子を産むのも産まないのも、所詮は親のエゴに過ぎない。
どうも、「普通になれなかった人間」シンリです。
私ももう2X歳ということで、孫の顔が見たいと母親からちょくちょくせっつかれています。
孫の顔どころか結婚すら全く予定がないんですけどね。ええ。
まずは彼氏を作るところからですね……(笑)
今年もクリスマスはぼっちで過ごす予定ですが何か?(真顔)
まあでも、確かに、今の私くらいの年齢の時、母親はもう結婚してるはずだし、下手したらもう妊娠出産してるわけなんですよね。
そりゃまあ、せっつきたくもなるか……。
年齢的には、確かに、そろそろ結婚やら出産やらを視野に入れるべきなんでしょうけどね……。
それにしても、結婚している自分の姿が全く想像もつかないですね。ええ。
話が逸れました。悪い癖です。
私は昔から「孫の顔を見せる為だけに子供を産む」という考えが、物凄く嫌いだったんですよね。
なんでそこまで忌避していたんだろう、と改めて考えると、私が生まれた理由がそれだったんですよね。
親の口からそれを聞いたので、十中八九間違いないでしょう。
私は……「孫の顔を見せる」為じゃなくて、私(=子供)の存在そのものを、望んで欲しかったのかもしれませんね。
ただの我儘かもしれませんが。
だから、子供を産むのは親のエゴに過ぎないなって、ずっと思ってたんです。
ただ、最近になって、少しだけ考えが変わりました。
結局のところ、産むも産まないも親のエゴなのだと。
きっと、世界には「生まれたくなかったのに生まれた命」も、「生まれたかったのに生まれられなかった命」も、どっちもあるんだと思います。
ただ、「生まれたくなかったのに生まれた命」は存在するけれど、
「生まれたかったのに生まれられなかった命」は存在しないから見えないだけなんですよね。
産むも産まないも、どっちを選んでもエゴはエゴ。
選択するのは、親ですから。
まあ私も、どうせなら生まれたくなかったなって思う事も多いんですけど。
そもそも生まれることすら出来なかった命もあるんだな、と思うようになってから、
「しょうがないから生きるかー」って、考えるようになりました。
私自身が子を持つかどうかは現時点では不明(そもそも相手がいないので)ですが、
まあ、生まれちゃったものはしょうがないので、そこそこ頑張りつつ生きようかなって思ってます。
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