「ギルグリムビースト~獣たちよ、軍靴を鳴らせ~」+第3話(3,826文字)
■場面転換(都市内廃墟区画・夜)
ヘリやドローンが周囲を照らしている。怪我人を運ぶのは、白い軍服を着た生徒やスーツ姿の教師たち。
軍用車両に向かう操那とフレッドの五人組。
フレッド「いやー、君が本当の馬鹿じゃなくて助かったよ」
操那「……」
フレッド「これで夜も戦います、なんていったら、殴ろうと思った」
操那「……」
フレッド「死骸獣は月の光に弱いことを知らないアホなのかと」
操那「お前はあっちに行け」
フレッド「はい?」
操那「俺たちは特殊車両で休む」
フレッド「ずるっ! なんだよその特別優遇! 日本で一番有名だからってっ」
操那「文句は上層部に言え」
操那は上を見上げた。五機のドローンから白い光が放たれ、五角星の結界を張る。
辺りが白い、カーテンのようなものに包まれる。
フレッド「もー二度とサポートしないからな!!」
操那「支援された覚えはない」
フレッド「idiot!」
フレッドは怒りつつ地面を蹴ってから、軍事車両が並ぶ方へ歩いて行く。
平然とした様子で先を進む操那の横、アサカが首を傾げた。
アサカ「邪険にして、いいの?」
操那「馴れ合う必要性を感じない」
アサカ「友達は多い方がいいのに」
操那、怪訝な顔でアサカを見つめる。
操那「友達は私だけ、っていったのは、お前だろう」
アサカ「……そうね、そういったわね」
操那「それより早く休もう。領域侵法も使わせたし、疲れただろうから」
アサカ「変なところで優しいわ、操那は」
操那「お前に対してだけだ」
白い軍事車両の前で、アサカが立ち止まり、呟く。
アサカ「痛いのよ、あなたの優しさ」
操那「アサカ、どうした?」
アサカ「なんでもないわ」
アサカは笑みを作り、操那と共に白い軍事車両へと入っていく。
■場面転換(特別軍事車両内・夜)
様々な機械とコードが置かれている車両内。
中央には透明な棺桶があり、色とりどりのコードと繋がっている。
それを見ていた白衣を着た女性が、操那とアサカを出迎える。
谷地前「お疲れ様ですぅ。準備できてますぅ」
操那「領域侵法は一度しか使っていない。そこにアサカを入れる必要を感じない」
谷地前「いやいや。だめですよねぇ。言語を話す、半ば生きた死骸獣なんですからね、アサカってぇ。丁重に扱わないと」
操那「お前らのおもちゃにするため、だろ」
谷地前「まぁた痛いとこついてくるぅ。ま、なきにしもあらず」
アサカ「いいの、操那。谷地前さん、メンテよろしくお願いします」
操那「……っ」
谷地前「素直ですよねぇ。助かります。じゃ、スーツ脱いで」
アサカはうなずく。銃を棚に置き、ジャケットを落とした。
操那は目を逸らし、背中を向ける。
アサカが胸についている青い宝石を小突くと、みるみるうちにボディースーツが液体化していく。からん、と一つ音がして、宝石が床に落ちた。
棺桶が開く。裸になり、ポニーテールを取ったアサカは躊躇せず、中に入っていく。
アサカ「おやすみなさい、操那」
操那「……おやすみ」
谷地前「アサカ・チェルレッティ、回収。グリモワール、死骸獣の戦闘パターン、ならびに心理分析開始して」
グリモワール『了解。ケーブル、注入します』
棺桶に入ったアサカの肌や首筋に、尖った先のケーブルが突き刺さる。
目をつむり、痛みをこらえるアサカ。
谷地前「あっ、寿さん。レーションなら用意してますからねぇ」
操那「わかってる」
近くの画面に映る、心拍数や脳波を計測する谷地前。
操那は宝石を拾うと、白いカーテンで仕切られた奥に行く。
ベッドと背丈の小さいテーブル、そしてカプセル式のシャワーがついている小部屋がある。
日本刀を棚の上に置き、軍服の襟を外すと、操那はベッドへ腰かけた。
操那「……アサカは痛みに弱いんだ。本当は、そういうやつなんだ」
頭を抱えるようにして、一人呟く。
それから太股を、宝石を握ったままの拳で叩いた。
操那「小さいときからずっと一緒にいたから……俺にはわかる」
女の声「本当に、そうでしょうか」
操那「!?」
怪訝な顔でおもてを上げる操那。
咄嗟に刀を掴む。だが、周囲には誰もいない。
操那「……気配はないな。プエルのいたずらか?」
かぶりを振り、耳からピアスを外す。
ベッドへ倒れこみ、左手薬指の指輪を見つめた。
操那「すまない、痛い思いをさせて……アサカ」
少女の声「どうして忘れているの」
操那「誰だ……!」
と、体を起こそうとした瞬間、くらっと目眩を覚える操那。
操那「く、っ……」
顔の反面を手で覆うも、そのまま眠りに落ちていく。再び宝石が、手のひらから滑り落ちて音を立てた。
■場面転換(操那の夢の中・昼)
白百合が咲く花畑の中に、操那は立っている。
