はかない男7〜楽〜
先週の天気予報では雨と出ていたが、きっと晴れるだろうなと思っていた。なんだかんだ言いながら、大事なところでお助けがくる。そんな父の人生みたいに。
はたして納骨の朝、4月にしては汗ばむほど暑かった。納骨は10時だったが、手続きのため少し早めに家を出た。埋葬許可証を持って、公園墓地の入り口にある管理事務所へ行く。
「今日納骨なんですけど」
と声をかけたら、中にいた初老の人が対応してくれた。名簿で墓所の番号と所有者を確認するのだ。埋葬許可証には父の名前、墓所の所有者は母の名前になっていたので、ちょっとだけ混乱したが、説明したらすぐにわかってもらえた。さまざまな事情の人があるのだろう。その人は心得ているようでよけいなことは言わなかった。
方丈さんと待ち合わせをしていたので部屋の中で待たせてもらった。墓所の番地が書かれた大きな地図がホワイトボードに貼ってある。
「たくさんあるんですね」
「ここには6000の墓所があるんですよ」
「すごいですね」とわたしは言って、松江市、儲けよるなあと思った。墓所代×6000を暗算しようとしたけど、ちょっと0が多くてわからなかった。
方丈さんが車で来られたので、墓所までわたしが車で先導する。この管理事務所からは少し登って行かなければならない。いつも曲がり角を間違えるので、今日は慎重に。
墓には墓石やさんと、家族が待っていた。妹、甥、娘、孫たち、母そしてMarino。姪一家は子供の体調悪く来れなかった。妹が買ってきた花と供物がそなえてある。とうばも立てた。墓石やのHさんは、この日別なお仕事があるとのことで代わりの若い人が来ていた。墓はきれいに掃除してあり、骨を入れる場所が開けてあった。
「これって、骨壺のまま入れるんですか?」
と聞くと、墓石やさんは「地域によって違います」と言った。骨壺のまま入れるところもあれば、骨の入った麻袋を土の上に直接置く地域もあるという。
「骨壺のままだと土に還らないといわれる地域もあります」
と若い墓石やさんが言った。一同ほぼ同時に声が出た。
へぇー
そういえば、出雲の古墳に嫁いだ娘が言ってたような。義父が亡くなった際に、壺からさらさらと骨を墓に流し入れたと。
「松江ではどうしますか?」
と方丈さんに聞いたら、
「初めての仏さんだから、壺で入れてあげましょう」
と言われたので、甥の航平が一同を代表して墓に骨壺をおさめた。骨壺のままだと土に還らないのでは、という疑問が心の片隅に残ったままだったが、方丈さんがいいと言ったんだからいいのだと無理矢理納得する。先々骨壺が多くなって入らなくなったらその時に考えたらいい(6個が限度)。でも、もし墓じまいをするようなことになれば、土に還すとしまいにくいだろうな。といっても、それを考えるのはもうわたしではない。
ああ、とうとうお別れだね、お父ちゃん。急に寂しさが押し寄せた。がここで泣くわけにはいかない。喪主ですから。家長ですから。長女ですから。気づくと両手がグーになっていた。
方丈さんの読経が始まったので、みんなで順番に線香を立てた。この墓は線香立てが扉の奥にしまえるようになっていて、そのままだと長い線香は天井につかえてまっすぐ立てられない。方丈さんがななめに立てたので、あとに続くみんなもななめに立てようと苦心する。
孫の順番になってどうにも線香がうまく入らず、苦労しているのを見て、みんなで小声で
「ななめ、ななめ」と言う。
それでも入らないので方丈さんが見かねて、線香立てを引っ張り出した。お経を唱えたままである。
「なんだ、出せばいいのか」
とみんな笑ったら、方丈さんのお経の声も笑って揺れていた。すいません。初心者の墓ユーザーなんです。
ななめの線香は煙をまっすぐ空へくゆらせて、父はお墓の人になった。
灯籠、そのうち娘が立ててくれるそうだ(ラッキー!)。
「そのかわりあたしもここにちょっとだけ入らせてよ」
と娘が小さい声で言った。
「あなたには立派なお墓があるじゃん。古墳もあるし」
「だから、分けて入れるんだよ」
分骨問題発生。さあどうする、孫たち。
そんな先のことおばあちゃんはもう知りませんけどね。(完)
追記:孫たちがシャイニングの双子みたいでちょっと笑ってしまった。
一週間に一度くらいの頻度で記事をアップできればと思っています。どうぞよろしくお願いします。