉毛をきりりと描いてやり、口を立派に描いてやると、やつはとうとう喋り出した。
「おれおまえ、おまえ、おれ」辿々しい言葉で自分をおれと名乗るくらいには自尊心の出来上がったものか、と感心していると、いままでやつをこねくり回しとった手が、やけにべたべたしていることにうっとうしさが募った。
 しかし最後の仕上げに涼やかな目を描いてやらんわけにはいかん。「おれおまえ、おまえ、おれ」相変わらずこちらとそちらの区別がついているのか否かはっきりしない人形のこと、少し不憫に思いながら、まとわりつく土塊を掌に隠して、とうとう表情豊かな美しい目をふたつ、描いてやることができた。人形は、きりりと辺りを見渡して、優しさともとれる目線をこちらに向けると、その通った鼻筋から、上品な口元にいたるまで、なにもかもこちらがなりたいと望んだ姿かたちが出来上がっていた。そして、こちらは完成を示すために、人形の手を握り、握手した。そのつもりであったが、気づけばこちらの手がなにやらねばねば、人形からはなれようとしない。人形からも、うっとうしげに邪険な扱いを受ける始末。こねこねこねこね、ぐしゃぐしゃぐしゃ、こんどはこちらが人形にまとわりついて、いつの間にか土塊みたいにねばこい存在に成り下がっている。なんとか人型を保ちたいと、哀れなわたしはぐるぐるぐるぐる人形の手にひっついてはなれようとしなかった。おまえがおれで、おれがおまえ?そうかもしれん。それでもいいかもしれん。だから、美しい人形よ、そなたの内に、わたしを飼ってもらえなんだか?そうしたら、残ったねばねばしたわたしはそなたの繊細な手で帽子にでも仕立ててもらって、眺めの良い頭の上から、この世の曖昧なこと暇つぶしの多いこと、しかと見届けてやることができれやもしれん。ほんの手慰みにに始めたことだけど、わたしは本来あるべき姿に戻れたと、喜んだかもしれなかった。
その頃は、人形の一部に成り果てて、わたしという概念も、消えているだろうて。

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