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「ギルグリムビースト~獣たちよ、軍靴を鳴らせ~」+第1話(あらすじ・全体の概要・用語集あり)



あらすじ(280文字)

異世界転移・転生してきた存在が異形となり、猛威を振るっている地球。日本で異形――異害人アウトローを屠るギルグリムと名付けられたペア、すなわち賢者ワイズマン操那みさな死骸獣ビーストアサカは、混雑した互いの魂を分離させるため、百体の異害人を殺すことを謎の少年・プエルから契約させられていた。アサカのためには他者をいとわない操那、アサカがひた隠しにする過去、そして『異世界から来た人間と言葉が通じる』という誰も指摘しない事実――異害人やプエル、不思議な少女に翻弄されつつ、二人は世界と自らの根幹を揺るがす事実を知ることになる。

キャラクター

寿 操那(コトブキ ミサナ) 17歳 男
 主人公。賢者ワイズマンと呼ばれる存在。同時に死骸獣ビーストでもある。
 アサカ以外に冷たく、彼女のことになると頭に血を上らせたり幼い一面を見せる。孤児で行き場がない・友人もいない中、アサカの明るさに助けられた。
 アサカと魂が同化しているため、賢者でありつつ死骸獣という誰にもできない離れ業をやってのける。
 獲物は大太刀。黒髪に蒼い瞳。得平学園の赤い軍服を着ている。

アサカ・チェルレッティ 17歳 女
 主人公。死骸獣ビーストと呼ばれる存在。同時に賢者ワイズマンでもある。
 死骸獣を演じるため、操那と学園上層部・研究者以外の前ではいつも微笑むだけで無言を貫く。
 イタリア人と日本人のハーフで、操那とは父が経営していた孤児院で知り合った。
 獲物は拳銃。銀髪のポニーテールに紫の目。ボディースーツを着ている。

プエル ?(外見年齢10才) 男
 操那とアサカの『魂の混雑』を見破った謎の少年。二人に『百体の異害人アウトローを倒せば元に戻してやる』と契約を持ちかけた。
 二人にしか見えないらしいが、操那の夢に出る少女たちとは知己らしい。

フレッド・ブラウン 17歳 男
 ロンドン支部から学園にやってきた青年。イギリス稀代の賢者ワイズマンで二体もの死骸獣ビースト、アーサーとギネを使役している。
 操那にライバル心を燃やすも、完全に無視されているツッコミ役。

謎の少女 ?(外見年齢10才) 女
 操那の夢に出て不思議なことを口走る少女。
 アサカの幼少期、そしてプエルのことを知っている模様。

用語集・世界設定

聖歴せいれき
 ~世界保全機構(元々は国連)によって名を変えた。
  現在は2030年。

海上都市実寿みず
 ~日本の先進都市。
  研究所などが併設され、住人にもクラスがある。
  
得平えひら学園
 ~実寿に存在する対・異害人アウトロー相棒育成機関。
  青い軍服は一年、赤い軍服は二年、黒い軍服は三年。
  白い軍服と私服は教師、研究者のみに許されている服装である。

賢者ワイズマン
 ~死骸獣ビーストを使役する者の総称。
  魔力量によってどのような死骸獣を扱えるかなどが変わる。
  賢者が死ねば死骸獣も死ぬ。

死骸獣ビースト
 ~賢者ワイズマンに使役される者の総称。
  大抵は人間や獣などの死骸である。例外としてアサカや、研究所で作られたフレッドのアーサーやギネなどがいる。
  魔力量によって使える能力も異なる。賢者が死ねば消滅する存在だが、操那とアサカの場合は別。
  操那が死んだ場合、アサカが操那を使役することが可能。
  すなわちこの二人は『本体が二つある』という状態になっている。

異害人アウトロー
 ~異世界から転移・転生した存在が、地球に伝わる神話生物や化け物などに変化したもの。
  自我をなくし、人間たちに害をなすため早急な駆除が求められる。
  なぜか『言葉が通じる場合もある』。

領域侵法シャンバラ
 ~死骸獣ビーストが使う魔法のようなもの。賢者ワイズマン死骸獣ビーストの魔力の質、量によって使える能力が異なる。

世界設定

聖歴2030年、日本が舞台。
今より紛争は少なくなり、全世界規模で異害人アウトロー駆除に専念している状態である。
海上都市実寿みず得平えひら学園では、彼らに対抗するためギルグリムというペアを教育している。

