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パタゴニア|チロエ島のバンバンジーはトマトとニンニクの香り

新婚旅行はパタゴニアにいった。10年近く前のことだ。

パタゴニアはざっくりいえば南米大陸の下のほう、チリとアルゼンチンにまたがる広大な地域である。

南極への足掛かりにもなり、「世界の果て」ともいわれるパタゴニア。さすがにひとりでは行きかねていたところ、諸々のタイミング的に今しかない!というかんじで3週間の旅を決行したのである。山小屋に泊まったり、夜行バスに乗ったり、およそハネムーンという風情ではないが、ある意味最高の思い出でもある。

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約35kmにわたるという氷河をはじめ、美しい景色もいろいろと見たが、よく思い出すのは太平洋に浮かぶチリのチロエ島のことだ。

『地球の歩き方』の言葉を引用すれば、「長い間、チリ本土から孤絶していたため、現在も大陸側とは異なる自然、文化、生活が見られる。」、「チロエ島の16の教会は2000年、ユネスコの世界遺産に登録された。」とのことである。パタゴニアで訪れたウシュアイアやエルカラファテなどほかのところは、どこも過度に観光地化しておらず、それでいて外国人には慣れており、すごしやすいところだった。しかし、なかでもチロエ島が心に残っているのは、ガイドブックにあるような趣や美しい景色のためではなく、まったく観光地的ではない、市井の人々の営みがみられたからかもしれない。

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チロエ島へたどりつくまでの顛末はあらためて書きたいと思うが、ちょっとした苦労の末とにかくたどりついたチロエ島のAncudという町は、アジア人はほぼ皆無といっていいような場所で(少なくとも私たちは数日間見かけなかった)、歩いているだけで好奇の目でみられ、女学生に写真をせがまれたり車から手をふってもらったりするほどだった。

そんな中で出会ったのが、タクシー運転手のクリスティアン。タクシーをわざわざ停めて話しかけてきた。彼は少し覚えている英語を話してみたくて仕方がなく、われわれがどうみても外国人なので、好機と思ったようだった。聞くと本当は画家志望で、若そうなのに小学生くらいの娘さんがひとりいて、奥さんと娘さんとは別居中らしかった。そして明日ぜひ家に遊びにきてくれという。背は低めで少し丸々として陽気でおしゃべりなクリスティアン。タクシーの運転手をしていることでなんとなく警戒心も解かれていて、わたしたちもチロエ島で決まった予定は何ひとつないので行ってみることにした。

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翌日指定の場所で待ち合わせ、彼のタクシーでまずスーパーに買い出しに行った。というのも、「友達の韓国人からならった日本料理〈バンバンジー〉をつくってあげるから!」というのだ。彼はトマト、にんにく、たまねぎ、パプリカ、チキンとサラダ菜を吟味して買っていた。なんかもういろいろ間違っているのだが、とにかくついていった。画家志望という通り、ドアにゴッホのひまわりがでかでかと描かれたこじんまりした一軒家に到着。中はログハウス風で思いのほかきれいにされており、彼のつくる料理は手馴れていた。ついでにいえば彼が包丁で具材を切る間、私もフライパンの玉ねぎをいためた。そしてできあがったバンバンジーはこちらである。

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にんにくは生のままスライスして、自称(?)バンバンジーと白米と一緒に、サラダ菜につつんでたべた。味は美味しかった。 

食事をしながら、日本やチロエ島の話をした。何せ彼の英語も我々のスペイン語も片言のため、実のあるような無いような会話だが、この島で言葉が通じるだけでありがたかった。特に日本の物価のことを知りたがった。ものによっては日本のほうが何倍も高いので、私たちがチロエ島を遠いと思う以上に、日本が遠いようであることが感じられた。

そして、アトリエで絵も見せてくれた。彼の絵は力強くて素朴な魅力があり、気に入ったものを記念にひとついただいた。つぶれないようにまいて、ぎゅうぎゅうのスーツケースに入れた。持ち帰って額装したその絵は、いまは子供たちが遊びつかれて眠る部屋の片隅にかけてある。この絵をみるたび、地球の裏側をおもいだす。

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