毒親から遠く離れて

7

毒親育ち・愛着障害を知る。

最近『愛着障害~子供時代をひきずる人々』という本を読んでまさしくコレが私だと思いました。

下手な占いより当たっていてドキドキしながら読みました。笑 

今回はページにチェックを入れたところを少しピックアップ。

☆人とほどよい距離がもてない。

「愛着障害では対人関係において、相手と近すぎたり、または遠すぎたりして極端になってしまう」

確かに。すぐに仲良くなろうとしてしまって自分をさらけ出して

もっとみる

ひとり相撲をする子どもたち。

毒親育ちは親に対して永遠ひとり相撲だ――。

私は以前(数年前)親と絶縁するかどうか悩んでいたとき、『毒になる親』を読んで思い切って親に手紙を書いた。育ててもらったことに対する感謝と同時に、私の親への気持ちをA4用紙に5枚にしたためた。離れて暮らしていたためそれまでは電話で話していたが、そこでは親は発狂したように私を罵倒。それにより私はすっかり精神を病んでいて親の声を聞くだけで身体ががたがた震えて

もっとみる

毒親のバックグラウンド。

毒親の親は毒親――。

このことを思うと、自分が毒親育ちの親でもあるので考え込んでしまうところではある。

父は田舎の貧乏な家の三人兄弟の次男として生まれ育った。父の父、つまり祖父は無口だが真面目な男気あふれる人だった。口数は少ないものの、昔から地域の中で奉仕活動を続け、信頼を得ていた。祖母は底抜けに明るく、ケラケラとよく笑い、よく喋った。田舎の親戚がよく泊まりに来たり、住んだりするような明るく賑

もっとみる

毒親のもとで育つということ。

一言でいうと、うちの親は子どもコントロールする親だった。子どもが自分をの意図に反することをしたり、発言したりすると徹底的に攻撃した。頭の中に常に理想の我が子像があり、それに近づけるために「躾」した。

もちろん、被害を受けたのは私だけではなかった。私は姉と兄がおり、その二人も例外なく被害者だった。

6歳離れた姉は要領が悪く、頭の回転も良いほうではなかった。そのため、私が幼いころからだいぶ父の怒り

もっとみる

毒親、うちの場合。(1)

小さいころ、それこそ小学校に上がったくらいのころからそれは始まった。

5歳までの私は両親に対して本当に油断していた。父は陽気で優しいし、母もいつも疲れていることを気にしなければ普通の母だった――。

しかし小学校に上がり、勉強をしなければいけなくなると両親の私への風当たりは一気に強くなった。私の天真爛漫さを両親は決して許さなかった。算数の宿題で少しでもおかしな点を見つけると徹底的にしごかれた。

もっとみる

もう親には会わないと決めた日。

私の結婚式に実親は来なかった――。

子どものころはまさか親が自分の結婚式に出席しないなんてことを想像したことはなかった。きっとあんなに私に冷たい家族でも私のドレス姿を見たら泣くだろうと思っていた。綺麗にお化粧して、誇りに思ってくれる(褒めてくれる)かも……、と。

しかし、母は私が結婚すると知ったとき「今? じいちゃん死んでからにして」と言い、父は「じいさんの墓に砂かけるようなことする」と罵った

もっとみる

私には毒親がいます。~序章~

「毒親」という言葉はスーザン・フォワード著の『毒になる親』からきているんだけど、そのことを知っている人は実は少ない。そして、『毒親』についてより理解している人も少ない、と私は思う。

毒親は露骨に身体的な虐待をする親だけをさすのではない、ということをまず念頭に置いてもらいたいと思う。例えば、食事を満足に与えない、殴る蹴るの暴行をする、育児放棄をする。――もちろんこれは立派な毒親だが、これだけが子ど

もっとみる