第1話(9489文字)

■場面転換(廃墟ビルの中)
近世ヨーロッパ風の鎧を着た男が、逃げるように走っている。

男「はあ、はあっ……うわっ!」

壊れたステンレスの椅子に躓いて転倒。ガシャンと大きな音が響く。
男は尻餅をつき、汗だくの顔を来た道へと向ける。
刀を持った青年が近付いている。

男「ひぃっ……!」
青年「グリモワール、対象スキャン」

青年の姿が、上空に飛んでいるヘリの明かりによって露わとなる。
右手には大太刀。赤い軍服と短い黒髪という出で立ちの青年。
ピアスに手を当てると、青年の耳に女性の通信が届く。

グリモワール『スキャン了解……対象、確認。異害人アウトローと断定します』
青年「対処は?」
グリモワール『撲滅を許可します。寿ことぶき操那みさな、速やかに異害人アウトローを排除して下さい』
操那「了解」

青年――寿操那(17)は刀を抜き放つ。それを見て怯える男。

男「や、やめてくれ! 俺はただ、ちょっとこの世界でスローライフを楽しみたいだけなんだッ!」
操那「……」
男「あ、あんたにもわかるだろ? 知らない生き物と仲良くなってさ……たまに女の子とイチャイチャしたり」
操那「馬鹿か、お前」
男「え?」

操那の青い瞳が男を見つめる。その表情は凍てついている。

操那「スローライフ? 仲良く? お前らのような化け物を、どうしてこの世で受け入れなければいけないんだ」
男「化け物……って、え、あ」

男の体が発光し始めた。操那は刀を構える。

男「俺、あ、あれ……体、うわ……ぁ、ぁぁぁああああっ!」

男の体が瞬間、巨大な蛇に変容した。飛び散る鎧。
風と共にそこら中に飛び散る瓦礫を避け、操那は左手を上げる。

操那「死骸獣ビースト要請。アサカ、来い!!」

左手の薬指、そこに嵌めた青い指輪が輝く。

グリモワール『要請認定。アサカ・チェルレッティ、出します』
大蛇「ガァアアアアアァァァッ!」

男――銅色の鱗を持つ大蛇の咆哮。凄まじい速さで大蛇が操那へと近付く。

操那「ふっ!」

噛みつかれようとした刹那、横に跳び回避する操那。
横薙ぎに大蛇の体を斬る。血飛沫。

大蛇「ギッ……」

怯まず、尾と頭を巧みに使い、牙などで攻撃を繰り出す大蛇。
それらの攻撃を避け、操那は大蛇の体のあちこちを斬っていく。

大蛇「ギャアアアアァッ!」
グリモワール『異害人アウトロー、タイプ・神話生物……毒蛇アスプです』
操那(毒蛇アスプか、少し厄介だな)

一瞬の間。操那を見た大蛇の黒い瞳が弧を描く。

操那「眠りの目かっ」

くらり、と体を揺らす操那。
目を細め、瓦礫の上に立ちつつ頭を抑える。

大蛇「キシャアアアッ!!」

大蛇がふらつく操那に襲いかかろうとした瞬間。銃撃音が鳴る。

大蛇「ギャッ!」

空中から命中した銃弾により、大蛇は床にバウンドし、攻撃の手が遅れる。
操那は後ろに跳躍。膝をついて頭上を見上げる。
ヘリから飛び降りてきた黒いボディースーツの少女が、銀髪をたなびかせていた。微笑みを浮かべ、二丁の拳銃で蛇に攻撃を続ける。

