ピアノ
最後にピアノを弾いたのはいつだっただろうか。
ピアノが嫌いになって数年。
いまでは蓋を固く閉ざしたピアノを横目で見てはためいきをつく。
ピアノは仕事道具でもあり、遊び道具でもあった。
お気に入りのポップスを耳コピして弾いたり、阪神タイガースの選手のヒッティングマーチにコードをつけ、アレンジして弾いたり。
それらのコツを娘に教えたら、血なのか飲み込みがいいのか、すぐに覚えて、いろいろ自己流で弾いていた。
そんなわたしの遊び道具が、わたしの手から離れてしまった。
心を壊してしまったのだ。
原因は他者から受けたハラスメント。
それからというもの、ピアノを弾くと目眩を起こすようになった。
のめり込んで弾いていたベートーベンのピアノソナタも、ウキウキしながら弾いていたバルトークの民族舞曲も、全部嫌いになったのだ。
心の傷が治れば、またピアノが弾けるだろうか。
身体に傷がつくと外科的手術を受ける。
心の傷も手術で治ればいいのに。
いつまでも、ぐじゅぐじゅと傷口が痛む。
なぜ、こうなった?
と、原因を深掘りすることはかえって良くない、と専門医はいう。
わたしはまた楽しくピアノを弾きたいだけ。
ピアノで遊びたい。
もう指もなまっているから、ベートーベンも弾けないだろう。
それでも、また一から始めるつもりで楽譜を追いかけたい。
誰か、心の手術をして。
ピアノとの時間を返して。
もう誰も恨まないから。
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