辺りを見渡す。陽射しが眩しい昼間の花畑。
操那(精神攻撃か、これは……? あのバンシーが何かしたのか)
思わず抜刀しそうになるも、刀はない。
軍服も着ておらず、ジーンズにパーカー、スニーカーという姿。
両手を見る。左手薬指の指輪すら、ない。
操那(深層意識か、ここは? それとも……)
白百合を踏みしめ、先を見据える。
ずっと続く花園。操那の目線の先で、一つの白い輝きが人型を作る。
少女の声「ふふっ」
操那「誰だ。隠れてないで、出てきたらどうだ」
少女の声「大切なことを忘れてらっしゃるのね、あなた」
操那「こそこそするな、薄気味悪い」
体を斜めにし、格闘技のポーズを作る操那。
目の先で、フリルのドレスを着た少女が空中に浮いている。
操那(バンシーではないな……一体何者だ)
少女「あら怖い。そんなに殺気を漏らさないでいただける?」
操那「……誰だ。ここは、どこだ」
少女「あなたが至るべき場所ですわ。ね、本当に忘れてしまったの?」
操那「意味がわからない。さっさとここから俺を解放しろ」
少女「ああ、悲しいわ、苦しいわ。胸が張り裂けそう!」
操那「何を……」
少女「あなたの痛みがわかるわ!」
少女の姿が閃光のように弾ける。思わず顔を背ける操那。
操那「う……」
はっと前を見る。そこにいたのは、アサカ。
幼い頃のアサカが、泣き出しそうな顔で操那を見つめている。
操那「アサカ、お前もここに」
アサカ「どうして?」
操那「……何?」
アサカ「思い出して。忘れないで。私はね、みさ、」
アサカが駆け出し、操那の方へ走り出した刹那、見えない糸で斬られたように首が落ちる。
操那「アサカ!」
涙と血をこぼす首を抱き留めようと、操那も一歩踏み出した途端。
プエルの声「これ以上はルール違反だ」
瞬時に昼から夜に変わる。白百合が黒百合へと塗り潰された。
星がまたたく夜空と巨大な白い月が現れ、操那は頭上を見る。
操那「その声……プエルか?」
プエルの声「揺さぶられないで。君は今を生きてるんだから」
操那「どういう意味だ。さっきのガキは誰なんだ?」
プエルの声「……来るよ」
操那「なんだ……うわっ!」
ぽっかりと空いた穴に落ちていく操那。
奈落のように深い穴に、思わず目をつぶった。
■場面転換(特別車両内・操那の部屋)
はっ、と目を覚まし、上半身を起こす操那。
アラームがけたたましく鳴り続けている。
谷地前「招集がかかりましたぁ! バンシーですっ」
カーテンが開かれ、谷地前が飛びこんできた。
谷地前「寿さんっ、出撃準備!」
操那「……今のは……」
谷地前「ぼーっとしてないで下さいよぉ! アサカの準備はできてますから!」
操那「あ、……わかった。今、行く」
かぶりを振り、操那は刀を持って立ち上がる。
台の上にある時計を見ると、二時間は経過していた。
操那(変な夢だ……アサカが死ぬなんて、縁起でもない)
苦笑してから、左手薬指の指輪を見た。青い指輪はちゃんとある。
カーテンから出て車両中央に行くと、銀髪をポニーテールにしているアサカと目が合った。
アサカ「おはよう、操那。よく眠れた?」
操那「……ああ」
ボディースーツを着たアサカから視線を外し、窓から外を確認する。
そこでは、教師や生徒たちが慌ただしく走り回っていた。
アサカ「操那、準備はできてる? どうやら何人か、バンシーにやられたみたい」
操那「……」
アサカ「操那?」
操那はアサカを見つめた。アサカはいつものように微笑みを浮かべている。
操那「アサカ」
アサカ「何かしら」
操那「いつから……『みさ』じゃなくて『操那』呼びになったんだ?」
アサカが笑みを深めた。
アサカ「大人になったんだもの、私たち。呼び方だって変えるわ」
操那「……そう、か?」
アサカ「そうよ。さて、早く行かないとフレッドくんに先を越されちゃう」
操那「……ああ」
谷地前「あのぅ、準備いいですかぁ?」
操那「できた。……賢者寿操那、死骸獣アサカ・チェルレッティと出撃する」
谷地前「グリモワール、コントロールよし。どうぞ!」
刀を持って走り出す操那と、併走するアサカ。
車両から飛び出す。外に出れば、白い結界が消えていることに気付く。
操那「行くぞ、アサカ」
アサカ「いつでも」
中央の広場へと走る操那は、目だけで後ろのアサカを見る。
アサカの笑みは変わらない。
操那(プエル……それにあのガキはなんだ)
操那はすぐに前を向く。刀を握り、顔を引き締めた。
操那(いいや。俺はやつらを殺すだけだろう。アサカと俺の魂を、分離させるために)
満月が、皓々と二人の姿を照らしている。
ヘリとドローンがせわしなく、夜空を旋回していた。
【第3話 完】
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