操那「アサカ、毒と眠りに注意しろ!」

少女――アサカ・チェルレッティ(17)は微笑んだまま大蛇の頭へ着地。大蛇の頭を連続して撃ち続ける。

大蛇「ギ、ギャ、アウッ」

体をぐったりとさせる大蛇を見て、駆け出す操那。宙返りし、アサカは後方へと跳躍した。

操那「はあぁぁっ!」

刀を構え、操那も跳ぶ。
大蛇が首をもたげた瞬間、唐竹割りに頭を切り裂いた。

大蛇「イギャァアアァァァッ……!」

悲鳴を上げ、体を跳ねさせる大蛇。
操那とアサカが同時に床へと着地した、直後。

大蛇「シャァッ!」
操那「アサカ!」

反面に割れた大蛇が背後を向いた。跳ばした牙がアサカの胸を貫通する。

アサカ「かは、っ」

口から血を吐くアサカ。銃を握りながらゆっくりと倒れていく。

操那「貴様ぁぁぁぁぁぁああ!!」

憤怒の顔で、操那は突きを大蛇の胴体へと繰り出した。
地面に倒れる大蛇。
その隙間から駆け出した操那は、アサカの方へ駆け寄る。

操那「アサカっ! 大丈夫か、アサカ!!」

アサカの体を抱き留める操那。
口から血をこぼしても、アサカの微笑みは絶えることがない。
アサカが銃から手を離し、その手のひらで操那の頬を撫でる。

操那「……グリモワール、対象の処置完了。死骸獣ビーストが負傷した」
グリモワール『対象、消去確認。死骸獣ビースト回収部隊がそこに行くまで待機して下さい』
操那「くそっ」

アサカを抱き締める操那。
その背後では大蛇が、七色の光となって消えていく。

少年「死なないよ」
操那「……!」

アサカが目を閉じた刹那、届いた声に操那は顔を上げる。
すぐ側の空中に、ロココ風の椅子に腰かける少年が浮かんでいた。

少年「君たち二人は、そんなことじゃあ死なないよ」
操那「……プエル」

にやにやと笑みをこぼす少年――プエル(外見年齢10才)。
プエルを睨み、それからアサカへ視線を戻す操那。

操那「そうだな。俺たちはまだ、死なない」

プエルの姿が消える。ヘリの光が操那とアサカ、二人の姿を照らし出している。

■場面転換(暗い室内)

光るチェス盤が置かれた、洋風の室内。

チェス盤へ黒い駒を置いた少年――プエルが、椅子に腰かけたまま呟く。

プエル「殺せ、屠れ」

駒が光を帯びる。

プエル「異世界から来たものたちは、皆殺し」

黒い駒、クイーンが輝き、それに呼応するかのようにキングの駒も光る。

プエル「次の異害人アウトローを殺すのは……さて誰か」

光が二重の螺旋を描き、プエルの顔を照らした。おかっぱ頭のプエルの姿が一瞬露わとなる。黒い燕尾服といった出で立ち。

プエル「操那みさな、アサカ、君たちかな」

一人でにっ、と微笑む。

■場面転換(得平学園・グラウンド・朝)

赤い軍服を着た生徒たちが、晴天のグラウンドに整列している。
一糸乱れぬ列。生徒たちの腰や太股には剣や銃、様々な武器がついている。

女校長「怠惰である!」

朝礼台に立ったスーツ姿の女が、怒りを露わに声を荒げた。

女校長「怠惰であり、失態! 我ら得平えひら学園の生徒、教師が異害人アウトローにやられるなどと!」

マイクに向かって唾を飛ばし、拳を振るって演説を続ける。

女校長「死は恥ずべきものである! そこに憐憫や栄光などは一つもないっ」

生徒の数人が、迫力に気圧されて汗を垂らす。
それを見た校長は、目を閉じて溜息をついた。

女校長「寿ことぶき操那みさな、前へ」

腰に日本刀を携え、赤い軍服を着た操那が列から出る。悠然とした足取り。

操那は無表情のまま朝礼台の前に立つ。
目を開け、彼を見下ろす校長。

女校長「先日の戦い、見事。賢者ワイズマンとしての力も見事」
操那「ひとえに俺の死骸獣ビーストのおかげかと」

校長、くつくつと笑い、頷く。

女校長「神話生物となった異害人アウトローを屠り、この世から抹消した功績は讃えられるべきもの」
操那「お言葉、痛み入ります」

校長は再び前を向き、生徒たちへ睨みをきかせる。

女校長「寿をみな、見習うように。勝利こそが我らのありようである」

生徒たち「ハッ!」

胸に拳を当て、足並みを揃える生徒。操那は冷たい視線でそれを見ている。

■場面転換(海上都市・実寿みず全体)

