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イイダ傘店との出会い

雨の日って、やだなぁって思っていた。
だって、まず、傘をささなくちゃならないから。傘をさしたって、手なり足なり、どこかしら濡れちゃうんだけど。そしたらこんどは、傘を忘れないようにって、気をはっていなくちゃならないのが窮屈。見上げても空は灰色。気持ちまでどんよりしてしまう。

わたしは、傘をしょっちゅうなくす。出先でしぶしぶ買ったビニール傘が増えすぎて、親に叱られる。二千円もするおしゃれな傘ならなくさないはずと買ったこともあるが、その翌週にはなくした。うんざりしちゃう。

そんなある日、一本の傘と出会った。

二〇一九年、秋。リニューアルオープンした百貨店に、ようやく出向いた日のことだ。店内には、上質なものがさりげなく並ぶ。気圧されない居心地のよさに、すっかりうれしくなって、いつしか催事場に来ていた。

その日は「縁市」というイベントだった。いつか雑誌で見かけたことがあるような、憧れのものがたくさん出展されている。その一角に、傘屋さんがあったのだ。

「イイダ傘店」とある。傘かぁ、と苦手意識が顔をだす。高価な傘って、ブランドものか、頑丈で重いのでしょと思っていた。ところが。店頭に広げられた傘は、これまで見たことがないような素敵な傘。ときめきのあまり呆然とする。店員さんが、傘の生地、持ち手の素材や形、すべてがオリジナルなのですよと教えてくれる。一本、一本、手作りです。ぜひお手にとってみてくださいねと。わたしは、草花模様の生地に、くぼみのある木の持ち手の傘を手に取った。恐る恐る開いてみる。
「わぁあ」
白地に舞い降りる、色とりどりの草花。見上げると花に包まれていた。胸がとくとく高鳴る。えっ、うれしい。傘を持ってこんな気持ちになるのは、初めてだった。手元を見やると、木がつやつやしていて、うっとり。雨の日に、この傘をさせたら最高だ。

ほしい気持ちに鼻をふくらませて値札を見る。目が点になった。これまで傘にさいてきた予算よりも、一桁多かったのだ。うなだれて傘店の前を立ち去る。なのに、あきらめきれない。催事場内をぐるぐるしながら、頭の中では、ある所ない所から予算をかき集めていた。決心したときには、なんと二時間以上経っていて、百貨店には蛍の光が流れていた。少し照れながら、くださいと言うと、店員さんはうれしそうに包んでくれた。わたしは傘をだきしめるようにして帰った。

天気予報で、雨マークを見ると、やはり晴れのほうが好きなのか、多少残念ではある。でも、ちっともいやじゃない。雨が降ると傘をさせる。わたしの傘。家を出る足取りが軽い。歩けば雨と一緒に花がふってくる。あぁ、傘って景色なんだ。傘の内側を見上げて、思わずにっこりする。持ち手の木は、三年経って、あじわいが出てきた。あの日以来、わたしは傘をなくさない。この傘が一本あれば、いい。一生モノの出会いだった。


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