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『夢売り』 # シロクマ文芸部

「春の夢」?そんなもの、もう残ってませんよ。今頃になって「春の夢」ありますかなんて、あなた、それはゴールデンウィークも終わろうかと言う頃に、ゴールデンウィークの予約を入れるようなもんですよ。ちょっと違うかな。まあ、いいでしょう。とにかく、あと少しで、暦の上じゃ春も終わり。夏ですよ、夏。
 だから、ほら、そこに並んでいるのは、「夏の夢」とか「夏の夜の夢」とか。それだって、もう来週にはほとんど売れてしまいます。
 だめだめ、諦めなさい……と言いたいところなんですがね、ふふふ……あ、噂をすりゃ、いや、しようと思ったところにお客さんだ。ちょっと、ごめんなさいよ。

 ほらほら、あなた、ちょうどよかった、今の客が売りに来た「春の夢」、どうですか。まだ、新品同様だ。いやいや、パッケージは開封されてますがね、中はほら大丈夫です。安くしておきますよ。
 いやね、最近は春先に買って行った「春の夢」を、まだ春も終わらないうちに売りに来るひとがいるんですよ。今の客もそうなんです。もちろん、最後まで見ているわけがない。と言うか、多分、それだって肝心の夢のところにまで辿り着いていないでしょう。
 どうしてかって?
 どうしてでしょうね。
 今の人たちは、夢にたどり着くのに、夢を見ながらじゃなきゃ嫌だって言うらしいじゃないですか。そうじゃないでしょ。
 夢を見ながら、夢にって、そりゃ無理でしょ。
 夢の前には、現実があるんですよ。現実の先に夢ってのはあるんですよ。ここで売ってるのは、そんな本物の夢だけです。
 それが、今の人たちにはわからない。
 しかも、最近は、そんな若い人におもねって、夢を見たまま夢に辿り着く、そんな、どう見たってインチキな夢を売ってるやからも出てきてます。
 そんな夢は、辿り着いたとたんに、弾けてしまいますよ。
 困ったもんだ。それがまたよく売れるってんですからね。
 夢売りも地に落ちたもんです。
 いや、売る方も買う方も、どうかしてますよ。
 どうですか、それ。あなたは、見たところ、しっかり現実から夢に辿りついてくれそうだ。


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