ビル群が建ち並ぶ都市。ヘリやドローンが飛んでいる。

N(ナレーション)「聖歴2030年――西暦という名前が多少変わり、三十年。現在地球にある全ての国家は、未曾有の危機に瀕している」

人混み。サラリーマンや学生たちが忙しそうに歩いている。

N「干魃や水面上昇、戦争ももちろん問題だ。だが、それよりも」

ドローンが、都市の中央部にある広大な学園の上を旋回。

N「この地球以外の場所、すなわち『異世界』から来た転移・転生者――通称異害人アウトロー

学園のグラウンドでは、生徒たちが体術の稽古をしている。

N「異害人アウトローは世界中の伝承、神話に出る化け物……あるいは神と成り果て、人を襲う。理性もないまま。破壊の限りを尽くし、人間を貪るのだ」

端末をいじり、ドローンの様子を確かめる教師。

N「それらを排除し、この世の平和を守るのがギルグリム。賢者ワイズマンと呼ばれる存在、ならびに死骸獣ビーストという使役獣の組み合わせ」

ドローンが教室側を向く。窓際にいるのは、操那みさな

N「その中でもここ、日本で最も有名なのが――」

■場面転換(得平えひら学園内・教室2ーA)

明治風の作りをしている教室。窓側の席に操那みさなは一人で座っている。教壇前の席には生徒たちが群がっており、金髪の青年を取り囲んでいた。

女子生徒「フレッド君、ロンドンでギルグリムやってたんでしょ?」
フレッド「うん。今回この日本支部に転校することになったんだ」
男子生徒「死骸獣ビーストはなんだよ? 人か、やっぱ」
フレッド「二体の死骸獣ビーストを使役してる」
女子生徒「二体も? 凄い! あの寿ことぶきくんだって一体なのに」

ほぼ半数の生徒、その視線が操那へと向けられる。フレッドも操那を見るも、肝心の操那は端末をつついて退屈そうにしている。

フレッドは一瞬ムッとして、それから笑顔を作り席から立ち上がる。操那の方へ近付くフレッド。

フレッド「やあ えっと… コトブキ君」
操那「……」
フレッド「君たちギルグリムのことは、海外の界隈でも有名だよ」
操那「……」
フレッド「異世界転移、転生者。伝承の化け物になった異害人アウトローを殺すこと――それが使命だよね、ボクたちの」

操那は無言のまま。眉間に皺を寄せるフレッド。フレッドは一つ咳払いする。

フレッド「こう見えてもボクは優秀でね。ボクが来たからには、君の活躍も少なくなるだろう」
操那「俺に構うな」
フレッド「……ん?」
操那「聞こえなかったのか」

フレッドを睨む操那。その眼光は鋭く、フレッドは一瞬気圧される。

フレッド(馬鹿な。このボクが胆力で押されるだって?)
操那「俺に、構うな。そう言った」

すくむフレッドを無視し、操那は立ち上がる。愕然とするフレッドを冷たく一瞥し、机の横にある日本刀を腰に差す操那。

操那「俺たちの邪魔をするなら、例え同志だとしても、討つ」

操那はそのまま教室から出て行ってしまう。ざわめく生徒たち。

フレッド(く……)

フレッドは唇を噛みしめ、羞恥に顔を歪めている。

■場面転換(学園内・武器庫)

螺旋階段を降りていく操那みさな。明治風の建物とは一変し、周囲は真っ白な近代風の作りに様変わりしている。

地下に辿り着き、操那は無数にある部屋、一番奥の部屋の前に立つ。

操那「コード・バールのツァーカブ」

生体認証を読み取った機械が、ピッ、と一つ音を立てた。扉が左右に開き、霧が出る。操那は中に入っていく。

発光する黒百合の花が咲き乱れる室内。奥には十字架があり、緑に輝く蔦に絡まった少女が吊されていた。

うなだれた少女――アサカに近付き、薄く微笑みながらその頬に手を伸ばす操那。

操那「おはよう。アサカ」

アサカがすっ、と閉じられていた目を開ける。紫の双眸。頭を起こし、操那だと確認するとアサカも薄く笑む。

アサカ「またサボったの? 授業」
操那「俺にとってはどうでもいいことばかりだ」
アサカ「勉強は……できるときにした方がいいと思うけど」
操那「なんのために?」
アサカ「大人になったときのため」

操那、溜息をつく。日本刀を下ろし、十字架の足下に座り込む。

操那「俺たちが大人になれると思うか」
アサカ「なれたらの話よ」
操那「プエル、だったか。あのガキ」
アサカ「口が悪い」
操那「いいだろ別に。……あいつの言葉を信じるなら、機会はあるだろうけどな」
アサカ「信じましょう? それしか他に方法なんてないんだから」

