書房いぬわし

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「命の証ってこれのこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十)丸山健二

 春を予感させる日がつづいたかと思うと、いきなり大雪が降って冬へ逆戻りです。  毎年のことですからそれなりの覚悟ができているつもりでも、やはり挫折感を伴った失望…

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丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【8】12月11日~20日

第8回目の連載では「矛盾」「宿」「虚無」「ゴミ袋」「ボーナス」「ゴム長靴」「羽毛」「クリスマスツリー」「フクロウ」「野望」が語ります。

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「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)丸山健二

 カッコウの鳴き声は、ヒグラシほどではありませんが、胸に沁みる郷愁を伴っています。  久しく忘れていた幼少時代のちょっとした感慨を蘇らせてくれ、思わずしばし聴き…

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「美学がため息を漏らす」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十八)丸山健二

 我が庭には、どういうわけか枝垂れの樹木が似合いません。  家の構造も含めて全体的に直線的な印象が強いためなのでしょうか、なぜか馴染まないのです。  それでも、…

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「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二

 常緑針葉樹のなかで好きなのは、ツガよりも葉が小さいコメツガです。  これを我が庭へぜひ取り入れたいと思い、知人の許可を得てその山を駆けずり回ったのがもう三十数…

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2週間前
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丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【7】12月1日~10日

第7回目の連載では「本」「初雪」「喧嘩」「電気毛布」「クレーン」「手紙」「出会い」「日溜まり」「かんざし」「焚火」が語ります。

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2週間前
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「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

 アカゲラとアオゲラの二種類のキツツキがしばしばやってきます。なんとも気紛れな訪問で、季節を問いません。  少しばかり見た目がいいからといって、必ずしも大歓迎と…

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3週間前
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「最後の勝利者は誰?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十五)丸山健二

 庭造りは、草取りに始まって草取りに終わると言ってもいいでしょう。  それが基本中の基本という地味な作業の連続なのです。けっしてチャラチャラした趣味ではありませ…

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3週間前
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丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【6】11月21日~30日

第6回目の連載では「橋」「影」「薄笑い」「ヘッドライト」「芝生」「ベンチ」「印象」「夜嵐」「池」「消火栓」が語ります。

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3週間前
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「光を浴びてから死のうか」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十四)丸山健二

 家と庭が合体してこその〈家庭〉なのでしょう。  その意味においては私の住処も家庭の仲間に入るのかもしれません。  しかし、半世紀以上もこの地にこうした形で住ま…

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1か月前
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丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【5】11月11日~20日

第5回目の連載では「紋章」「カマキリ」「快晴」「鏡」「歌」「空気」「くす玉」「弱音」「北」「火花」が語ります。

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1か月前
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「天然記念物であらせられるぞ!」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十三)丸山健二

 数年前の真っ昼間の出来事です。  ふと庭へ目を転じて仰天しました。なんとニホンカモシカの訪問ではありませんか。  もちろんこうした山国ですから、あちこちの山林…

書房いぬわし
1か月前
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「自分を買い被ろうかな」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十二)丸山健二

 庭の花が咲き乱れています。  好みの草木たちが黄金の季節を迎えて大はしゃぎしています。  地味な田園地帯の一角にあって異様な華やかさを醸すこの空間は、どこに潜…

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1か月前
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「死ぬまで振り返らないぞ」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十一)丸山健二

 正直、近頃の天候の高圧的な態度にはいささか押され気味です。  それというのも年々歳々予測不可能な展開が次々にもたらされるからでしょう。  その反面、我が庭の植…

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1か月前
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丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【4】11月1日~10日

第4回目の連載では「バス」「茶柱」「頽廃」「酒場」「野良犬」「死」「ラジオ」「追放」「絵葉書」「温泉」が語ります。

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1か月前
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「生きたまま現世を超える?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十)丸山健二

 庭に集まってくるさまざまなハナバチたちの羽音の渦に巻きこまれて花殻を摘み取る作業が、おそらく誰にも理解できないであろう至福の時を与えてくれるのです。  不思議…

書房いぬわし
1か月前
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「命の証ってこれのこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十)丸山健二

「命の証ってこれのこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十)丸山健二

 春を予感させる日がつづいたかと思うと、いきなり大雪が降って冬へ逆戻りです。

 毎年のことですからそれなりの覚悟ができているつもりでも、やはり挫折感を伴った失望感は禁じ得ません。

 しかしまあ、積雪がどうであろうと、なんといっても三月には違いないのですから、除雪作業の重苦しさを意識するほどではないのです。放っておけばすぐに融けてしまいます。

 問題なのは庭の植物たちの狼狽振りで、他人はむろん

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「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)丸山健二

「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)丸山健二

 カッコウの鳴き声は、ヒグラシほどではありませんが、胸に沁みる郷愁を伴っています。

 久しく忘れていた幼少時代のちょっとした感慨を蘇らせてくれ、思わずしばし聴き入ってしまいます。

 妻に訊いてみますと、都会育ちであるにもかかわらず同じ印象を持つとのことでした。かつては東京においてもカッコウやヒグラシの声は飛び交っていたそうです。

 時代が便利さを得た代わりに何を失っていったのかという、そんな

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「美学がため息を漏らす」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十八)丸山健二

