見出し画像

スタンダード

ネットニュースを見ていた妻が「まぁ」と驚いている。

「ん?どうしたどうした」

「かたきうち法案が国会で可決されたんですって」

「へぇ、そりゃまた急に決まったね」

政権や国会議員達への不信をブツブツ言ってる妻の言葉を聞き流しながら、俺はもやもやと不安が湧き上がる気持ちを抑えることができなかった。

敵討ち法案、正しくは被害者自力救済特別支援法及び関連法案。民法による親族及び婚族の特殊自力救済権特別保護法。

詳しくは知らないが、現代的にリニューアルされ、敵討ちを望む遺族には権利を保障し、一方で法の裁きを望む遺族には今まで通り司法の手で行うらしい。

テレビの討論会でもやっていたが、巻き添え被害を出さないために毒ガスや毒物は禁止、原則として飛び道具も禁止、つまり刃物や肉弾、ロープなどの近接武器が認められている。但し障害者や体力が国の規定を満たさないものには、国の認定を受けた拳銃ボウガン和弓吹き矢スリングショットなど使用可能らしい。

そうこうするうちに、敵討ち第一号が現れた。敵討ちを申請した被害者家族は警察から捜査情報を全て開示される。娘を強姦され絞殺された両親と兄弟は、加害者の男を追い詰め彼の自宅で急襲、その場に居合わせた男の両親を外に追い出し犯人を絞殺した。彼の肛門には人参が押し込まれていたそうだ。

「娘の無念を晴らしたぞ!」

絶叫する父親と兄弟達。そばで泣き崩れる加害者の両親、しかし、加害者の父親がカメラに向かってこう言い放った。

「不肖の息子を自分の手で成敗したかった。しかしご遺族の手で息子が成敗されたことは受け入れざるを得ない。ご遺族の悲しみが少しでも癒やされることを望みます」

世間は騒然とした。賛否両論、よくやったと誉めそやす者も居れば殺人者と罵る者もいる。殺された男の家族に同情する者もいた。しかし車輪は既に回り始めたのだ。悪法といえど法は法、昔の偉い哲学者も言っている。

国外逃亡が増えて未解決事件が増えるのではないかという危惧もあったが、日本国政府はいつになくやる気を出していた。諸外国と犯人引き渡し協定を結び、また諸外国も意外なことに肯定的な反応を示したのだ。ゲイシャハラキリカタキウチなどと妙な誤解も含まれてはいたが、ブシドーの復活を歓迎するアニメオタクが大量に湧き出し日本支援に乗り出したのだ。

国内の敵討ち容認派は8割を越え、これは死刑肯定派とほぼ同じ数字だ。逆に敵討ちをしない遺族には心無いバッシングが浴びせられる状況も増えてきた。しかし政府はこの問題にも巧妙な手を打ってきた。代理人制度である。法律に縛られ捜査していた司法関係者の中にも休職して被害者代理人として活動する者も現れた。世間はこれを助太刀として英雄視した。殺人は実に割の合わない犯罪となり、与えた苦痛が身に降りかかることが確定的になった現状で、故意による殺人は激減した。

この状況の変化は世界に及んできた。元々自力救済の精神を持つ米国では日本に遅れること2年で、敵討ち法案に大統領が署名した。ECも中東もアジア各国も、自力救済の合法性を認めてきた。そして誤解は含むが武士道の再評価が進み国際社会は徐々に変貌してきた。国際会議では丁髷のズラを被る首脳も現れた。和服も見直され、パリコレでもキモノの人気は凄まじいらしい。

「ねぇあなた、もしもあたしが殺されたら敵討ちしてくれる?」

流行の柄の着物を見比べながら妻が俺に問いかける。

「決まってるじゃないか。これが世界のスタンダードだものな」


おわり






新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。