優しく微笑まれ、操那は少し赤面する。ぷいっと子供のように顔を背けた。小さく笑い声をこぼすアサカ。

アサカ「こうしてる間にも、プエルは私たちを覗いてるかもしれないわよ」
操那「勘弁してくれ」

そのとき、風によって黒百合の花弁が吹き荒れる。光の渦が部屋の中央に現れ、それを見た操那が片眉を釣り上げた。

光が消え、部屋に現れたのは燕尾服を着た少年――プエル。

プエルはニタニタとしたいやらしい笑みを浮かべ、シルクハットを脱いで一礼する。

プエル「やあやあお二人さん。こんなところで暇潰し?」
操那「黙れ。斬り捨てるぞ」
プエル「怖いね、全く。アサカ、君からも何か言っておくれよ」
アサカ「私たちの邪魔をするからでしょう?」
プエル「あー、いやだいやだ。これだからませた高校生っていうのは」
操那「年齢不詳のガキに言われる覚えはない」

プエルは手のひらに浮かんだ光を椅子へと変え、二人の近くに腰かける。

プエル「ところでお二人さん、こないだはご苦労様」
操那「お前に労われる筋合いもない」

プエルを睨む操那。気にせず、プエルは人差し指を立てて振る。

プエル「異世界転移……いや、転生かな、あれ。まあいいや、あの異害人アウトロー毒蛇アスプになってたもんね」
アサカ「おかげで一週間、ここで回復するはめになったわよ」
プエル「あれの毒はキツいから。さてさて、操那はどう? 賢者ワイズマンとして日々、研磨してるのかい」
操那「お前の知ったことじゃないだろう」
プエル「アサカが君の死骸獣ビーストなんだ。一組のギルグリム、それを忘れちゃいけないよ」
操那「理解している」
プエル「そうかな? アサカをこんな目に遭わせたのは誰のせい?」

操那、カッと目を見開き瞬時に日本刀を掴む。瞬時にプエルの元まで駆け出す。

アサカ「だめ、操那っ」
操那「……ッ」

抜きかけの刀身が、プエルの首筋ぎりぎりのところで止まっている。プエルは怖がる様子もなく無邪気に笑い、手を叩いてはしゃいでいた。

プエル「早い早い。お見事だよ操那。賢者ワイズマンとしての魔力も強く感じた」
操那「……お前との契約がなければ、斬り捨てているところだ」

プエルから身を離し、日本刀を鞘に収める操那。

プエル「物わかりがいい子は好きだよ。……さあて、そろそろかな」
アサカ「そろそろ?」
プエル「また異害人アウトローが出る。今度はどんな異形に成り果ててるのかな」
操那「約束は覚えているんだろうな」
プエル「もちろん! 君たちの魂を救ってあげる。百匹の強い異害人アウトローを殺せたらね」

操那とアサカ、互いの顔を見つめてうなずき合う。

操那「てのひらの上で転がされている気は否めないが、やってやる」
アサカ「……ええ」
プエル「うんうん! 君たち二人の活躍、楽しみにしてるよ」

言って、プエルはシルクハットを被り椅子ごと消える。アサカの側に寄り、再び頬を撫でる操那。

操那「殺すぞ、アサカ。誰でもなく俺たちのために」
アサカ「……」

アサカは少し悲しげな顔を作るも、すぐに儚げに微笑む。

■場面転換(海上・昼)

海上都市・実寿みずの頭上。その天――曇り空に一筋の光が走った。
光は垂直に海上都市へと伸び、カッと瞬いて消える。

■場面転換(実寿内・昼)

街中は濃い霧に包まれ、人々がざわざわと周りを見回している。誰もが不安げな表情。

通行人男「おい……あれ……!」

一人の通行人が震えながらビルの隙間を指さす。ビルの隙間から人々を見下ろすは、醜い巨人――イスバサデン。

通行人男「ア、異害人アウトローだぁっ!」
通行人女「きゃあああああっ!」

叫び、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う市民たち。イスバサデンは涎を垂らしながら吠え猛る。

巨人「ガァァァアアアアアッ!!」

咆哮により、ビルの窓が破砕音を上げて割れる。
天に向かって吠えるイスバサデン。

■場面転換(孤児院・操那みさなの回想)