「美学がため息を漏らす」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十八)丸山健二

 我が庭には、どういうわけか枝垂れの樹木が似合いません。

 家の構造も含めて全体的に直線的な印象が強いためなのでしょうか、なぜか馴染まないのです。

 それでも、糸枝垂れの桜が春風に揺れて咲き乱れる蠱惑的な風情に憧れるあまり、ろくすっぽ考えもせずに取り入れてみました。予算と根付きの関係から、いつも通り若木一本を植えたのです。

 翌年にはもう花を咲かせてくれ、当然ながらさほどの見応えはありません

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「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二

「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二

 常緑針葉樹のなかで好きなのは、ツガよりも葉が小さいコメツガです。

 これを我が庭へぜひ取り入れたいと思い、知人の許可を得てその山を駆けずり回ったのがもう三十数年ほど前のことです。ありふれた樹木であるのになぜそこまで探し回ったかと言いますと、より小さな葉のものを欲していたからです。つまり、同じ種類であっても微妙に個体差があり、なかには盆栽仕立てが似合いそうな細かい葉のコメツガも稀に混じっていて、

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「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

 アカゲラとアオゲラの二種類のキツツキがしばしばやってきます。なんとも気紛れな訪問で、季節を問いません。

 少しばかり見た目がいいからといって、必ずしも大歓迎というわけにはゆきません。それというのも決まって悪さをするからです。樹木の表皮の裏側に巣くっている虫をほじくり出したり、ドラミングによって縄張りを主張したり、異性を惹きつけたりする行為は一向に構わないのですが、しかし、幹に大きな穴をあけて巣

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「最後の勝利者は誰?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十五)丸山健二

「最後の勝利者は誰?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十五)丸山健二

 庭造りは、草取りに始まって草取りに終わると言ってもいいでしょう。

 それが基本中の基本という地味な作業の連続なのです。けっしてチャラチャラした趣味ではありません。地道な努力の積み重ねが必要とされるのは、他の趣味と同じです。

 ところが、どうでしょう、ガーデニングも文学もなぜかそうした目で見られることが間々あります。周囲の視線がそうであっても、携わっている当人の認識が冷静で正確であれば問題はな

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「光を浴びてから死のうか」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十四)丸山健二

「光を浴びてから死のうか」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十四)丸山健二

 家と庭が合体してこその〈家庭〉なのでしょう。

 その意味においては私の住処も家庭の仲間に入るのかもしれません。

 しかし、半世紀以上もこの地にこうした形で住まっているというのに、その実感が一向に湧いてこないのはなぜでしょう。

 子どもがいないからでしょうか。それとも、小説家という、浮いた印象が強めの、特殊な職業のせいでしょうか。さもなければ、先天的にこの世への根付き方が悪いからなのでしょう

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「天然記念物であらせられるぞ!」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十三)丸山健二

「天然記念物であらせられるぞ!」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十三)丸山健二

 数年前の真っ昼間の出来事です。

 ふと庭へ目を転じて仰天しました。なんとニホンカモシカの訪問ではありませんか。

 もちろんこうした山国ですから、あちこちの山林では幾度も見かけていました。しかし、いくら田舎町の田園地帯とはいえ、ここでも一応は住宅地なのです。キツネやタヌキならまだしもニホンカモシカの登場とは驚きで、何しろ数十年間の暮らしのなかで初めての経験だったのです。

 すぐさま妻を呼んで

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「自分を買い被ろうかな」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十二)丸山健二

「自分を買い被ろうかな」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十二)丸山健二

 庭の花が咲き乱れています。

 好みの草木たちが黄金の季節を迎えて大はしゃぎしています。

 地味な田園地帯の一角にあって異様な華やかさを醸すこの空間は、どこに潜んでいたのかわからない珍しい蝶や季節の小鳥を呼び集めて、作庭家自身を有頂天にさせます。

 もしかするとですが、こうした高揚感こそが人生の黄金時代の錯覚を差し招くのかもしれません。

 ひょんなことから文学の世界に首を突っこんでもう半世

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「死ぬまで振り返らないぞ」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十一)丸山健二

「死ぬまで振り返らないぞ」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十一)丸山健二

 正直、近頃の天候の高圧的な態度にはいささか押され気味です。

 それというのも年々歳々予測不可能な展開が次々にもたらされるからでしょう。

 その反面、我が庭の植物たちがこぼす無言の愚痴には、環境に支配されるしかないのだという、半ば諦め気分やら運命の必然性やらも感じられてしまうのです。

 そうした後ろ向きの空気が漂うなかで、いつの間にやら視界の外へ消えていった種類も、残念ながら少なくありません

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「生きたまま現世を超える?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十)丸山健二

「生きたまま現世を超える?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十)丸山健二

 庭に集まってくるさまざまなハナバチたちの羽音の渦に巻きこまれて花殻を摘み取る作業が、おそらく誰にも理解できないであろう至福の時を与えてくれるのです。

 不思議な感覚です。根気のいる単調な仕事がなぜこうした充足感を差し招くのでしょうか。傍目からすれば理解できないと思います。

 掛け替えのないその気分をどう表現していいものやら、物書きのくせに、これがなかなか難しいのです。

 癒しを帯びた安らぎ

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