百合やネモフィラが咲き乱れる花園。近くにある林の中に、煉瓦と木の教会が建っている。周囲に響く子供たちの笑い声。それを無視して、幼い頃の操那が木に背中を預け、仏頂面で本を読んでいる。

アサカ(声)「ね。君、一人?」

操那、無言のまま顔を上げる。
ブラウスにスカート姿の幼い娘、アサカが目を輝かせながら操那を見ている。

操那「……なんだ、お前」
アサカ「私? 私は……」

言いよどむアサカを睨む操那。

アサカ「うん、アサカ。アサカ・チェルレッティ。あなたは?」
操那「俺に構うなよ」
アサカ「もしかして 魔力持ってるから?」
操那「!」

はっとして操那、本を落としてしまう。アサカはそれを拾い、土埃をはたいてから操那に返す。

アサカ「クロウリーの本……凄いの読んでるんだね」
操那「別に…」
アサカ「大丈夫だよ。私も魔力持ちだもん」
操那「お前も?」
アサカ「うん。そっか、君が寿ことぶきくんかぁ」

操那「なんで俺の名前」
アサカ「ここの孤児院ね、お父様が支援してるの」

操那は唇を噛み、ぷいっとそっぽを向く。

操那「俺と一緒にいると怪我するぞ、お嬢様」
アサカ「魔力が安定してないんでしょ? 知ってる」

にっこり微笑むアサカ。ムスッとしたままの操那は立ち上がる。そんな操那の手を、無造作に掴むアサカ。

アサカ「一緒に遊ぼ。ほらっ」
操那「触るな!」

操那は思わず掴まれた手を見る。二人の手から立ち上る黒い靄。
黒い靄は刃となり、アサカの手を切る。
操那は手を咄嗟に離そうとするが、アサカが目を閉じると白い光が周囲に吹き荒れる。

操那「あ……」
アサカ「大丈夫。大丈夫だから」

アサカが微笑むと黒い靄が消える。

操那(なんだ……凄く、落ち着く)
アサカ「もう収まったね、魔力。凄い強い力でびっくりしちゃった」
操那「……手、怪我したままだ」

アサカは首を振り、小さく笑い声をこぼす。

アサカ「遊んでたら切った、って言えばいいよ」
操那「でも」
アサカ「寿君のせいじゃない。だから遊ぼっ」

操那の手を引っ張り、花園中央の噴水へ駆け出すアサカ。
ネモフィラの花弁が舞い散る。

操那「……操那でいい」
アサカ「聞こえないよーっ」

操那、引っ張られたまま顔を赤くして。

操那「操那で! いいっ」

振り返るアサカ。満面の笑顔。

アサカ「うん! 操那、たくさん遊ぼっ」

操那はようやく、ほっとした顔となる。

操那(救われた――オレはアサカに救われた)

噴水の水を笑顔でかけあう二人。

操那(だから――)

■場面転換(廃墟・操那みさなの回想)

雨の中、血まみれで倒れているアサカを見て立ち尽くす操那。

操那(……だから今度は)

アサカは今にも死にそうな状態で、操那へと手を伸ばす。

アサカ「……して」

操那(今度は俺が)

アサカ「あなたの……死骸獣ビーストに……」

操那(アサカを救う)

後ろから一筋の光で胸を射貫かれる操那。血を吐く。
操那は這いつくばりながら、アサカの手を握る。
またたく光。黒と白の輝きが二重螺旋となり、空に立ち上る。

操那(どんなことをしても――)

光の中、ゆらりと立ち上がる二つの影。
それを遠くから見て、くすりと笑う少年――プエル。

■場面転換(軍事車両内部・昼)

揺れ動く車内。得平えひら学園の生徒――青、赤、黒の軍服をそれぞれ着た生徒たちが、獲物の手入れをしている。
目を閉じ座っている操那みさな
隣には微笑みを浮かべたボディスーツ姿のアサカがいる。

フレッド(声)「これは珍しい」

声にようやく目を開け、操那は鞘に入った刀を右側へと突き立てた。

フレッド「コトブキ君。君の死骸獣ビーストは笑っているんだね」

操那の真っ正面に立つフレッド。両脇に騎士の姿をした青年と、赤毛の修道女を引き連れている。二体の顔は無表情で顔色も悪い。

フレッド「死者や獣の死骸を操るのが、賢者ワイズマンだと思ってたけど」

フレッドはアサカの顔を覗きこみ、驚いたように。

フレッド「まるで、生きてるみたいだ」
操那「……それに近付くな」

操那は目も合わせずに囁く。溜息をつくフレッド。
アサカから離れ、二人の元へと戻った。

フレッド「笑ってるだけが特徴じゃあね。ボクのアーサーとギネには、敵わないと思うけど」
操那「ご大層な名前だ」
フレッド「アーサー王伝説に基づき作られた特注品さ」
操那「……ロンドンのギルグリム育成学校が、クローンやそれに類する死骸獣ビーストを作っていることくらい知っている」
フレッド「そのとおり。これも魔力を込めて人工子宮から作られた、天下一品の逸材」

ふふん、と得意げに鼻を鳴らすフレッド。
操那は無視して網がついた窓へと目をやる。視線の先には崩れたビル群。

フレッド「だから無視しないでくれるかな!?」
操那「そろそろ到着する。おしゃべりの時間は終わりだ」

車が止まる。体格のいい男教師が立ち上がり、全員を見回す。

男教師「今回の異害人アウトローは、ウェールズの巨人、イスバサデンと認識された。どんなものか知っているか、ブラウン」

フレッド「ええ……頭がよく、毒の槍を持つ伝承上の存在です」
男教師「うむ。しかし現れた巨人は区画を破壊したのち、姿を消している」
操那「転移前に格好が戻ったか」
男教師「寿ことぶきの言うとおりだ。巨人は転移転生前の姿に戻っていると推測できるだろう」

男教師は近くの辞典型操作卓へ手を伸ばす。

男教師「あぶり出すためのマーカーをつける。煉獄への誘いカルタグラ、射出!」

ドン、と隣接した一台の軍自車両から銀色の砲撃が放たれる。
廃墟と化している区画に銀粉が降り注ぎ、きらめく街中。銀の霧に包まれる廃墟。

男教師「これで異害人アウトローたちは一般人と異なり、銀の輝きを帯びているはず」
フレッド「なるほど。感覚で探さなくともいいわけですね」
男教師「ロンドン支部とは違うやり方だが慣れてくれ」

男教師が車の扉を開ける。霧に覆われた廃墟が見える。

男教師「救助隊が先行している。我々は異害人アウトローの殲滅に力を注ぐのみ」

背筋を正す生徒たち。操那は悠々とした足取りで一歩を踏み出す。

男教師「他にも紛れ込んだ雑魚の異害人アウトローがいるやもしれん……寿」
操那「……」
男教師「地理に詳しいお前とブラウンは一緒に動け。命令だ」

操那、ちらりと後ろを振り返る。不服そうにしながら、肩をすくめるフレッド。

操那「俺の邪魔はするな」
フレッド「そっちこそ」
男教師「では、二組で行動せよ。散開!」
生徒たち「はっ!」

操那を先頭にして次々車から降りていく生徒。生徒たちは区画へ颯爽と駆け出していく。
操那もゆったりと歩き出す。その横に付き従うアサカ。
ショットガンを背に、アーサーとギネを従えたフレッドは慌てて操那の後ろにつく。

フレッド「だから無視しないでほしいんだけど。どこに行く気なのさ?」
操那「……この区画は商業地域だ」
フレッド「歓楽街ってことだろう? それがなんなのさ?」
操那「姿が元に戻ったというなら、食料を探していると推測できる」
フレッド「へえ……一理あるね」

操那、不意に立ち止まる。霧の中から唸り声が響いている。

フレッド「さっそくお客さんか」

羽根を持った小柄な悪魔が数体、敵意を剥き出しにして二人へと飛んでくる。

フレッド「インプ、か。他の世界から引き寄せられたのかな」
操那「アサカ。出番だ」
フレッド「アーサー、ギネ。見せつけてやりなよ」

アサカ、そしてアーサーとギネが前に出る。

インプ「クゥアォォォオォッ!!」

襲い来るインプ、二体。三人がそれぞれの獲物を取り出す。
アサカ、フレッドから見えないようにきゅっと唇を引き締める。

アサカ(どうして誰も気付かないの)

銃を確認しながら、アサカは微笑んだまま。

アサカ(異害人アウトローと世界が違うのに……彼らと言語が通じていることを、なぜ誰も疑問に思わないの)

きっ、と紫の眼差しを強めるアサカ。

【第1話 完】


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